罠を仕掛けて獲物を狩る 2
波乱、ハラン、はらん
ヒュッと音が聞こえた気がした。同時にタンッと長いものが目の前に突き刺さった。エドワードのいた空間である。
エドワードは椅子ごと転がり難を逃れていた。タンタンタンッと連続で音がした。
矢だ。
向かいの建物からエドワードを狙って狙撃する者がいた。
声を上げそうになるラヴィリアの口をブラッドの手が塞いだ。そのままラヴィリアの体を抱え込んでくる。
――許可なくブラッドがラヴィリアに触れている……ということは、命の危険が迫っているということだ。命に危険がある場合のみ、ラヴィリアに触れることを許可する。そういう契約を交わしているのだ。
ブラッドがラヴィリアの耳元で囁いた。
「黙ってな、ラヴィ。王子の邪魔にならないように」
わあっと複数の太い声がした。剣を振りかざした男たちが数名、エドワードに向けて突撃してきていた。
太陽を反射して、エドワードの命を狙う剣が煌めきながら迫ってくる。
目の前でエドワードが斬られる。殺される。
そうラヴィリアが覚悟した。その直後だった。
小さな影が物凄い勢いで走り抜けた。太陽光を反射していた剣が次々と地に落ちて行く。
マシューだ。
金色の影が襲撃者三人を次々に斬り倒し、四人目と斬り結んだ。その間にエドワードはマシューに近付き敵の落とした剣を拾い、マシューと斬り結んでいた奴の肩口に剣を叩き込んだ。
絶叫する敵を蹴り倒し、そのままマシューと背中合わせになり剣を構える。
二人を囲む敵は五人。ヒュッと掠めた矢をマシューが斬り下げた。狙撃手がもう一人。連続で矢を射る敵に、矢を斬り落としながらマシューは面倒くさそうに目を向けた。
ふいにブラッドがカフェのカトラリー入れからナイフを取り出し、向かいの建物に向けて真っ直ぐに投擲した。屋根の上から弓を持った男が転がり落ちてきた。
マシューがブラッドに向けて剣を掲げた。ありがたい、という所だろう。
敵が一斉に二人へ襲いかかった。エドワードが一人と切り結ぶと、その背を狙い二名が斬りこんでくる。マシューは自分を狙っていた敵の刃を掻い潜りながらエドワードを狙う敵の剣を払い、払いながら反対方向の敵に仕込んでいた短剣を投げ込んだ。剣を払われた敵の体勢が整う前に手首を切り落とし、もう1人に肉薄し袈裟斬りに剣を振り抜いた。
マシューの動きは淀みない。力もスピードも衰えることなく次の敵に向かう。
マシューと一対一にされた敵は、剣を振りかぶった瞬間に、自分の胴から血が吹き出すのを見た。地面に倒れる寸前、自分を斬り伏せた金髪が王子の方向に身体を向けた姿を捉えてそのまま意識は暗転した。
エドワードと何度か斬り結んでいた男は、金髪が目に入った瞬間に腹を殴られ利き腕を折られ、後ろ手に縛り上げられたことに気づいた。その時に初めて、味方が全滅している事を知った。
ものの五分もかかっていなかった。
マシューが息も切らさず男を縛り上げてからそれを投げ捨て、ゼーゼー肩で息をしているエドワードを見上げた。
「エディ、こんなんで息上がるの? もう少し鍛錬厳しくするね」
「ハァ、生き残ったんだから、ハァ、よくない?!」
「でも体力ない。一人しか倒さなかったし」
「ちゃんと引き付けてた! 役に立ったし!」
「んー、精霊サンのフォローのほうがありがたかったかな」
「マシューは絶対俺に厳しいと思う……」
息を整えて、エドワードは転がされた男の襟首を掴んだ。ぐっと持ち上げ、底冷えのする視線で男を見据えた。何度も死線を潜りぬけてきた男の目だ。甘さも容赦もない、生き残るために全力を尽くす男。
それもまたエドワードの顔の一つだった。
らぶきゅん王子の面影は、今のエドワードにはどこにもなかった。
「誰に雇われた」
「……」
「王太子か」
「……」
「調べればすぐにわかる」
「……足がつくようなヘマはしねえ……ぎゃああああああ!!!」
男が答えた瞬間マシューが折れた右手をがつちり握ったのだ。新たに複数のボキボキという嫌な音がした。
「右手、もう治んねえかもな」
「あああ……くそが……」
「次は左手壊す?」
マシューが無事な左手首を握った。男の顔色がさらに青くなる。だが口を割る様子は無かった。それなりの組織で教育されてきたと思われた。
首謀者の名前くらいは割り出したかったが、短時間では難しい。エドワードは舌打ちした。
ラヴィリアを巡って、サミュエル王太子とやり合ったばかりだ。近々襲撃があるだろうことは想像できていた。王太子の性格からして、ラヴィリアの前で無惨に殺されるエドワードを見せ、その後後ろ盾のなくなったラヴィリアを手に入れる、くらいは考えるだろう。だからこそ帯刀もせずに町をぶらつき、狙いやすいカフェに立ち寄ってやったのだ。
そのうち憲兵が来て襲撃者の取り調べをするだろうが、その内容がエドワードにもたらされることは無い。途中であやふやになって消えていく。今までずっとそうだった。
憲兵の内部にも王太子や王妃の派閥の力は及んでいる。都合の悪いことは片っ端からもみ消されて行くのだ。
また襲われ損かと、エドワードは嘆息した。
「王子、罠にかけた獲物はそれか?」
ブラッドがエドワードの前に不敵な笑みで現れた。
闇の上位精霊の気配がいつもより不穏だった。ラヴィリアとじゃれている時の呑気な雰囲気はまるで無い。
心なしかブラッドの夜色の目が、赤く輝いた気がした。ほんの僅かな間だったが。
エドワードはすっと目を細めた。ブラッドの意図を読みたかった。
「ラヴィは?」
「無事だ。安全なとこにいるぜ。
それより手ぇ貸すか、王子」
「護衛くん、どういうつもりだ」
「気分だな。
こいつに裏を吐かせたいんだろ。我は地獄のあ……であるから」
「あくま……上位精霊の力を俺に貸してくれる、ということか」
「ん。難しいことでは無いし」
「なぜ、と問うのは失礼か?」
ブラッドはからからと笑った。
美貌の精霊もどきは、実に楽しげにエドワードを見た。
「面白いからだ」
「面白い?」
「この国の構造はつまらん。どっかの数人と、それに繋がる豚共の娯楽のために物や人が動いている。都合の悪い事象は全てがなかったことにされ、もみ消され、『ゼロ』に戻される」
「……」
「ヤツらはこれまで『ゼロ』しか手にしたことがない。では、『ゼロ』ではなくて『イチ』を返してやったら、どうなるんだろうな」
「!」
「アホ面で己の権勢を過信してふんぞり返っているどっかの数人が、たったの『イチ』に慌てふためく姿は随分滑稽で可愛らしいではないか? それを見学するのは悪くないな」
「護衛くん、君は」
「我はね、心弾むような娯楽に飢えているのだよ」
ブラッドは襲撃者の男の頭を鷲掴みにした。ブラッドの手から黒いモヤの様なものが見えていた。底冷えのする笑みが襲撃者の心胆を凍りつかせた。逆らえない、と本能が警告を発している。
男は突然ブルブルと震えだした。目の焦点がさまよい、涎が流れ始める。かすかに「あ……あ……」と声が漏れた。痙攣が限界を迎え大きくガクンと震えた。
男は唐突に顔を上げ、叫び出した。
群衆がそんな彼をじっと見つめていることを、男は知らない。
「俺は、俺たちは、法務大臣オーサ公爵から雇われた殺し屋だ! 金貨五百枚でエドワード第二王子を殺す仕事を引き受けた!オーサ公爵と直接契約だ! 金貨五百枚だ!」
「……法務大臣?」
「オーサ公爵?」
町中でざわめきが広がった。先程の襲撃で逃げ出した人々が続々と戻ってきていた。
男の叫びは止まらない。
「『金髪の小悪魔』を仕留めればさらに金貨百枚! ラヴィリア姫は逃がすか攫え、いずれサミュエル王太子様のものになるから、間違っても手を出すなと!」
「……言ってること、本当か?」
「なんてこと……」
「エドワード王子を殺すだけで、しばらく遊んで暮らせるんだ! ラヴィリア姫だあ? あんなガキ手ぇ出すかよ。それより金貨五百枚だ! 女郎屋にひと月は居続けできるってもんよ! がはははは、ひいーぃ、はははは」
気が狂ったように笑い続ける男の首筋を、ブラッドはもう興味を失ったとばかりに手刀で打ち付けた。そのまま男は崩れ落ちた。
その後憲兵が駆けつけ、襲撃者たちは連行されていった。死者は一人、ブラッドが投げたナイフが脳天を貫通した男だけだった。
襲撃者たちは尋問を受け、取り調べを受ける事になるが、いつものように内容がエドワードの元へ届くことはないのだろう。
だがその現場に居合わせた人々は盛んに噂を流すはずだ。犯人の告白を生で聞いたのだから。
エドワード第二王子を襲った暗殺者の雇い主は、法務大臣オーサ公爵である。そのオーサ公爵を使っているのは、サミュエル王太子である。
サミュエル王太子はエドワード王子を亡き者にし、ラヴィリア姫を攫って自分の妾として囲おうとしている。金と権力を使ってだ。
エドワード王子とラヴィリア姫はこの事件の被害者だ。
では加害者は誰だ? 事件を起こした加害者はどこにいる?
噂は流れる。
憲兵の情報統制から逃れ、噂は城下から地方都市へ。地方都市から小さな町へ、村へ。
エドワード王子とラヴィリア姫を襲った事件。愛し合う二人を割こうとするどす黒い欲望。
金と権力を使って己の欲を満たそうとしている権力者がいる。許されるはずのない犯罪を犯した権力者が、国の中心、王宮にいる。彼は捕縛されることもなく、この国の二番目に高い場所で悠々と過ごしている。
……これは、許されることなのか?
その噂の中の一人、ラヴィリアはというと。
太陽の光を反射したいくつもの剣がエドワードに向けられたと思った直後、ものの見事に目の前が暗転した。
綺麗に気絶したラヴィリアがカフェのソファ席で目を覚ました時には、色々と全てが終わっていた。
ニヤニヤしたブラッドが、久しぶりのラヴィリアの触り心地を滔々と語り出したのを拳を振るって止めた時に、エドワードが憲兵の事情聴取から解放されて戻って来た。エドワードの無事を確認したラヴィリアは、やっぱり拳を振るってエドワードをポカポカ殴った。
怖かった。
本当に怖かった。もう生きたエドワードとは会えないと思った。それなのに何でもなさそうな平気そうな顔で戻ってきて、安堵すると同時に腹が立った。思う存分エドワードを殴りつけて、ラヴィリアは顔を覆って泣いてしまった。
エドワードが素の表情で、困ったように自分を見下ろしていることに、ラヴィリアは気づかないでいた。
この事件以降、そのカフェのソファ席は、『ラヴィリア姫の憂鬱』席と呼ばれるようになる。
ラヴィリアとエドワードの、誰も引き裂くことの出来ない揺るぎない純愛が語り継がれ、カップルに絶大な人気がある。今も予約が取れないほどの人気席なのだそうだ。
ブラッドの気まぐれ。誰のためでもなく自分のため、なあたりが悪魔。




