エディの新しい覚悟
ちょうどソーラの執務室から出てきたラヴィリアを見つけ、エドワードは声をかけた。振り返ったラヴィリアは目を見張った。エドワードの顔がどす黒く腫れていたからだ。
「エディ、お顔どうしましたの! 腫れてます!」
「あ、さっきブレイカーに殴られて……」
「どうしていきなり喧嘩してますの?! あんなにジャレてたじゃないですか!」
「いや、喧嘩じゃなくて。なんというか、気合い入れられたというか」
「ブレイカーですわね! 今からわたくし物申して来ますわ」
「物申さなくていいから! 見かけによらずなんでそんなに熱血なの」
「だって、エディ。今はメイクしてるからまだ見れますけど、メイク落としたら目も当てられない顔になりますわよ!」
……あれ、この子本当に俺の事好きなのかな。今、目も当てられない顔って言った?
いきり立つラヴィリアに、レイモンドがさっと氷嚢と傷薬を差し出した。気がきく男である。
「ラヴィリア様、まずはエドワード王子の手当が先かと思います。こちらの部屋をお使いください」
「ありがとう、レイモンド。なんでもできるって本当ね」
「恐れ入ります。エドワード王子の手当は私もできますが」
「ダメです。それはわたくしがやります。絶対譲りません。せっかくのチャンスです。さあ、早く下がっていいですよレイモンド、さあさあ」
「かしこまりました。ではごゆっくり」
レイモンドはラヴィリアの、二人きりになれるチャンスじゃないのツイてますラッキー、という欲望の匂いを敏感に察知し、素直に下がった。できる副官である。
案内されたのはテーブルと椅子と、壁際にぎっしりと本棚のある部屋だ。細かい資料を調べるような部屋なのかもしれない。
ラヴィリアはエドワードを椅子に座らせて腫れた頬に氷嚢を当てた。いてっとエドワードが顔をしかめた。
「なんで殴られるようなことになったのですか。ブレイカーとは仲良いんですよね? キースは止めなかったのですか?」
「うーん……ブレイカーが殴ってなければ、キースに殴られてたかも」
「エディはこの短時間で、何をやらかしてきたんですかっ」
「なんというか……俺が阿呆だということがバレたというか」
「そんなことでっ。
阿呆ってだけで殴るなら、際限がないじゃないですか! エディの顔無くなりますわよ!」
「ラヴィ、俺ってどんだけの阿呆なのよ……」
怒ってくれているけど、抉ってくる。そのことに気づいているだろうか。
だが、まっすぐに怒っているラヴィリアは、エドワードを心配してくれている裏返しなわけで。
可愛いなあと、思ってしまった。
思ってしまって、エドワードは慌てた。
清楚だの可憐だの気品があるだの、散々思ってきていたが。自分のために怒ってくれるラヴィリアを可愛いと思うなんて。
なんだこれ。初めてだ。なんでだ?
「……怪我するとか、やめてください。心配します」
ラヴィリアが氷嚢の位置をずらして腫れを見ている。まだ冷やした方がいいらしく、再びピタリと当てられた。
「ごめん。
それと、この前のことも、ごめん」
「この前のこと?」
「君の気持ちを突っぱねた事。
ラヴィは勇気出して俺に気持ちを伝えてくれたのに、俺は余裕なくて受け入れられなくて。でもそれは逃げてただけだった。そのことにさっき気付いた」
「……」
「あれこれずっと言い訳ばっかしてたら、キースに呆れられて、ブレイカーに殴られた」
「……それで、この怪我ですか」
「な、阿呆だろ。ラヴィも殴っていいよ」
エドワードは自嘲して目を伏せた。
格好悪さは自覚済みだ。いくらでも見せていい。気取った自分の方が気持ち悪い。
「俺、生きることに精一杯でどうやって生きていこうって、考えたことなかったんだ。だからラヴィとのことも、別の誰かに丸投げする事しか考えてなかったし」
「……」
「だけど、君に想いを告げられて。それって君が俺の横にいたいってことだと思ったから。
だから全力で否定したんだ。だって、俺みたいな先が見えない人生に、他人を巻き込むわけにいかない」
「……」
「本当は未だによくわからない。ラヴィみたいな子が、なんで俺を選んだんだ?
リスクばっか高くて、いいことなんてなんにもないじゃん。しかもメイクを取れば冴えない男丸出しだし、性格はいじける傾向のある根暗だし。俺なら、俺を絶対選ばないけど」
「エディには分からないのですよ」
ラヴィリアは氷嚢を強く押し当てた。痛いって、というエドワードの言葉はスルーだ。
ラヴィリアは、すぐそばにあるチョコレート色の瞳を覗き込んだ。ラヴィリアの顔が思ったより近かったのか、エドワードの目は驚きで見開かれていた。
「だって、エディは恋したことないでしょ」
「!!!」
「恋してみないと分からないです。その人の持つリスクとか見かけとか、そんなのどうだっていいんです」
「……そう、なの?」
「わたくしだって、なんでエディなのかしらって、思わないこともないのですよ?
王族だし、特にイケメンでもないし、貧乏だし、命狙われてるし」
「……それ、俺の事好きじゃなくない?」
「でもわたくし、恋しちゃってますから。
リスクとかどうでもいいと思えるほど、好きが大きいのです。今だって二人きりってだけで、ドキドキしてるのです。
エディにもドキドキしてもらいたいと、本当は思っているんですよ」
言ってて恥ずかしくなってきたのか、ラヴィリアの頬は徐々に紅潮していった。白い頬が緩やかにピンク色に染まっていく。
うわ、可愛いな。と本日二度目の可愛いなに、エドワードは戸惑った。今まで思ったことなかろうよ、俺。今更どうした、俺。
エドワードは咳払いして邪念を払った。
可愛いは封印しておこう。今は、ちゃんと俺の阿呆を挽回しよう。確実に一度、傷付けてしまっているから。
「えーとね、ラヴィ」
「はい」
「ラヴィの気持ちは……その」
「わたくしの気持ち?」
「 うん。
……君の気持ちは、受け取ります。
俺の気持ちはまだ返せないけど、俺の中で受け取っておきます」
「エディ……」
「婚約も今まで通り継続で。
というか、君をマリ王国に帰したり、他の貴族に嫁がせるのは、なしで」
「……!」
「できれば、君を好きになれるように。なりたいとは。
…… 俺も思ってます」
「!!!」
「あの、でもね、俺。
好きって何? レンアイって何すんの? ってレベルで。視界真っ白な、五里霧中って感じなんだけどっ」
「……」
「本当にどうすればいいか分かんなくて。多分君を前にしてそんなこと言う俺、世間のヤローからしたらふざけんなって、制裁食らうと思うんだけど」
「……嬉しいです」
ラヴィリアはエドワードの頬から氷嚢を外した。左頬を少し腫らしたエドワードが、まっすぐラヴィリアを見つめていた。目を逸らすことなくラヴィリアを見ていた。
わたくしを見てくれている。この間より距離が近くなっている、とラヴィリアは思った。
喜びが体を駆け巡った。胸の奥のきゅんが、ずっと続いていて痛いくらいだった。
きゅんきゅん、ずっと鳴ってる。
エディが、ちゃんとわたくしを見ている……。
「嬉しいです。本当に、嬉しいです」
「あ……そう?
……なんか、すっげー照れるんだけど」
「照れるエディは初めて見ますね。貴重ですね」
「いや、そんな見ないでっ? 近くでまじまじ見るのやめてっ?」
「嫌です。ずっと見てたい」
「イジメかっ」
あー、やっぱ分かんね。とエドワードは首を回した。メイク越しでも顔が赤くなったことが分かる。照れ隠しも可愛い。
ところで、とエドワードは急に真面目な顔を作った。真剣な様子にラヴィリアもぴりりと緊張した。
エドワードはラヴィリアと正面から向き合った。
「君の気持ちに、俺の答えを出した直後に言うことでは無いと思う。だから非常に申し訳ないし、間が悪いとしか言いようがないんだけど」
「なんでしょう。わたくし今、全身嬉しさしかないですけど」
「今日まで生活を共にすることが多く、ほぼ毎日顔を合わせていた我々ですが。
――明日からかなり距離感のある、いわゆる遠距離ってヤツになります」
「ああっ」
「しかも、再会の目処は立っていません」
「ああっ!」
そうだったー!
ラヴィリアは頭を抱えた。
さっきまでの打ち合わせはセンラク港の工場についてだった。王都より南西の海辺である。片やエドワードは最北のマフマクン領へ向かう。
どうやって好きになってもらおうとか、どうアピールしたら気にしてくれるかな、などのラヴィリアの甘い妄想プランがガラガラと音を立てて崩れていく。
アピれない。やっと掴んだ恋の脈がビヨンと延びた。脈はあるけど遠すぎるから!
「エディ、タイミングー!」
「それな!
我ながら間の悪さにビックリするわ」
「わたくしのこと忘れちゃいません? ねえ、忘れちゃいますっ?」
「ないから! こんな綺麗なお姫様、インパクト強すぎて忘れられないから!」
「それは! わたくしとはここでは毎日会ってたから!
北の大地の美女に毎日色目使われたら、うっかりなことになりませんか?」
「俺相手に色目使う子いないって!」
「アイドル王子は毎日色目使われてるじゃないですかー!」
「そうだったー!」
二人でしばらく、じたじたした。
うー、と唸ったエドワードの前に、頭を抱えたラヴィリアがいた。綺麗なアイスシルバーの髪が少し乱れていた。
一度触った事があるな、とエドワードは思い出していた。さらさらで心地いい手触りだった。ラヴィリアしか持たない、アイスシルバーの綺麗な髪。
エドワードは躊躇いながらラヴィリアを呼んだ。
「ラヴィ」
「どうしましたか。
もしかして、マフマクン領を『ちゅどーん』と一発でやっつけて、早々に終わらせる算段でも思いつきましたか」
「……時々、思考回路が過激だよね、君。お姫様であること忘れことがあるよ。
そうじゃなくて、あのね……」
エドワードは手を伸ばしてラヴィリアの髪をに触れた。記憶通りさらさらの髪だった。
アイスシルバーの輝きは、ラヴィリアの髪でしか見られない。ラヴィリアの象徴とも言える色だ。
「君の髪を、もらってもいいかな」
「わたくしの髪ですか?」
ラヴィリアはきょとんとして、後ろに流していた髪を纏めた。ひと束にしてエドワードに見せてみた。
「これですか? 」
「うん。君のその髪……」
「わかりました。根元からバッサリどうぞ」
「全部くれなんて、一言も言ってないだろ! 男らしすぎだよ!」
女の子なんだからもう少し髪は大事にしなさいとブツブツ言いながら、エドワードはラヴィリアの髪を一筋梳くった。本当に綺麗な髪だ。
エドワードはラヴィリアの顔を覗き込んだ。
「君の髪を、俺と一緒に連れていきたいんだけど」
「あ」
「この髪を見たら、絶対ラヴィを思い出すから」
ラヴィリアの頬がまた赤く染まった。
まるで恋人同士のやり取りみたいだった。
離れていても、想いあっている、みたいな。
お互いに髪を贈りあったら、ずっと繋がっている気持ちになれそう。
遠くにいても、今持っている甘い気持ちを忘れないでいられそう。
「……わたくしにも、くださいますか?」
「俺の髪?」
「はい」
「こんな何の変哲もない髪、いるの?」
「はい」
「へぇ。ラヴィって変わってんね。
んじゃ、髪の色は同じだし長くて扱いやすいから、母ちゃんの髪でいいか……」
エドワードの言葉が、ラヴィリアの目の前に緋色の幕を落とさせた。
何言ってんの、この人は!!!
なんでここで母ちゃんの髪持たせるとか言うかな。
ムードもなにもあったもんじゃないわ! アイドル演技しないエディって、本当に気が利かない!
「馬っ鹿じゃないの?!
エディの髪じゃなきゃ、意味がないでしょうが!
どうしてお互いの髪を贈りあうのか。意味分かってますっ?! デリカシーなさすぎです!」
「……うおっ。そんなに怒る?」
「怒ります!
ホントそういうとこ、 ですからね!
乙女心ナメてますよねっ?」
「すんません。なんかほんと、すんません」
「ナイフありますかっ? 早速切りますから!」
ぷりぷり怒ったラヴィリアが、エドワードの頭髪に向かった。怒りに任せて目の前のチョコレート色の髪をむぎゅっと鷲掴みにしてやった。「やめてえ、ハゲるう」と情けない声がした。
ラヴィリアは思わず笑った。
エドワードの髪を優しく撫でて、ひとつまみサクッと切りとった。ラヴィリアの手の中にチョコレート色の髪が納まっていた。
大好きな、チョコレート色の、エディの髪。
次にどう出るかわからないラヴィリアの行動に、ビクビクしているエドワードを見下ろして。
ラヴィリアはエドワードの頬にそっと口付けした。
自分より固く感じる頬に唇をつけて、ゆっくりと離した。ラヴィリアの今ある気持ちを、全部乗せた口付けだった。
やっぱり愛しい。やっぱりエディがいい。
大好き。
何をされたか理解したエドワードが固まっていた。それはもう、カチンコチンの人形と化していた。事態は理解はしたが思考は硬直していた。
今の、なんだ……?
この、明らかに王族のオーラ纏った清楚で可憐な姫が、頬にキス……うそ。
俺にキス……マジか。
ラヴィが俺の頬にキス……なんだそれ。
なんだそれどういうことだ分かんねえ。というか病気はどうなってんだ。そんなことよりキスされるとかって、何でだ。あれ、この子マジで俺のこと好き? あれ? ガチで本当なの?
うわ……うわあ……。
潤んだ瞳でエドワードを見つめた姫は、てのひらのエドワードの髪を大事そうに包み込んだ。完全に石化して聞こえてるかどうかあやしいエドワードに、ラヴィリアは優しく囁いた。
「大切にします。どうかご無事で」
エディの、チョコレート色の髪。
それが自分の手の中にある。それだけで、ラヴィリアはたまらなく幸せな気分になったのだった。
第四章、これにて閉幕。
エディの内面掘り下げてったら文字数すごくなって、一章分になってしまいました。こじらせ王子め。
そしてブラッドが一瞬たりとも出なかったぞ!何してんのかな!
第五章はラヴィちゃんの回になります。




