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アイドル王子(自作自演)と、深窓の姫君(余計なコブ付き)の、【偽装結婚】?!  作者: 工藤 でん
第三章 商売繁盛したいんだ

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エディの母

初対面!

交易拠点アマツの町にあるエドワードの母の屋敷は、国王の持ち物としては素っ気ないほど簡素な邸宅であった。さすがに王の愛妾の住む屋敷なため警護は厳重だったが、門をくぐればスッキリとした庭と、達物自体は大きいが質素なレンガ造りの二階建の屋敷がラヴィリアの前に現れた。

お住まいには気を遣わない方なのかしら、とラヴィリアはエドワードの後について思っていた。



エドワードとラヴィリアの二人は屋敷の使用人に案内され、屋敷の一番奥の部屋へ通された。暖炉のあるこじんまりとした部屋だった。四人がけのダイニングセットは年季が入った黒光りするもので、王宮では見かけることの無いものだ。その脇にあるソファもなかなかの年代物で、手作り感溢れるカバーが掛けられ、刺繍のあるクッションが置かれていた。

壁にはカップや皿の入ったサイドボードと腰高の棚。棚の上には筆記用具のささった缶や小箱、いくつかの本が積み上げられている。

応接室、とは言い難い。雑多な日用品に溢れている。どちらかというと、一般庶民の家族が過ごすリビングルームのようだった。



ラヴィリアはお直しを終えて戻ってきた薄紅色のドレスをつまみ、ドレスを間違えたかなと思っていた。このリビングルームにラヴィリアの格好はそぐわない。エドワードも上位の騎士服を選んでいるあたり、想定外だったのかもしれない。

エドワードがため息をついてラヴィリアにソファに座るように勧め、慣れた仕草で部屋の右手にあるドアを開けた。


「なー、こっちの部屋でいいのか? マリ王国の姫が来てんだけど」

『いいのよう。ちょうどリタさんのレモンパイ切ってたところなの』

「切ってたところ。

……あんた。いや、どうして。なんで自分で、切ろうとした」

『だって、みんな忙しそうだし』

「後は俺がなんとかするからラヴィに挨拶してこい! これはもはや食い物の見かけでは無え!」

『どうしてこうなっちゃうのかしらねえ』

「おあー! 茶が焦げてる! なんで水入れてねえんだよ!」

『さっきまでちゃんと入ってたのよう。おかしいわねえ』

「そもそも紅茶を煮出すなよ!」


エドワードの姿が消えたドアの向こうから、香ばしいより焦げ臭い臭いが漂ってきていた。ラヴィリアも煮炊きを始めたばかりの頃、よくこんな臭いのする物体を作り上げたものである。

ラヴィリアはそっとドアの向こうを覗いてみた。慎ましい台所だ。あまり使われていないのか物は少ない。部屋の真ん中で、チョコレート色の髪の男女が、ぐっちゃぐちゃの元は白いスイーツであっただろう物体の前で、ヤカンの中身を仲良く覗きこんでいた。エドワードと、エドワードの母だろう。

ラヴィリアは意を決して、そっと声をかけてみた。


「あのう。わたくしがやりましょうか?」





ラヴィリアは薄紅色のドレスの上にエプロンを借りて(手作り感溢れる花柄刺繍入り)、ヤカンの焦げを落としお湯を沸かし直し、レモンパイは形のある所を中心に再生し直し小皿に盛り、ティーポットに茶葉を入れお湯を注いだ。そんなラヴィリアの周りを「すごいわねえ」「手馴れてるわねえ」「上手ねえ」「好きになっちゃう」と言いながらチョコレート色の髪の女性がウロウロしている。身長はラヴィリアより少し高い。四十代くらいの可愛らしい女性だ。

この女性がエドワードの母、ソーラであった。


リビングのソファで向かい合い(皿を運ぶ際もソーラは「触るな」とエドワードに止められていたが)、改めて自己紹介をした。

にこにことソーラはラヴィリアに向かい合った。


「王族の方にこんな失礼な挨拶でごめんなさいねえ」

「いえ、緊張していたのでとても気が楽になりました」

「きちんとおもてなししようと思ったの。だから、リタさんにレモンパイ作ってもらってきたし、お茶だってラモンさんちの新茶を用意して」

「母ちゃん、不器用なんだからさ」

「不器用だなんて。あまり細かいことは上手にできないだけよお」

「それが不器用だって言ってんの。ハンドメイド好きなくせに自分じゃ作れないじゃねえか」

「リタさんたちが上手過ぎるのよお。今日だってお茶くらいは自分で出そうと思ったのよお」

「器用な誰かに任せればいいのに」

「なんだか、みんな忙しそうなのお。手が空いてるの私だけなの。なんで?」


困ったように微笑むソーラは年よりも幼く見えた。年齢は48歳と聞いている。だが思わず手助けをしたくなるような、守ってあげたくなるような雰囲気を持っている女性だった。


それにしても、とラヴィリアはエドワードをちらりと見た。今日もアイドル王子メイクのエドワードだが、いつもより幼く見える気がする。それに……


(お母様のこと、母ちゃん、て)


十歳で王宮に連れてこられた、とエドワードは言っていた。それまではソーラの元で「母ちゃん」と呼びながら生活していた普通の下町の少年だったんだろう。

小さなエドワードがソーラにまとわりついて遊ぶ姿を想像すると微笑ましい。


ソーラはにっこりとラヴィリアに笑いかけた。


「エディのお嫁さんに早く会いたかったのよう」

「わたくしも、お義母様にお会いしたく思っておりました」

「エディがねえ、気付かない子なのよねえ。ほら、ちょっと考えたらわかるじゃなあい? わたしが息子のお嫁さんに会いたくないわけないでしょ? でもね、やっぱりエディってホント気が利かないのよねえ」

「母ちゃん、うるさい」

「カルロスに全部聞いてるのよー。

全然これっぽっちも私の事思い出さなかったんでしょー? ラヴィリアさんだって来たばかりだし、エディだって忙しいだろうし、遠慮してたらもう一ヶ月たちそうなの。ラヴィリアさんが言い出してくれなかったらもっと先送りにしてたらしいじゃなあい?

私、可哀想よねえ。忘れられてたのよお。わかる? 切ないわよねえ」

「母ちゃん!!!」


エドワードは真一文字に口を結んでソーラをにらみつけた。そのままチョコレート色の頭をかっちりと下げた。


「ごめん」

「謝罪は言葉だけでは受け付けませーん」

「くっ……何が必要だ」

「青い羽根の販売権利♡」

「おい」

「儲かりそうだな、って」


柔らかい笑顔でソーラがつきつけた条件がものの見事に商人発想で、ラヴィリアは唖然としながらも納得した。

城に出入りできるほどの女商人、というのはこういうものか。見かけからはがめつさや抜け目なさなど、かけらも見えない女性である。『販売権利』などこの人の口から出たとは思えないほどだ。

エドワードは顔を引き攣らせてソーラと対峙している。


「青い羽根はっ……これから利益が大きくなりそうな所なのにっ」

「だから欲しいのよう。おいしくなければいらないものー」

「こっちだって生活かかってんだよ!

ラヴィの生活も上げていかないと! 俺たちはこのままいつまでも、大自然丸ごとおいしいジビエ料理で過ごす訳にはいかないんだよ!」



ラヴィリアはじとっとエドワードを横目で睨んだ。わたくしの料理に不満があるということ? 大自然まるごとおいしくて何が悪い。


しかし必要な時に必要な資金がないというのも困ることは分かっている。お金の重要性は散々叩き込まれてきたこの数年だ。少なくとも王族を堂々と名乗れるくらいの見栄が張れる装備品は維持したいものである。



ぐっと心の中で気合いを入れて、ラヴィリアは持参した包みをソーラに差し出した。


「お義母様。こちら、マリ王国より持参いたしましたものでございます」

「あら、なあに?」

「クカ、と呼ばれる植物の実でできたジャムです。マリ王国でもかなり山深いところでなければ生育しないものなのです」

「まあ、おいしそうねえ」

「そのままでも、パンにつけてもおいしいです。このレモンパイに添えてもいいかもしれません」

「いいわねえ。さっそくいただこうかしら」


ソーラがさっそくジャムの瓶を取り出し蓋を開けようとした。すかさずエドワードが瓶を奪い開けてやる。「ありがと」とにこりとソーラが笑って、蓋の空いた瓶を受け取った。

一連のさりげない流れが、親子だなあとラヴィリアは思った。給仕を必要としない庶民の食卓の情景が見えるようだった。


ソーラは濃い紫色をしたクカのジャムを口にした。ゆっくりと味わってラヴィリアに微笑んだ。


「あら、酸味が強いけど後に残らないわ。とってもおいしい」

「よかったです。

このジャムは本当においしいんです。癖になるのでシーズンに一度は食べたくなると思います。

だけど、おいしさと別にもう1つ特徴があって」

「なあに?」

「一時的に魔力が上がることが、最近分かってきたんです」


ソーラの優しい笑顔が、ラヴィリアの言葉でさらに深くなった。口角が上がり慈愛に満ちた笑顔のようだが、商人として興味を持ったのだとエドワードは察した。ソーラの興味を掻き立てることは、なかなか難しい。

ソーラはスプーンで瓶の中身を軽くかき混ぜている。


「魔力が一時的に上がる。それは、確か?」

「はい。まだ研究は続いているようですが、ほぼ確定でしょう。

身近な例で言いますと、わたくしの猟師の師匠が、春になると弓矢の強度が格段に上がるのです。師匠の矢は、春になると獲物の鹿を貫通して、その向こうに刺さってしまいます」

「それって」

「師匠は魔力持ちで、魔力で弓矢の威力を上げていたんです。春になるとクカの実を当たり前に食べますし、師匠の奥様はクカの実ジャムの名人です。クカのジャムが尽きると、師匠の弓矢の威力は元に戻ります」

「へえええ」

「クカはマリ王国の山奥でしか採れません。ぜひお義母様に試していただきたくて、持参いたしました」

「うふふふふふふ」


ソーラは目を細めてラヴィリアを見た。

背筋を伸ばしたラヴィリアの座り姿はさすが王族。しかし僅かに緊張感のある固まった表情が、意図して用意された商品であることを物語っていた。

世間知らずそうなお姫様に見えるが、これはなかなか。どうやら色々考えてここに来たらしい。



ふーん、そう。

では、全部さらけだしてもらおうかなあ。



うふふふふ、とソーラはまた笑った。


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