ラヴィリアのお仕事
これぞ、無茶振り
「仕事って、わたくし何をするのでしょう。
シカ罠とヘビ罠とネズミ罠とを仕掛けて、獲物を供給するとかでしょうか」
「落ち着いてください、ラヴィリア姫。猟師のお仕事ではございません」
「鶏肉と卵も出せますがっ」
「養鶏のお仕事でもありません。なぜ食肉を出したがるのですか」
呆れたようなカルロスを尻目にラヴィリアは思い悩んだ。自分にできる仕事とはなんだろう。
自分に出来ること……掃除や洗濯や料理など。
……ということは、誰かの侍女になれということか。
「……王妃様の侍女とか嫌ですわよ?」
「王妃様も嫌がると思います。
王族でお姫様と呼ばれるあなたに、侍女をさせるわけにはいかないでしょうが。マリ王国からクレームがつきますよ」
「……あのう。ラヴィリア様が侍女をされますと、私の立場がないのですが」
「カナメ、ごめんなさい! でも最近はうっかり同僚みたいな気になってました!」
ラヴィリアがカナメに謝罪している。マリ王国からついてきたラヴィリアの侍女は、確かに姫付き侍女の仕事をしていない気はしていた。
お茶会やパーティに行かないラヴィリアは、ドレスも靴もヘタレない。カナメの主な仕事は最近開墾した野菜畑の管理や野草の保存、簡単な薬の作製など。もしくは危険な罠を仕掛けようとするラヴィリアの牽制などである。
侍女カナメとしては、「ラヴィリア姫様、本日のお召し物はいかが致しましょう」「あら、カナメに任せるわ」のような会話をしてみたい。
「姫様! 罠をこの辺りで仕掛けるのはおやめ下さい」「だって畑が荒らされてるんだもの」「間違ってエドワード王子が罠にかかったらどうするのです!」「すかさず捕らえますね」という会話なら、今朝もしたばかりだ。
こほんと、カルロスが咳払いをした。
「ラヴィリア様へのお仕事は、ソーラ様からの依頼になります」
「お義母様?」
「はい。
現在も好調な売れ行きを記録しております、宝石を使った青い羽根のピアスですが。異なるデザインを求める声もありまして、業務を拡大することになりました」
羽根の形をした台座に青と白の宝石をはめ込んで作った、青い羽根のピアスだ。貴族の若いお嬢様に大変好評で、あっという間に広まっていた。
大きい宝石は装いを選ぶが、小さな宝石を使ったピアスはカジュアルな装いにも合わせやすい。高級感もありながらデザイン性の高さもあるアクセサリーだ。小さいが品質の高い石というのも高評価となっていた。
ラヴィリアは胡乱な目をカルロスに向けた。
「反乱が起きるかもしれないという緊張感を孕んだ話の後で、今度はアクセサリーの話ですの」
「経済活動は止まりませんので」
「危機感が足りないというか、緊張感がないというか……。
……それで、ピアスの異なるデザインというと」
「企画書の中では、蝶・薔薇・百合などが記されておりましたね」
「なるほど。台座の形と宝石の色を変えれば、種類は無限大ですわ」
「左様です。そこで今よりも大規模な工場を立ち上げ、生産していこうという話になりました」
「お義母様なら、そうされるでしょうね」
ソーラのにこやかな笑みが思い起こされる。可愛らしい笑顔で人をこき使い最大限の利益を得る人だ。苦労人ぽかった執事さんは、今日も大量のメモを取りながらソーラの指示をこなしているのだろう。
「工場の場所は港のそばになります。大量のクズ石を運搬するには海路を使うのが効率がいいんです」
「宝石の混じったクズ石ですね。採掘場で宝石と分類しないのですか?」
「採掘場で分類すると経費が上がるのです。
実はクズ石は、マリ王国からの輸入品でして。未分類で買い付けるため、安く仕入れております」
思わぬ所で母国の名前を聞いてラヴィリアは驚いた。確かにマリ王国は宝石を産出する山を持っている。クズ石となると相当な重量である。スファルト王国へ持ち込むのは大変な労力であるはずだ。
「数年前に川の航路が整備され、マリ王国からの品は運搬しやすくなりました。クズ石は川船で南の港まで運ばれ、海船に積み替えて海路で北上し王都近くの港に運ばれています」
「重たいものは船運を使った方がいいんですね」
「陸路ですと、とんでもない額の運搬費になりますよ。
工場はノース港の南、センラク港という場所になります。もう工場用の建物は押さえて、職人も募集し始めているところです」
「はい」
「その工場を統括する責任者が、ラヴィリア姫になります」
「はい?」
「工場責任者は、ラヴィリア姫になります」
ラヴィリアは黙って首を傾げた。
ん? 聞き間違えたかな?
今カルロスはなんて言ったのかな?
そんな素振りを見せてみたのだが。
カルロスは無情にも、穏やかな笑みで現実を突きつけてきた。
「宝飾加工の工場責任者は、ラヴィリア姫にやっていただきます」
「な、なんで! なんでわたくしっ!」
「ソーラ様のツルの一声といいますか」
「無茶振りじゃないですか! わたくし、エディじゃありませんのよ?!
無茶振りが通用すると思いまして?!」
「俺ならどんな無茶振りしてもいいっていうのかよおお」
暗く恨みがましい声が聞こえてきた。エドワードが奥の部屋から、普段着に首タオルで出てきたところだった。
エドワード小屋には裏口がある。マシューに水をぶっかけられたあと、裏から入って着替えてきたようだった。ついでにメイクも落としてきたようで、すっぴんエドワードである。髪は濡れてぺたんとしていて、いつもより冴えない男感強めであった。
「エディ、わたくしたちの話聞いてましたの?」
「途中からね。ラヴィへの仕事依頼がある、あたりから。壁薄いから筒抜け」
「マシューは?」
「雨降ってきたから周囲警戒してくるって。暗殺者送り込まれるの、悪天候の時が多いから」
「……本当に日常的に物騒ですわね」
「ラヴィリア様。私、薬草を干していたので回収して参ります」
雨と聞いていそいそとカナメが飛び出して行った。せっかく干していた薬草が台無しになってしまう。ラヴィリアは手を振ってカナメを見送った。
エドワードはカルロスの隣に腰を落ち着けた。冷静さを取り戻してはいるが顔色は悪いままだった。
「工場責任者は本来俺が任されるところだったんだよ」
「エディが?」
「うん。宝石のピアスに関しては母ちゃんと共同出資の形にできたから、その流れでね。これがうまく稼働すれば、収益の一部は俺に入る。
母ちゃんは大っぴらに俺に援助できないんだよ。宰相派から睨まれたことがあって」
「……刺客を送り込まれたとか」
「俺に向けてくるような、あからさまな刺客じゃないけどさ。事故に見せかけて殺されそうになったことがある」
「そうなんですか……」
「それがあって、国王陛下が母ちゃんに、俺へのの資金援助は禁止と申し伝えがあったんだ」
国王陛下によれば、エドワードへは余が充分な援助をしているから大丈夫だ、とのことだったが。
実際には、国の上層部にいる官吏たちがエドワードに渡るはずの金を掠め盗っていて、届いていない。そしてその事に国王は気づいていない。不正と腐敗の無限ループだ。
「国王陛下はお義母様のことを、心配されておいでなんですね」
「ああいうの、溺愛っていうの? 優先順位の一番上が母ちゃんだからなあ。陛下って仕事早いらしいんだけど、母ちゃんと過ごす時間を確保するためなんだと」
「それでも週に二日か三日、休みが取れるか取れないかですね」
「王様って大変だよな」
王位継承権第四位を持つエドワードが、他人事のように呟いた。自分が王位に着くことなど全くないと思っている。王太子派や宰相派に見せてやりたい。
「工場の件が母ちゃんから打診された直後に、オーサ公爵からの陳情だろ。すぐに俺へ命令書の発布だ。カルロスと何かの陰謀かと疑ったもんね」
「完全に偶然でしたが、タイミング悪かったですよね。直ちにソーラ様へ、エディの工場責任者の件は白紙にと伝達したのですが」
「すぐさま『ラヴィちゃんがやればいいじゃなあい?』って返答が返ってきた」
ラヴィリアは少し気が遠くなる。
やればいいじゃなあい?って。
お義母様、あまりにも、軽い……。
「お義母様のお言葉とはいえ、それに倣う必要はないじゃないですか……」
「ソーラ様は人を見る目がおありです。ソーラ様の差配で間違いは、ほぼないのです。
ということで、ソーラ様がやれというからには、ラヴィリア姫に工場責任者をやっていただくことに」
「……うそ」
「ソーラ様は人を見る目は確かですが、本人の負担は加味しておりません。稀にそのまま潰されてしまう人もいますので、ご注意ください」
「なんですか、それ!
エディも反対してください!」
「……ラヴィが工場の方へ行くとしてノース港の自警団と連携……ブレイカー私兵団の選抜と自宅警護も一応……行軍費用算出と武器の確認整備……マフマクン領近郊の詳細地図を……」
「エディ?」
「……もうやだ……面倒臭い……金もない……時間もない……考えたくない」
「カルロス、エディが潰されかかってますけど?!」
「はい。いつも通り通常運転です。
ということでラヴィリア姫。人員が足りないので、ラヴィリア姫が工場受け持つ方向でお願いします」
「うわあ……」
「エディ、しっかりしなさい」
カルロスはエドワードのおでこをピンと弾いた。軽いように見えて鋭い一撃だ。ぐおっという声と共にエドワードが額を押さえた。カルロスは穏やかにエドワードに告げた。
「今夜は何も考えずに寝てください。明日から本格的に始動してもらいますよ」
「カルロス、鬼!」
「今から私は動くんです。多分今夜は寝れません。最愛の妻の元に帰れるのはいつになることか」
「それは……すいません」
「全くです。今回の事が終わったら休暇をください。妻とバカンスにでも行かなきゃやってられません」
「……善処します」
「では、ラヴィリア姫。私はこれで失礼します。
エディ、ちゃんと寝てくださいよ」
しばらく寝れなくなりますから、という不穏な言葉と共に、カルロスはエドワード小屋を去って行った。




