エディ大荒れの裏事情
思惑が、しっちゃかでめっちゃか
「気をつけなければいけないのは、オーサ公爵が我々に無償で兵を貸す、と言っているところですね」
カルロスは大いに含みのある口調で言った。
オーサ公爵の名前を覚えていますか?とラヴィリアに問いかける。
もちろん覚えていた。
エドワードと町でお茶をしようとした時、オーサ公爵が雇った暗殺者が、ラヴィリアの目の前でエドワードを襲ったこと。太陽に照らされた何本もの剣がエドワードを殺すのだと思った。卒倒するほどの恐怖に襲われたのはあれが初めてだ。
あの事件の首謀者は、サミュエル王太子の要望を叶えるために動いた、オーサ公爵だった。
「再びエディに暗殺の危険が迫っている、ということですか?」
「微妙なところです。今回の派兵協力の申し出は国民感情を宥める目的もあるようです。
何せあの時の暗殺者の独白は、王都に一瞬で広まりましたからね。エディがオーサ公爵とサミュエル皇太子に命を狙われていることが、公然と広まってしまった」
「本当に、あっという間に噂が広がりましたね」
「クチコミというのは、恐ろしいです。完全に悪役と、悪役の魔の手から逃れたヒーローが出来上がりましたから。
オーサ公爵とサミュエル王太子は、エドワード王子に暗殺者を差し向けた、悪役として印象が定着しました」
「オーサ公爵がエディを殺そうとしたのは、サミュエル王太子の機嫌を取るため。王都ではそう噂されていますね」
「しかも最悪なことに、エドワード王子の最愛の婚約者、ラヴィリア姫の目の前で、です」
カルロスが顔をしかめた。
おそらくラヴィリアも同じような顔をしているのだろう。オーサ公爵のやり口は、改めて思い出してみても、胸糞悪い。
「オーサ公爵は、卑劣な悪役、という最低な印象を反転させる必要が生じてきました。
そこで、反乱を平定しようとしているエドワード王子に無償で手を貸す、という形を演出したわけです。決してエドワード王子と敵対関係ではなく、協力し合える仲であると。
今王都では、意図的に流された話、オーサ公爵の度量の大きさを喧伝する噂が、至る所で飛び交っているはずですよ。オーサ公爵の手の者によってね」
「そこまで国民感情を気にする必要はあるのでしょうか。大貴族ですよね」
「オーサ公爵の名前が落ちれば、オーサ公爵を重用していた、サミュエル王太子の名も落ちます。それにより王位継承権が揺らぐ可能性も、ないことはないんです。
有力貴族に見放されれば、サミュエル王太子といえど足元がぐらついてきますから。
それに王族や貴族はね、表面的には国民に対して、見栄を張らなければいけないのですよ」
カルロスは穏やかだが、苦い顔をしながら言い切った。
王族は見栄を張らなければいけない。自分でも口にしたことのある台詞に、ラヴィリアは思わず息をつめた。
見栄の張り方は色々ある。
オーサ公爵の場合、エドワード王子暗殺未遂という、卑劣な犯行を犯してしまっている。だからこそ、それを消し去るほどの善人ぶりを見せつけなければいけない。そうでなければ残忍で卑怯という印象だけが残ってしまう。
品性の悪い噂が立った人間が国の要職を務め続けられるほど、王宮も甘くない。必ず誰かが足を引っ張りに来る。
「王族や貴族が特権を持てるのは、品行方正な人物である王族、もしくは貴族その人が、庶民の生活を守る義務を全うしてるから。という建前を持っています」
「……はい」
「品行方正ではない行いをしたオーサ公爵は、なんとかその汚い所業を綺麗に塗りつぶさなければなりません。
そこで今回の、エドワード王子への協力の申し出が出てきたわけです」
「エディと自分は信頼し合っているし仲良しだよ、というアピールですか」
「はい。国民感情が収まらないと、サミュエル王太子からも見限られると思っての行動でしょう。実際に、法務大臣という役職を降ろされる危機にも瀕しています。
彼は急いで名誉を挽回しないと、これからの政治活動に支障が生じる可能性が高い。必死に善人ぶりをアピールしている訳です」
「でもオーサ公爵のやったことって。
兵を無償で貸すと言っているだけですよね。勝手に兵を押し付けておいて、問題を解決しなかったらエディのせいにしようとしてませんか?」
「その通りです」
「何一つエディは望んでないですよね?」
「その通りです。それがいつもの彼らの無茶振りです。
エディじゃないですが、余計な事しやがってあの白髪ジジイ根こそぎ引っこ抜いてハゲ散らかしてやろうか、というくらいには腹立たしいです」
ラヴィリアは、穏やかな顔をして不謹慎な事を平気で口にするカルロスにたじろいだ。それなりに分かったつもりではいたが、内面はかなりブラックな副官だ。
最近ラヴィリアにブラックな面を見せることも、躊躇いがなくなってきているようだった。
「実は兵を預かる際に、さらに気をつけなければいけない部分もありまして」
「気をつける……ああ、なるほど」
「お気づきですね。
共に行軍しなければいけないオーサ兵の中に、暗殺者が紛れ込んでいる可能性も考慮しなくてはならないでしょう。もしも本当に戦闘が起こった際、エディを殺して敵兵の仕業にしてしまえば、これほど自然な死に様もありませんし」
「本当に、エディの周りは物騒ですわね」
「まあ、常にこんなものですよ」
平然と語るカルロスだが、ラヴィリアは不安だった。エドワードから話には聞いていたが、本当に命懸けの命令が次々とやってくる。それを当たり前のようにこなそうとしているカルロスの方が、どうかしているのだ。
咎めるような視線に気付いたのか、カルロスがにっこりと笑った。安心させようという笑みなのかもしれないが、安心などまるでできない。
「そこまで心配しなくても大丈夫ですよ」
「……その大丈夫には、全く根拠がないじゃないですか」
「うーん。根拠、ですか」
カルロスが顎をつまんで考えている。
ほどなくいつもの穏やかな笑みを口元に刻んだ。
「……エドワード王子という人は、驚くほど強運の持ち主なんです。と言ったら根拠になりますか?」
「……それが、なると思います?」
「私の認識では、根拠になる、とお答えしましょう。
エディへのこれまでの無茶振りの数々、常人だったらとっくに死んでますからね」
「でも。だからと言って。
強運だから安心しろなんて。本人を見ていると、全くそうは思えませんけど」
「はたから見たら、割に合わないことを押し付けられている身分が高いだけの貧乏人ですからね。
でも、押し付けられた面倒事を実績に変えて生き残っているんですよ、エディは」
カルロスが穏やかに目を細めた。自分の主の実績を思い返すと笑うしかない。
人の手には負えないと噂された、群れと化した魔獣の討伐。長年修復不可能と言われ続けた、最前線の砦の修復。諸外国からの非難も高かった、荒れ果てた港の全面的な改良工事。
毎回死にそうな目に会いながらも、使えるものは使い倒し、人であれば拝み倒し、這いずり回って成果を上げているエディは、やはり強運の持ち主であろう。
カルロスの見る限り、必ずキーマンになる人や重要なきっかけを、エドワードは偶然掴んでいるのである。狙ってでは無い。いつの間にか傍らにいる。
そんな強運がなければ今まで生き残れるはずがない。命令を押し付けている高官たちは、常に不達成を前提に命令書を作り上げているのだから。
そんな達成不可能な命令書を無理矢理エドワードに押し付けたというのに、毎回期待以上の成果を上げて何度も返り咲く王子。それを見る高官たちの苛立たしげな顔は見物である。
しかもエドワード自身は実績を積んだ自覚がなく、終わったんだから放っておいてくれとばかりに颯爽と帰っていく。
超強運の持ち主は、無自覚に高官たちを煽っていた。
カルロスは毎回おかしくて仕方がない。
だが少しずつエドワードの実力を認め始めている貴族も出始めている。そんな彼らを取りこぼさないよう裏で手を回すのがカルロスの大きな仕事だ。表立ってはいないが、それなりの組織が出来上がりつつあった。
「エディは国を変えるほどの強運と、資質の持ち主だと思っていますよ。私がエディに掛けてみよう、と思った一番の理由はそこですから」
「以前から思っていましたが、カルロスはどうしてエディの下についているのですか?」
頭のキレる副官である。能力も高く、ソツがない。もっと権力の中枢にいてもおかしくない男だ。
ラヴィリアの疑問にカルロスは穏やかに微笑んでみせた。
「私のフルネームはカルロス・オグ・パスカルといいます。パスカル男爵家の五男です」
「……はい」
「貴族の五男なんて家は継げませんし、出世も頭打ちです。能力が高くても男爵家の五男という身分では要職にもつけません」
「そういう世の中ですものね……」
「エディが能力を認められて、これから高い役職につく可能性もあります。エディが王位を継承する可能性も、低いですけどあります。私が家督を継ぐ可能性よりも、将来の可能性が高いんですよ。
私は自分のために、打算でエディの傍にいるんです」
「本当に、それだけですか?」
「それだけ。そうですね……」
カルロスは少し考えるようにして目を伏せた。亜麻色の前髪がサラリと揺れた。
過去にこんな事がありました、とエドワードの副官は口を開いた。
「私がエディに初めて会ったのは、彼が十歳、私が二十五歳の時でした。エディが下町から王宮に連れてこられた直後です。
私は彼の、いわゆる王宮家庭教師でした」
「王族としての礼儀作法やしきたりなどを、叩き込む係ですね」
「おっしゃる通りです。エディは読み書き計算などの一般的な教養は身につけておりましたが、王族としての教養はゼロでした。それ故に、早急に身につけなければいけなかったんですが。エディは生徒としてはダメな部類でして」
カルロスは過去を思い出して失笑した。
チョコレート色の髪と目をした少年は、自分の住む環境の唐突な変化に、全くついていけてなかった。
「始めは何も身につきませんでしたねえ。それ故に王妃様や王太子殿下からバカにされ続けて。あの平坦な顔で情けなく泣きそうになるものですから、さらに笑われて」
「少し、聞いたことがあります」
「可哀想な時期でした。王族の方々がされることですから、誰も表立って庇うわけにもいかないので。
そこで、王太子殿下も図に乗ってしまったんでしょうね。自分の手下として使っていた貴族の息子たちに、エディを襲わせたんです」
ラヴィリアは目を見張った。
カルロスは安心させるようにラヴィリアに微笑んだ。
「私はその現場に、たまたま居合わせたのですが。
エディは十歳の時点で戦闘訓練の経験がありました。当時のエディは、今配下に置いているのブレイカー私兵団との交流がすでにありまして。『テメェの身くらいテメェで守れるようになれ』と、基本の動きは出来るよう鍛えられたとか。さらにエディが王宮に上がる条件として、マシューを護衛騎士見習いとして付けるという項目がありました」
「あ」
「はい、見事な返り討ちでした。年上の貴族の息子たちを、マシューと二人でボッコボコにしてましたねえ。
それを遠目で見ていた王太子殿下を、マシューがとっ捕まえてエディの元に引きずり出してきまして」
「……」
「当時は背も低かった小さな王子が、真っ青な顔して『お兄様、喧嘩両成敗って知ってます? お兄様も罪に問われるかもです』って、青年になりかけた王太子殿下に持ちかけてるんですよ。
痺れましたねえ」
カルロスは本当に楽しそうに目を細めた。
恐らくエドワードは必死な思いで王太子殿下に向かって行ったのだろう。ただの喧嘩が王宮内の出来事であれば、誰かの進退を左右する大事になりかねない。誰の罪にもならないように、喧嘩をけしかけた本人に無かったことにしようと交渉する。
これがカルロスの琴線に触れた。
「驚異的な戦闘能力を持つマシューとの出会いも、幼いながら町のゴロツキと上手く付き合う能力も、いざと言う時に大胆に交渉を持ちかける胆力も、エディの生まれ持った強運と資質です。
私がエディの下についているのは、そんな男が私の周りには他に居ないからですね」
「……その割に、いつもエディへの扱いがぞんざいですわね」
ラヴィリアが悪戯っぽくカルロスを非難すると、カルロスはここだけの話、とやはり悪戯っぽくウィンクした。
「分かりやすくて乗せられやすくて、へこたれてもリカバリーの早い使い勝手の良い強運な男は、使っていて楽しいのは間違いないですね」
「主を使って楽しんでいると知れたら、人によっては罪を受けますよ?」
「ここだけの話ですよ。これはご内密に」
穏やかな亜麻色の髪をした男は、不穏な言葉と共に微笑んだ。
この穏やかな笑みに騙されている人も随分いるんだろう。見た目よりかなり強かな男である。
カルロスは地図上のマフクマン伯爵領を指さした。
「我々は数日中にブレイカー私兵団の選抜隊と共に、マフマクン伯爵領へ出立することになります」
「わかりました」
「それから、ラヴィリア姫にも別の仕事の依頼が入っています」
「え?」
「あなたも仕事です、姫」
「ええっ?」
「エディ大荒れの理由はそこにもあるんですよ」
ラヴィリアは自分の血の気が引くのを意識した。
エディ大荒れの原因は、他人事だと思っていた。どうやらそうでは無かったらしい。




