顔合わせ
ラヴィリアは明日、センラクという町へ向かうことになった。センラク港はノース港より南にある漁港で、近くの沖合に良い漁場がある活気のある町だと、カルロスから説明があった。そこでアクセサリーを制作する工場を運営するのだ。
失恋した翌日、ラヴィリアはエドワードのいない隙を狙って、カルロスを問い詰めてみた。
エドワードの心の状態についてだ。
心の壊れたエドワードを放っておいていいはずがない。早急に何とかしなくてはならない。もしかして、カルロスは気づいていないのではないか。
穏やかな笑みを湛えたカルロスは、エドワードの精神状態について、知っているとあっさり認めた。ほう、と感心したような顔でラヴィリアを見返してきた。
ラヴィリアは初めて、カルロスの穏やかな顔にイラッとした。
「そこまで深くエディと話したということですか。かなり踏み込みましたね、ラヴィリア姫」
「カルロス、あなた分かっててエディに無理させてるのですか?!」
「そうですよ」
「酷いです! エディは誰も信用できないんですよ? 可哀想だとは思わないんですか!」
「我々としては好都合ですからね。誰でも信用して、ほいほい罠にかけられてはたまらない」
カルロスは穏やかさの奥にある、冷徹に光る目を瞬かせた。王宮で厳しい立場にいるエドワードの副官をこなすカルロスが、一筋縄でいく人物のはずが無い。
それだけ状況は厳しかったのです、とカルロスは言った。
「最終目的は生き延びること、とエディには教えてきました。いつ死んだっておかしくない状況でしたからね。心のケアまで手はかけられません」
「本当に、酷いです……」
「ラヴィリア姫が来て、エディも少しは余裕が出てきたとは思いますよ。生活の一部を預けられる存在は貴重です。全てを背負ってあげないと生きられないお姫様だったら、もっと大変なことになっていたと思います。
ラヴィリア姫は、放っておいても元気に生きていられそうですし」
「それ、褒め言葉ですの?」
「最大級の褒め言葉です」
カルロスが真面目な顔で頷いた。
「私やマシューはエディが生き残る算段をつけることで精一杯です。エディの心を癒す役目はラヴィリア姫にお願いしますよ」
「……わたくしにできると思いますか?」
「わかりません。エディは姫様が気づかれた通り、拒絶することで己を守っているので。
でも、まあ……」
「でも、なんですの?」
「エディも男ですから。
これほど美しく麗しい女性にひたすら一途に想われて、何とも思わないわけはないでしょう」
カルロスの言葉にラヴィリアはたじろいだ。
女性に 一途に想われて、とか。
それってわたくしのことですかっ?
「カ、カルロス、あなた。わたくしの気持ち、気づいてっ……」
「冴えない男の代表やってるノーメイクのエディを、あれだけぼんやり見つめる姫を見て、気づかないとでも思ってました?」
一筋縄ではいかない男、カルロス。
自分のエドワードへの想いが他人に完全にバレていた恥ずかしさに、ラヴィリアは両手で自分の頬を覆った。頬が熱い。
カルロスはいつから気づいていたのだろう。
確かにノーメイクエディのこと、何も考えずにずっと見てました。だってあれはわたくしの癒し。見てるだけで幸せになれるんだから。
でもそれが、カルロスに全てバレていたなんて。
あーもう恥ずかしい。
穏やかながらもからかう様な視線を向けるカルロスである。全て見透かされているようで居心地が悪い。ラヴィリアは赤い顔のまま黙りこむしかなかった。
◇ ◇ ◇
センラク港へ向かう準備は滞りなく進み、ラヴィリアとエドワードは最終打ち合わせとしてソーラの住むアマツの屋敷を訪れていた。
ラヴィリアの失恋以降も、エドワードの態度は全く変わらなかった。マフマクン伯爵領への行軍計画に忙殺されていて、それどころでは無かったとも言える。
それにしても、少し何か感じるところはなかったのかしらね、とラヴィリアは悶々としていた。ラヴィリアの気持ちを受け止めないにしろ、自分を好きな子が近くにいるということに、ドギマギしてくれたりしないのかしら。
隣に座るエドワードをちらりと盗み見た。アイドル王子メイクのエドワードは「だめだ、座ると寝そう。睡魔が俺を誘惑する」とボヤきながら大あくびをしていた。ラヴィリアのことなどカケラも気にしていなかった。
ラブ的な脈がどこにも見つからない。あまりにも平常心すぎて、少し腹が立つ。
ラヴィリアは盛大にもれそうなため息を、天を見上げて飲み込んだ。
打ち合わせの会場は広めの談話室のような部屋だった。商談によく使われている部屋なのかもしれない。大きめのテーブルに用意された椅子は六脚。ラヴィリアとエドワードとソーラの分、あとはラヴィリアの会ったことの無い男性が三人席に着いていた。それぞれの副官は背後についている。エドワードの後ろにもカルロスが穏やかに立っていた。
「集まってくれてありがとう。始めましょうか」
ソーラがにこやかな笑顔で、集まった顔ぶれを見渡した。
まずはラヴィちゃんに自己紹介してちょうだいねえ、と隣の男に目配せする。
グレーの髪を後ろで結んだ初老の男性が、ラヴィリアに挨拶をした。
「姫君への正式な礼は省略させていただきます。
私はソーラ様の経営するヴィヴィン商会の一員で、レイモンドと申します。この度ラヴィリア姫様の副官を努めさせていただきます。ご要望は私めにお申し付けくださいませ」
「よろしくお願いしますね、レイモンド」
「レイモンドは腕利きよお。なんでも出来ちゃうから、なんでも頼んじゃっていいからね、ラヴィちゃん」
「ソーラ様。『なんでも』の範囲が、仕事が佳境になるにつれ著しく拡大する貴方様に言われると、不安でしかありませんが」
「うるさいわねえ。でもいつもなんとかしてくれるじゃなあい」
ソーラがにこやかにレイモンドに笑いかけている。レイモンドの顔は半分引きつっていた。割と酷い目に合わされているようだった。
「ラヴィちゃんの副官だから、若い男の子は外したのよお。ほらあ、ラヴィちゃんて劇的に可愛らしいから、若い男の子なんて付けたらイチコロで恋に落ちちゃうじゃなあい?それじゃ困っちゃうと思ってえ」
「お義母様、仕事と恋愛は別物なのでは?」
「やあね。若さがあればそんなもの、圧倒的情熱でもって同時進行で進めちゃうわよお。
仕事中だろうがプライベートだろうが、ラヴィちゃん口説き落としにかかるに決まってるわ。
そうなったらエディも困るでしょ?」
「いや、別に」
「なーに平静装ってるのかしら、この息子! 超絶可愛いラヴィちゃんが、他所の男に誘惑されたらどうするのっ」
「そもそも王族相手の恋愛は庶民では成立しないから男の方の失恋確定だし」
「……驚くほどクソつまらない返しがきたわ。誰に似たのかしら」
ソーラがぶつぶつ言っている。もっと焦ったり慌てたりとかすればいいのに、という呟きが聞こえた。
ラヴィリアもチクリとエドワードを睨んだ。
少しは焦ったりとか慌てたりとかして下さいよ、まったく。
レイモンドの隣に座った癖のある茶髪の男が声を上げて笑った。大柄で筋肉質な身体を派手な柄のシャツで包んでいる。三十代後半くらいだろうか。目を引く男であった。
男はラヴィリアに向けて軽く頭を下げた。
「俺はノース港の自警団の団長やってる、キースという。で、こっちが」
キースの隣に腰掛けた男に親指を向けた。
赤みの強い茶色の髪の、頬に傷のある男だ。こちらも三十代半ばから後半くらいの年齢だ。
「こっちがブレイカー。王都でブレイカー私兵団を率いてる」
「はじめまして、ラヴィリア姫。先日事務所までおいでいただいたのに、不在で申し訳なかった」
「エディからブレイカー私兵団とノース港自警団の話は少し聞いています。具体的にどのようなことをされているのですか?」
ああ、とキースとブレイカーは同時に頷いた。王族の姫君には分かるまいと思ったらしい。
俺は、とキースが左の手の甲を見せた。黒い髑髏とクロスした剣が刺青されていた。
「俺はノース港で海賊をしている」
「……え?」
「海賊だ。海と港が縄張りの賊だ。
ノース港に届け出のない船が縄張りに入ったら、襲って積荷を奪う。
あとは、うちの港を使う奴らからミカジメ料を分捕ってる。払わねえ奴らは荷物総取りしてからぶち殺す」
「はい?」
「抜荷と言って、申請してない荷物を持ち込んだ奴はタコ殴りだ。顔が倍になるまで殴り倒す」
「……この方、犯罪者ではなくて?」
「ブレイカー私兵団は、町でゴロツキやってる」
「ちょっ……!」
「うちの管轄内で俺の承認のない商売していたら袋叩き。見知らぬ賭博を見つけたら死刑。泥棒や詐欺師も死刑。くだらねえことで喧嘩おっ初めたら、双方フルボッコ」
「待って……」
「立ちんぼと行き場のないガキ共は集めて収監、管理する。イザコザがあれば憲兵とも喧嘩する。まあ、負けたことねえな」
「エディ、この方たち野放しにしててよろしいのですかっ?!」
ラヴィリアが訴えると、エドワードはほろ苦い顔をしてラヴィリアをなだめた。
キースとブレイカーと彼らの副官たちは、皆一様に下卑た笑いを浮かべている。品性はゼロに近かった。
エドワードがラヴィリアに説明を始めた。
「キースが言っているミカジメ料は、ノース港を利用する際の使用料で、税金ね。もちろん支払わなければノース港は使えないし、無断で使えば制裁がある。これは合法だ」
「……はい」
「抜荷は、扱う品によって税率が違うから、安く済ませようとする業者が物を紛れ込ませることがある。これは違法だから罰金。従わなければ牢屋行きだ。これも合法だろ」
「………はい」
「ブレイカーの言う賭博、泥棒や詐欺は、低所得者が陥りやすい犯罪の温床。見つけ次第指導する。二度とやる気が起きないようにね」
「……………はい」
「立ちんぼと呼ばれる娼婦は生活苦のため売春せざるを得なくなった女性。性病になりやすく病気を撒き散らす恐れがあるから、保護して仕事を与えるか真っ当な娼館へ送る。犯罪まがいのことを繰り返す子供も同様。保護して親を探して指導するか、孤児院へ送る。憲兵にはできない方法で町の治安を維持してる」
「…………………はい」
「この二つの団体が俺の使える兵力で、信用の置ける人脈だ。犯罪者集団みたいに見えるけど、そんなに道は外れてない……はず。たぶん」
「たぶんて……」
「とりあえず味方にしておいて損は無い。というか、敵に回したくない。
海賊やゴロツキの所業を法に合わせて、利益が上がるように組み替えたのが俺とカルロスだから。今の所、この人たちも俺から離れていい事はない。だから柄が悪くて人相悪くても、俺たちの味方。
安心した?」
「……自己紹介が紛らわし過ぎです……」
「ぶはははははは!!」
ラヴィリアの言葉に海賊とゴロツキが弾けるように爆笑した。バシンバシンとテーブルを叩いて喜んでいる。狙い通りと言ったところだろう。
いい大人のくせにタチが悪い。
だが、人を信用しないエドワードが、はっきりと信用出来ると言い切った人達だ。
自分もエドワードに信用される人になりたい。ちゃんと自分の目でこの人たちを見定めなければ。
ラヴィリアは気を引き締めて、目の前の海賊とゴロツキに目を据えたのだ。
エディの戦力、やっと紹介できたー




