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アイドル王子(自作自演)と、深窓の姫君(余計なコブ付き)の、【偽装結婚】?!  作者: 工藤 でん
第三章 商売繁盛したいんだ

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ソーラへの贈り物

「うふふふふ。ラヴィリアさんは良いものを選んできてくれたのねえ」


ソーラはクカジャムの瓶から手を離してラヴィリアに微笑んだ。目の前に座る娘は、姿勢の良い姿だけで絵になる姫である。

だが、ソーラはカルロスからラヴィリアに関する情報はつぶさに得ている。

王族らしい立ち居振る舞いからは想像のできない、貧困生活の経験者。絹のドレスを脱ぎ捨て麻の庶民服で過ごし、貧しい生活の流れで、罠を張って獲物を捕え自ら捌き調理する姫君。



ソーラは顧客にいる上位貴族の女性たちの生活ぶりを目に浮かべて、その違いに嘆息するしかない。

美しいドレスを何枚も仕立て、競うように宝飾品を買い漁り、茶会や夜会にいそしむ彼女たち。毎日のようにちょっとの自慢と他愛のない愚痴をこぼし、その財産の出処も気にしない、年齢だけを重ねた天真爛漫で幼稚な女性たち。


お客様としては素晴らしい女性たちが多いが、商売をするなら、ねえ。



「ラヴィリアさんは、王妃様たちにもこのジャムをお届けしたの?」

「いいえ。

王妃様、王女様、王太子妃様にはスパイダーシルクの反物をお贈りしました」

「まあ、スパイダーシルク。そうねえ、良いものですものねえ」


ソーラの笑みがさらに深くなった。

王妃たちにスパイダーシルクの反物を、私にはクカのジャム。値段の差は歴然だ。

だが、単品の価値ではない。それを分かって品を選んできたとなると。

ラヴィリアを見る目が変わるというものだ。


「スパイダーシルクを欲しがるご婦人は多いからねえ。でも、難点があるとすれば……」

「量産ができないのですわ。だからこそ値段も高騰しておりますが、ほとんど予約で埋まっておりまして、余剰分がないのです」

「そうなのよねえ。私も予約待ちしているけど、いつ届くものか分からないわあ。

でもラヴィリアさん、あなたのドレスの胸元のコサージュ、それはスパイダーシルクじゃなあい?」

「お気づきになられましたか。これはスパイダーシルクの端切れから作られています」

「……ドレスを仕立てた際の端切れを再利用したのね」

「勿体ないじゃないですか。職人に端切れを使用して欲しいとお願いした時は随分呆れられましたけど」


確かに王族の依頼とは思えないセコい依頼だ。だが商人の目線で考えればよい判断である。

端切れであれば原材料は安く買い叩けるし、製品にすればスパイダーシルク使用で高値で売れる。実際にラヴィリアの薄紅色のドレスに赤みの強い花型のコサージュはよく映えている。独特のシルクの輝きはパーティでも目を引くだろう。


エドワードが隣に座るラヴィリアを唖然として見ていた。


「ラヴィ、ドレスの直しがしたいって、この日のため……?」

「そうですわ。このコサージュには薄紅色のこのドレスが一番合うので」

「対母ちゃん用のドレスだったのか……」

「あくまで、コサージュに合わせるためのドレス、ですわよ」

「私も試されてたのねえ。そのコサージュがスパイダーシルクと、気付けるのかしらって」

「試すだなんて、滅相もありません。

ですが、国を相手に商売をするお方ですもの。スパイダーシルクと気付かないはずがないと思いました」

「うふ。うふふふふふ。

ねえ、今からラヴィちゃんて呼んでいい?」


うっわ馴れ馴れしいっ、と言うエドワードの頭を平手で引っぱたいて、ソーラはラヴィリアに身を乗り出した。エドワードによく似たチョコレート色の目が、人懐っこく輝いていた。


「クカの実はどこで手に入るの?」

「マリ王国の、本当に山奥です。後で場所をお教えします」

「そこ以外では採れないと言うのはホント?」

「国中の山を渡り歩いていたルートが……懇意にしている猟師が言っておりました。あの地域では毎年呆れるほど実が付くのに、他では見たことがないと」

「なるほどお。

……クカの実を活用するにはどうすればいいと思う?」

「農業、工業、水産業など、あらゆる魔力を使う分野で活用出来るでしょう」

「具体的にはどういう分野に効果がある?」

「そうですね……。

たとえば魔道具の生産をする工場など、有効に使えるでしょうね。魔力を注入する魔道士の職人の魔力を上げることができたら、魔道具の性能が著しく上がると考えます」

「それはメリットを上げた例ね。デメリットとしては?」


ソーラのチョコレート色の目がじっとラヴィリアに向けられているのがわかる。やはり、ここまで掘り下げてくるのか。

ラヴィリアはもともとの美しい姿勢を、気持ちだけさらにピンと伸ばした。


「……軍事転用されますと、その国の軍事力がクカの効果の分だけ上げられると思います。魔法騎士団に魔力を上げる薬品として使用すれば、魔力攻撃、魔法防御も他国より頭一つ抜きんでる可能性があります」

「その情報はまだ、どこも正式発表されていないのね?」

「マリ王国の一部の人間しか知らないはずです。この情報もわたくしの推測に過ぎません」

「でも、信憑性はあるわよね?」

「わたくしは、たまたまクカの実が採れる地域で暮らし、たまたま王国の研究機関の噂が入る地位にいただけですわ」

「あらまあ、偶然てあるわよねえ」


ソーラは満足そうに微笑んで、テーブルに置いていたハンドベルを鳴らした。すぐに執事らしき人物が顔を出した。なぜか手にはメモとペンを構えていた。


「お呼びでしょうか」

「はあい。呼んだわよお。

まずはスパイダーシルクの市場価格を詳しく。その上でスパイダーシルクの製糸工事、製品の縫製工場の廃棄品を買い叩いてきて。

それからクカという植物の調査を。生育地域と成分については念入りに。それからその地域で作られているジャムを買い占めて。値段に糸目はつけません。できれば来年以降の先渡取引を持ちかけて契約してきてね。これは売れるわよお。売買戦略を早急に提出して」

「マリ王国へ派遣する形になりますね。何名必要でしょう」

「30名。必要であればさらに増やします。ジェニーとジャックをリーダーにして。J繋がりで覚えやすいでしょ」

「……あの二人、かなり仲悪いですけど」

「そう? ある程度折り合いつけばいいカンジになると思うけどお?

それから例の企画を始動します。石は予定通り買い叩いて買い占めてきて。職人を急募。場所は海の近くで広めの倉庫を確保。労働力も確保出来るところでね。分かってると思うけど王都から近ければ近いほどいいわ」

「また、そういう無茶をおっしゃる……」

「あなた、そういうの得意でしょう? それから……」


次々と指示を飛ばすソーラを目を見張って見ていたラヴィリアに、エドワードがそっと囁いてきた。呆れたような諦めたような表情が珍しい。


「あれがあの人の本性。ガチガチの商人だからね」

「……なんだか楽しそうですね」

「本人はね。仕事を任される方はたまったものじゃない。要求が細かくて規模もでかいし、しかも期待以上の結果を持ってこないと、すぐに首をすげ替えられる」

「まあ……」

「期待以上であれば報酬もでかい。だからあの人の周りには人が集まってくるんだろうけど……あんまり一般の母ちゃんらしいこと、俺はされた覚えがないかな」

「そうなんですか?」

「執務室の一角に机置かれて、貸借対照表とか損益計算書の作成を手伝わされたりしてたけど……手料理とか記憶にないしな」


次々に指示を飛ばしていたソーラがピタリと止まった。今聞き捨てならないことをサラッと言ったわねこの息子、と不満そうにエドワードを見据えている。口を尖らせた顔が可愛いかった。


「エディ、酷くない? ちゃんとお母さんしてる私に対して、心無い言い様。あなたの良心のありかを疑うわあ。良心、どこに置いてきちゃったのかしらねえ」

「料理も洗濯も掃除も裁縫もできない母ちゃんが、何言ってんの」

「確かに得意ではないけど! この部屋のハンドメイドアイテムは全部リタさんにお願いして作ってもらってるけどっ。

手料理はちゃんと、あなたたちに食べさせてましたからっ」

「あれは手料理とは言わないんだよ。まずは手料理という概念に対して、心改めて謝罪した方がいいよ」

「そんなことないもの! じゃあ今すぐ作ってあげるから!」


ソーラはそそくさと台所へ消えていった。今がチャンスとばかりに、執事がぎっしりと文字の埋まったメモを握りしめて出ていった。ソーラが思うままに指示した内容はメモ十枚目に突入していた。そろそろ集約して実際の手筈を整えたいところだったのだろう。


ソーラは皿にいくつも小ぶりな白パンを載せて戻ってきた。そこへ上からジャバジャバとクカの実ジャムを盛大に乗せた。白パンの表面にみっちりと紫色のジャムがへばりつく。ラヴィリアの視界から白い表面は消えた。見る限りジャムの山だ。


ドヤ顔のソーラが、エドワードに向けて紫色のべったべたの皿を差し出した。


「さあ、お食べ♡」

「料理といえばマジでこれしかできないことを、少しは恥ずかしく思ったらどうかな?!」

「小さい頃はあんなにおいしそうに食べてたのにい」

「物心ついた時にはすでに呆れてたわ」

「贅沢な子ね! 食べ物のバチが当たるわよ。あなたの大好物のチーズがいつの間にか腐ってるかもしれないわよ!」

「貴重なクカの実ジャムをこんな使い方した人間の意見なんか聞かん。

……おーいマシュー! いるんだろ、来い!」


呼ばれたマシューがそろりと部屋に入ってきた。モッサリした金色の頭が室内をキョロキョロと見渡している。

そのままエドワードに近付くと思いきや、まっすぐにソーラの元へ駆け寄った。マシューは躊躇わずにソーラに近づいて、両手を握ってブンブン振った。自分も軽くピョンピョン跳ねている。


「母ちゃんっ」

「マシュー、元気そうね。嬉しいわあ」

「俺も嬉しいっ。母ちゃん、会いたかった」

「マシューは可愛いわねえ。

………不平ばかり一丁前の、実の息子より」

「うるっっせえよ」


マシューはソーラの腕にひっついて離れない。これほど機嫌のいいマシューに、ラヴィリアは初めてお目にかかった。いつもぼんやりとしているマシューのテンションが上がっている。

マシューが甘えたように金色の頭をこてんとソーラに預けた。


「母ちゃん、もっと遊びに来ていい?」

「エディがあっけなくぽっくり死なない程度なら、いいわよお」

「エディ、今よりもっと鍛錬厳しくしよう。十人くらいの刺客は自分でなんとかできるようにしよう。

俺はしばらく母ちゃんと遊ぶから」

「マシューは王子の護衛っていう仕事に一片の誇りも持っていないのかなっ?」

「エディといるより母ちゃんと一緒の方が百倍楽しいもん」

「欲に忠実だな、お前っ」


エドワードはモッサリ金髪をソーラに撫でられてご満悦のマシューをなじりながら、ラヴィリアに説明をする。何も知らなければマシューの「母ちゃん」呼びは謎であろう。


「マシューは五歳くらいの頃から俺と兄弟みたいにして育ったんだ。身寄りが無い上に当時から怪物みたいに力の強かったマシューを誰もが敬遠しててさ。それを引き受けたのが俺の母親。だから未だに俺の母を母ちゃんと呼んでる」

「……ええ」

「そして、マシューは見ての通り類を見ないマザコンだ。母ちゃんの前だと俺の優先順位が確実に下がる。というか、俺のことはどうでもよくなる」

「母ちゃん、俺今日泊まっていく。母ちゃんと屋台の串焼き買いに行く」

「あらまあ」

「もう、今日からここに住む。エディはここから城に通えばいいんだ。つか、母ちゃんの護衛と俺が交替すればいい」

「マシューは今後も俺の護衛だからな!」


マシューは明らさまにものすごく顔を歪めてエドワードを見上げた。不服を分かりやすく顔面で現している。『母ちゃんと俺の仲をを引き裂く邪魔者エディめ』と顔が訴えていた。

エドワードの小屋では見受けられない表情だ。



「マシュー」と、ラヴィリアが声をかけた。真剣な声音をしていた。


エドワードはラヴィリアがマシューをたしなめるのだと期待して、熱い視線を向けた。マシューの態度は護衛としてなっていない。護衛の仕事とは何か、きちんとマシューにわからせてくれるつもりなんだろう。なんて出来た婚約者なんだ。



だがラヴィリアは、凛として視線を集中させていた。

……ソーラの持ってきた、ジャムだらけの白パンに。


「マシュー、これはどうやっていただきますの?」


ラヴィリアの興味は白パンの一点のみだった。

マシューとソーラの関係やエドワードと過ごした生い立ちなど、どうでもいいようである。

目の前の食べたことの無い白パンの山から、目を離せない。しかし食べ方が見当もつかない。


マシューが呆れたように高貴な生い立ちの姫に説明した。


「これはね、掴んでパクッといくんだよ」

「ちぎったりしませんの?」

「あー、姫さんて固い黒パンでも、いちいちちぎって食ってるもんね。ないない、そういうのない」

「じゃあどうする……」

「こう」


マシューが人差し指と親指でパンを摘み、ガバッと口を開けて一気にパンを口に詰め込んだ。咀嚼しながら指についたジャムを舐めとっている。エドワードはマナーを身につけることなく残念に育った、幼い頃のままのマシューを眺めた。

行儀も何も無い、ソーラ特製適当ジャムパンの食べ方だ。自分も幼い頃はそうやって食べていた。しかし大人になってもやりたいとは思わない。だからこそマシューを呼んだのだが。


「パクッ、ですのね?」

「え? ラヴィ、食うの?」

「当たり前です、白パンですのよ?!」


ものすごい真剣な気配の婚約者を、エドワードは間近で感じた。

そういえばラヴィリアは、白パンの熱烈な愛好者だった。


ラヴィリアはベッタベタのジャムパンを手で摘み口に運んだ。一口では入り切らず真ん中でかぶりつくことになる。

酸味の強いクカのジャムと柔らかくしっとりした白パンが口の中で絶妙に混じり合う。久しぶりの白パンだ。歯がなくても食べられるくらいの柔らかさ、そこに甘みと酸味の効いたクカのジャム。おいしい以外に言葉は無い。

今年度おいしいもの選手権、優勝決定。おめでとう。


ラヴィリアはうっとりとジャムパンを堪能した。


「ぶふふっ」

「……くっ」

「姫さん、顔! 顔が!

あははははは」


ラヴィリアはもぐもぐしながら周りを見渡した。

ラヴィリア以外の三人が笑い転げていた。

ソーラは両手で口を覆い、マシューは大口を開けて笑っている。エドワードは腹を押さえ、頭をクッション埋めてプルプル震えていた。


三人の反応を訝しく思ったラヴィリアは、サイドボードのガラスに映った自分の顔を見た。

濃い紫色のクカジャムを口の周りにべったりつけた少女が映っていた。ジャムが口の周りで泥棒ヒゲのように、丸くくっきりとついていた。

ヒゲを蓄えた、自分。


「ああ、わ、ああ!!!」

「最高! 最高だ、姫さん!」

「ラヴィ、うん。かわ、可愛い。くくくくくくっ」

「ラ、ラヴィちゃん。ごめんなさい。

顔を、顔を洗っておいで」

「あ、洗って参ります!」


ラヴィリアは顔全面を真っ赤にして台所へ走った。そのままドアを閉めるかと思ったが、寸前に目だけ覗かせてソーラに訴えた。アイスブルーの瞳が、これだけは伝えなければと輝いていた。


「あのっ、その料理は。

食べるのは大変ですが、世界一おいしいお料理ですわ、お義母様」


そのままドアを閉めた。

ドアの向こうでバシャバシャと水音がしている中、ソーラがエドワードの頭を掴んだ。チョコレート色の髪をグッチャグチャにかき混ぜながら、母は歓喜の声を上げた。


「やだあ何あの子、めっっっちゃかわいいんですけどー!!!」

「やめろ、母ちゃん!」

「可愛い! 世界一可愛い!

エディ、あんたあの子不幸にしたら、身ぐるみ引っぺがして他国に売りに出すからね!」

「唐突な鬼畜発言!」

「母ちゃん、エディばっかり。髪ぐちゃぐちゃ楽しそう。俺にもしてー」

「マシューバカなのか? これが楽しそうに見えるのか?!」

「ほらほら、マシューもぐちゃぐちゃー」

「わーい」

「もう、カオス!」



顔を洗って部屋に戻ったラヴィリアは、ソーラによって凄まじいヘアスタイルにされた二人の男を見て、途端に吹き出す事になった。

チョコレート色の半分逆立った髪のエディと、金色の右斜め横に全て寄った髪をしたマシューが対象的な表情で座っていた。憮然としたエドワードと満面の笑みのマシューである。


ボサボサの髪をした、不機嫌な様子のエドワードと目を合わせたラヴィリアは、やっぱり笑いを止めることはできなかった。


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