罠を仕掛けて獲物を狩る 1
お出かけしてみました。
エドワードは目の前の愛する人を眺めた。艶やかなアイスシルバーの髪をハーフアップにして艶やかな青いリボンで結んでいるラヴィリアは、今日も可憐で清楚で気品があった。
街歩き用に用意された白と水色のワンピースが透明感のある肌によく似合っていた。
俺のラヴィは今日も美しい。
この美しい女性が、俺のもので。この可憐な女性が俺の事を想ってくれているだなんて。 これほど幸せなことが他にあるだろうか。
エドワードは甘い煌めきを含んだ瞳でラヴィリアに触れようとして――
「触んな、王子」
あっさりとブラッドに手を弾かれた。
もう何度目のことだろう。
エドワードは弾かれた手を見て、やれやれと肩をすくめた。それくらいではアイドル王子はめげないのだ。
「護衛くん、ラヴィは私の婚約者だよ」
「だからどうした、クソ王子」
「愛を確かめ合いたいのだが」
「あきらめろ。叶うことの無い希望は今すぐ捨てろ」
「愛する気持ちは簡単に止められない。
私たちの深い愛情は果てることなく膨らみ続けている。お互いがお互いを求めて共鳴しているのだ」
「はん?」
「愛し合うとはそういうこと。私たちは婚姻を結ぶ前から真実の名のもとに愛を誓いあっているのさ。
ねえ、ラヴィ?」
えええええぇ、そうね。と答えながらラヴィリアはげふっと口から砂糖を吐くのを堪えた。極甘王子は極悪ブラッドと対等に渡り合っていた。まさかであった。
極甘王子は事ある毎にラヴィリアに触れようとした。ブラッドはその全てを払い除けている。
町を歩きラヴィリアと手を繋ごうとする手を払い。八百屋の軒先で商品をよく見ようと屈んだラヴィリアの髪をすくおうとした手を払い。走り回る子供を避けようとラヴィリアの腰を寄せるために伸ばした手を払い。パン屋の手前でパンの香りにときめくラヴィリアの頬に伸ばした手を払われた。
この状態でエドワードとラヴィリアの仲良しアピールができているのかは疑問である。
町の人々はエドワードのいつもの派手な衣装ではなく地味めな貴族風スタイルと、簡素なワンピースのラヴィリアを見て、お忍びでのお出かけだと悟ってくれているようだった。
時々「もしかして……」と目を丸くしている女子たちに、エドワードがウィンクしながら人差し指を唇に当てると、声にならない悲鳴を上げながら激しく頷いてくれる。「もしかして……」と目を見張る男子にはラヴィリアが慎ましく微笑むと、男子たちは自らの口に人差し指を当て騒がないアピールをした。姫パワー恐るべしである。
このように、おおむね大騒ぎにはならず二人の町歩きは成功していた。いつもよりざわつきは大きいが、群衆化していないだけマシだろう。
町歩きの最中、エドワードとラヴィリアはブレイカー私兵団の事務所や懇意にしている印刷所に挨拶にまわり、熱烈な歓迎を受けた。
印刷所の親父は、マシューの書いたラヴィリアの絵にラヴィリア本人からサインをもらいご満悦である。増刷もお任せくださいと意気軒昂であった。
小物制作をお願いしたおばあちゃま方から、エドワードは青い羽根と銀色の細いタッセルのついたピアスを、ラヴィリアは青い羽根とチョコレート色の小さいプレートのついたネックレスを贈られた。ささやかなプレゼントかと思ったが、これを身につけて町を徘徊して宣伝してこいという意図が丸見えであった。おばあちゃまたちに支払われる製作費用は、売上げた数で決まるのだ。
エドワードとラヴィリアはいそいそと青い羽根を身につけた。おばあちゃま方のぎらつく視線には有無を言わせない強制力があった。
エドワードとラヴィリアはその後もブラブラと町歩きを楽しんだ。ように見えていた。
エドワードがもう何度目かわからないがラヴィリアの手を握ろうと出した手を払われて、ブラッドに拗ねたように視線を流した。
「護衛くん、そろそろ私も限界だよ。愛しいラヴィに触れたいのだが」
「知らんわ。我は四年もラヴィに触れるのを我慢してるんだぞ。ご褒美で触れる時も、肝心なところは触らせてくれないんだぞ」
「ブラッド、あなたまた余計なことを」
「肝心なところってどこだよ、護衛くん」
「一番いいところに決まってんじゃん」
「ああ。それは無理だろ護衛くん」
「でも一番触りたいところじゃん」
「それも分かるぞ護衛くん」
「なんで通じあってるんですか!」
ラヴィリアが真っ赤になって叫ぶのを、ブラッドとエドワードはにこやかに「「かーわいいー」」と評していた。なぜここにきて気が合い始めたのだろう。
それにしても、疲れた。ラヴィリアは周りに悟られないようほっと息をついた。座ることなく歩くか立ちっぱなしで、顔は公務用の笑顔を張り付かせている。初めての町で緊張もしていたのだろう。
休憩したいなとエドワードを見上げると、エドワードはすぐに気付いて破顔した。近くのカフェに立ち寄り、空席を尋ねてくれている。
自分の意をすぐに汲んでくれる姿に少しだけ素のエドワードが感じられて、ラヴィリアは小さくきゅんを味わった。優しい心遣いはエドワードがもとから備えているものだ。王宮のバルコニーでラヴィリアはそれを実感した。あの時のエドワードが『好き』のきっかけだった。
演技での行動では無い。素直に嬉しいと感じる。
エディの優しさを味わえる女の子は、この世界でわたくしだけ。
そう考えるとまた胸が締め付けられるようだった。また『好き』を実感する。
本当なら極甘王子ではなく、ノーメイクの素のエディと一緒にいたいのだけど。
無い物ねだりですねと、ラヴィリアは甘やかな笑みを浮かべたエドワードと共に、案内されたテラス席に腰を下ろした。
大きな交差点の近くにあるカフェだった。街道沿いにいくつかテラス席を設置して、奥には小規模なパーティが開けるくらいの客席がある。各テーブルには花が飾られ、手作りらしいクロスがかけられていた。
若い女の子が好みそうなお店、とラヴィリアは思った。が、エドワードが腰をかけてラヴィリアに微笑むと、すぐに前言を撤回した。
極甘王子が女の子を誑かすのにうってつけなお店、であった。
「ラヴィ、好きな物頼んでいいよ(予算内で)」
「まあ、うれしい(カルロスからせしめたデート予算はかなり少ないはず)」
「俺はエール、といきたいところだけど、君をエスコート中だからコーヒーで(一番安い)」
「わたくしも同じものを(最も安い)」
「給仕よ、ローストビーフのサンドイッチと合鴨のペペロンチーノ、フィッシュフライにタルタルソース、エールをジョッキで持ってこい」
「「護衛は黙って立ってなさい!」」
ちゃっかり同席しようとするブラッドを黙らせて、ラヴィリアとエドワードはにっこりと微笑み合った。予算を軽く越えられるところだった。
その日はよく晴れた日だった。店の日除けで眩しいこともなく、心地よい風だけが通り過ぎていく。
姿勢よくコーヒーを嗜む高貴なラヴィリアと、少し砕けた姿勢で甘い空気をだしているエドワードがカフェのテラスでお茶している。そばには夜色の髪と瞳の背の高い護衛が、綺麗な立ち姿でラヴィリアを見守っていた。目立たないわけがない。
遠巻きに三人に視線を送る人々が増えてきたようだった。
ブラッドは、こってりとした甘い視線をラヴィリアに送り続けているエドワードに目を転じた。ラヴィリアがぞわぞわしているが、そこには目を瞑っておいてやる。だが――
「……王子、誘ってんのか」
「あれ、護衛くんにはそう見える?」
「目立つからな」
「とーっても自然、だっただろう」
「相手もそう思ってるかねえ」
「?
何の話ですの?」
ラヴィリアがエドワードとブラッドを不思議そうに見つめている。小首を傾げる様子は純真そうで心が安らぐ。こんな狡猾なやり取りとは無縁であって欲しいと思う。
エドワードは甘い視線を注いでいた対象から、不自然にならないよう目をそらせた。
しかしながら、ラヴィリアは王族で、純然たる付加価値を持った、エドワードの婚約者なのだ。巻き込んでしまうのは、仕方がない。
「護衛くん、ラヴィに危害を加えることはないとは思うけど、何かあったらよろしく」
「おー」
「だから、何を……」
ラヴィリアがエドワードに尋ねようとした、その時だった。
長くなったので二つに分割しました。
明日も投稿しまーす。




