宣伝業務
エドワードは忙しかった。もう目が回り続けていて何が視界に入っているのか分からないくらいには忙しかった。ラヴィリアの作る原材料のよく分からない肉料理を気にしないくらい忙しかった。
まずブレイカー私兵団の抱える印刷所に、絵姿を二色刷りにしたいんだけど予算がないからそのままの値段で頼む、と言ったらドアから放り出される所だった。ひたすら印刷所の親父を宥めすかしてしてヨイショしまくって肩も揉んだが、親父の許可は下りなかった。マシューがその場で正装のラヴィリアの姿を描き出し、今度婚約者を挨拶に連れてくると絵姿を渡した途端に、にやけ顔で許可が下りた。エドワードはラヴィリアを親父に近づけないことを心に誓った。
さらにブレイカー私兵団の女性陣に、青い羽根を使ったピアスとイヤリングとネックレスの制作を依頼しようとした。青の染料、ピアス・イヤリングの土台や、ネックレスチェーン、接続の金具などを買う予算は、カルロスがなんとか捻出したものの、羽根を青く染める作業や羽根を加工して土台に付けたりネックレスに通したりする細かな作業をしてもらう人件費は出なかった。予算がないので出来高制、つまり売れたら作業代金を支払う、と持ちかけたところ、働き盛りの女性陣に総スカンをくらった。
何とか比較的手の空いている女性陣……つまりおばあさま世代の方々に、なんとか作業をお願いできたのだが。モチベーションを保つために依頼されたのが、らぶきゅん王子から毎日お褒めの言葉をいただきたい、だった。
エドワードは公務の合間に毎日作業するおばあちゃま方の自宅に出向き、「あなたの働く手は美しい」「ああ、昨日より肌のツヤが増してますよ」「あなたをじっと見つめていると、そのまま恋に落ちそうだ」などとらぶきゅん全開で褒めちぎった。心が折れそうだった。
疲れきったエドワードを出迎えてくれるのは、ニワトリの世話をするラヴィリアだ。手製でニワトリの囲いを作り、繁殖にも精を出している。エドワードから指示があればその場で絞めて羽根を調達する。
煌めく笑顔でニワトリの首を落とし、まだ羽と足をバサバサさせながら首から血を吹き出すニワトリを両手で持って「1羽でよろしいんですの?」尋ねるラヴィリアは逞しく煌めいていたが、あまり美しいとは感じなかった。
ラヴィリアはその後、ピアスやネックレスに適したサイズの羽根を選んで洗浄・乾燥をし、製品に回す。もちろん羽がなくなったニワトリの中身は捌いておいしくいただいていた。最近のメニューは鳥の串焼きの頻度が高い。マシューが大喜びである。
夜になると、エドワードはひたすら片腕を宙に浮かせて小鳥がやって来る風情を醸し出しながら微笑み続けた。マシューがそれを見ながら下絵を描く。衣装を変え、髪型を変え、化粧も変えたりしながらひたすら下絵を作り続けた。カルロスとマシューからオーケーが出ないのである。
下絵を見比べながら「目が死んでる」「微笑みが固い」「あからさまに疲れ出すなよな」「なんかエロい」など散々である。キラキラ王子メイクで片手を宙に浮かせたまま、「俺何やってんだろ」と自問するエドワードだった。
ようやく下絵が完成し、印刷に回す段階になった。ピアスやネックレスの数もそれなりに揃ってきた。
それでは、とカルロスが穏やかに宣言した。
「宣伝業務に移りましょう」
「やだああああ」
「やだじゃないです、エディ。抵抗するならぶっ飛ばしますよ」
穏やかにカルロスはエドワードの脛を蹴り上げた。この男の穏やかさは本当に見かけだけだとエドワードは思う。エドワードは脛を撫でながら口を尖らせた。ノーメイクの彼は今日も冴えない男感が満載である。
ラヴィリアは不思議そうにエドワードに尋ねた。
「宣伝業務って大変ですの?」
「大変というか、苦手。町でらぶきゅん化したままひたすら愛想を撒き散らす。絵のテーマによっては盛大にホラを吹く。どんなにもみくちゃにされても笑顔は絶やさず愛想良く……」
「大変そうです」
「最終的にやってられっか!とぶち切れそうになった俺をカルロスが締め上げる。だいたいこのパターン」
「カルロス、優しくないですね……」
「ラヴィ、もっと言って。カルロスに慈愛と遠慮という概念を教えてやって」
「慈愛と遠慮に溢れた私は根性無しのエディを締め上げる程度で許してあげているのですよ? 今度慈愛と遠慮をぶっ飛ばして、暴れ狂ってあげましょうか?」
「……すいませんでした」
「おや、残念。心置き無く暴れるチャンスでしたのに。
……今回の宣伝業務は、ラヴィリア姫にもご協力願います」
カルロスの言葉に、ラヴィリアはこくんと頷いた。
想像がついていたことだ。
「わたくしがエディの婚約者で、青みのあるアイスシルバーの髪をしている女子、と宣伝できれば良いのですね」
「ご明察です。エディと仲睦まじく町を歩いていただきます」
「はい」
エディと町を歩く。
ラヴィリアはエドワードに目を向けて、うふふとほんのり笑みを浮かべた。メイクをしていないエドワードはラヴィリアのハートを刺激するのである。エドワードは仕事中ずっとフルメイクなので、ノーメイクはレア感があるのだ。
目の前のエドワードはどこにでもいそうな冴えない見かけの男である。そのメリハリのなさがとても居心地がいい。そしてラヴィリアに、たくさん気を使ってくれていることも知っている。
そのエディと町を歩くなんて、心が弾む。目の前のサッパリ顔エディと並んで歩いたり、手を繋いだりとかするのかしら……きゃー!
と思ったところで違和感があることに気がついた。
これはお仕事だ。ということはエドワードはフルメイクになる。キラキライケメン王子である。キラキライケメン王子とのおデートは……まったく心弾まない。絶対どこかで口から砂糖を吐くに違いない。しょっぱい干し肉を握って出かける準備をしなければ。
チッと心の中で舌打ちして、ラヴィリアはノーメイクのエドワードを見た。平坦な顔。うん、癒される。
ラヴィリアの心の動きに全く気付かない、冴えない男エドワードがカルロスに尋ねた。
「カルロス、どのくらい街歩きする?」
「三時間はかけたいですね」
「マジか。それはキツイかもしれない」
「なぜですか? 以前はこなしていた時間ですが」
「俺も読めないんだけど。
らぶきゅんがこの前、極甘モードになったじゃん」
「あ」
「ラヴィといるとさあ、あれが暴走すると思うんだよね」
「困ります!」
ラヴィリアがたまらずに声を上げた。
あの激甘で極甘なエドワードは苦手だ。甘いだけじゃなくてベタベタ触れてくるし。完全に引いてしまう。
しかし、とエドワードは頬杖をついた。
「俺とラヴィがセットじゃないと宣伝の意味ないじゃん。でもそうなるとこの前のあれになるだろうし、そうなったら俺には止められないよ」
「止めてくださいよ!」
「目の前に婚約者がいるらぶきゅん極甘王子は、どこでだろうと抱きしめるし人前だろうとキスするよ。口が爛れるほど甘いセリフ垂れ流して艶かしい目で心を殺しにくるよ」
「うえええ」
「ラヴィ、小説読んだ? あの小説の後半て、王子の暴走がやばいからね?」
「読みたくないですキモイですなんでそんな小説売れてるんですかあ」
「そこがいいんですよ、ラヴィリア様ぁ」
カナメがうっとりと頬に手を添えている。
カナメとは、本と男性の趣味は合わない、とラヴィリアはその時悟った。
カルロスが目を細めて厄介そうに呟いた。
「いっそエディが素でらぶきゅん演技したらどうですか」
「できるもんならとっくにやってるっての」
「エディのイメージになり切る奇妙な才能が、ここにきて弊害になるとは」
「我によい手があるぞ」
ぬんっと、テーブルに生首が生えた。
ブラッドの首がテーブルに生えていた。
エドワードとカルロスは勢いよく立ち上がって構えたが、ラヴィリアはため息をついてブラッドの頭をぺしっと叩いた。ブラッドは嬉しそうに目を細めていたが。
「生首で唐突に登場するのはやめなさい」
「いい刺激になるだろう?」
「心臓に悪いんです」
「ちゃんと看取ってやるから安心しろ」
「そのまま地獄に連れていくのですか」
それもいいねえ、とブラッドはニヤリとした。本当にやりかねないから油断ならない。再びぺしっと叩く。
「ところで、よい手とはなんですの?」
「アイドル王子と町歩くんだろ? 我がラヴィの護衛につけば全て解決」
「あなたの護衛で、解決しますか?」
「おお。我はラヴィを守りきるぞ」
「それは、信頼してますけど」
「んふふ。アイドル王子の毒牙からも守ってやるぜ」
ブラッドはラヴィリアの顔に触れないギリギリの所まで己の顔を近づけた。薄い唇がラヴィリアの頬に届きそうだった。
夜色の瞳を細めたブラッドはにやーりとエドワードに笑ってみせた。
「ラヴィに触れるもんなら触ってみなよ、王子ぃ」
世界で一番強固な護衛がラヴィリアについていた。
ちょっとお久しぶりの投稿になりました。




