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結婚できない姫の理由

マリ王国は大陸の北部に位置する高い山脈に囲まれた国である。起伏に富んだ地形が天然の要害となり他国からの侵略に晒されることが少ない、しかし他国との交流も少ない小さな国家であった。ラヴィリアはそんな小国の第一王女として生まれた。


転機が訪れたのはラヴィリアが五歳の時である。母である王妃が亡くなり、さらに翌年父である国王が亡くなった。新国王は年の離れたラヴィリアの兄であるサバートが継ぐこととなった。ゴタゴタは多少あったものの、大過なく王位は継承され、サバート新国王の治世が始まった。


ラヴィリアは王妹として王都の王城で過ごしていたのだが、十三歳を超えた辺りで体調に変化が起こるようになった。通常は何事もなく生活を送れるが、公務としてサバート国王や国王の妻である王妃と同席すると、発熱や吐き気が込み上げてくるのである。

ラヴィリア個人での公務に支障はないが、国王や国王の妻の王妃、生まれたばかりの王太子と触れ合うだけで、何かしら体調がおかしくなる。見舞いに訪れた国王と王妃の前で卒倒したこともあった。


サバート国王はたった一人の妹姫を不憫に思い、王専属の宮廷医を呼んでラヴィリアの診察に向かわせた。宮廷医の診断結果は『王族接触拒絶症』であった。王族と接することに強いストレスを感じ、発熱・頭痛・じんましん・嘔吐などの症状が発症する。幼い頃に精神的支柱である両親を亡くし、王族として振る舞うプレッシャーから精神的に追い詰められた結果、身体が拒絶反応を起こしている、というのが宮廷医の見解であった。


ラヴィリアの身を案じたサバート国王は、ラヴィリアを空気の良い別邸で過ごさせることにした。きちんと静養し身体の異常がなくなり次第、公務に復帰するよう申し伝えた。

王妃の進言により、数代前の王族の別邸の環境が素晴らしいとされ、ラヴィリアは数名の供と共に移り住むこととなった――



――――――そして、今に至る。





「お兄様はアホですの? わたくしが王族と結婚などできるわけないじゃないですか! そもそも王族接触拒絶症があるためにこんな山奥で暮らしていますのに!」

「ラヴィリア様、国王陛下をアホとは……」

「アホをアホと言って何が悪いのです!

わたくしも王族ですから、いずれ政略結婚のためどちらかに嫁ぐことは覚悟しておりましたけど。

王族接触拒絶症を発症してから外国の王家へ嫁ぐ線はなくなったと思ってました。確実に国際問題になりかねませんからね!

それなのにこの縁談とは……お兄様はわたくしの病のことを軽く見てらっしゃるの?!」

「国王陛下も苦肉の策と思われますよ。お相手が近年国力を伸ばしている、お隣のスファルト王国ですから」

「スファルト王国と婚姻関係を結んで対等の立場を維持したいってつもりでしょうけど!」

「よくお分かりではないですか。ラヴィリア姫様しかできないお役目ですわ」

「そんなもんねえ。

初夜のベッドで王子様相手に吐き散らかしたら、一発KO即打首じゃありませんか!」


使者を帰した後、ラヴィリアは大いに荒れていた。暴れ出さないのが不思議なくらいである。

ラヴィリアは見た目は折れそうなほど華奢で清楚な姫であるが、難しい病を患っているとほ思えないほど超健康体の持ち主である事を、侍女のカナメは知っていた。姫君としての所作や言葉遣いはしっかりと身に付けているが時々粗野な方向に破綻してしまう姫、というのがラヴィリアの本性である。

理由はひとまず置いておいて。


「でもラヴィリア様、結婚のお相手としては申し分ない方ではありませんか?」

「エドワード王子はスファルト王国の第二王子でしたわね。王位継承権は第四位の方であったと記憶しておりますが」

「左様でございます」

「我がちっさいマリ王国の国力では第二王子妃あたりが妥当、ということですの?」

「それもありますが……」


さすがに王族としての教育を受けているだけあり、ラヴィリアの知識は他国の王族の家系図や婚姻関係にも詳しい。

スファルト王国第二王子、とはいえ王位継承権第四位の王子とマリ王国王妹との結婚は、妥当と言えば妥当なところであろう。両国は古くから国交こそあれ、ようやく細い流通路が敷設されたばかりの、交流の希薄な関係性だ。天然の要害である高い山脈がスファルト王国とマリ王国との精神的壁とも言える。


しかしカナメは首を振ってラヴィリアを覗き込む。


「ラヴィリア様は、第二王子のエドワード・オグ・ヴィヴィン殿下の噂はご存知ではないですか?」

「いえ、全く。そもそも他国の第二王子の噂話など滅多に流れて来ませんでしょう」

「通常でしたらそうなんですが。

エドワード王子は別格です」

「別格?」

「こちらをご覧くださいませ」


カナメはかたわらに置いてあったファイルを手に取った。一枚の紙を取り出す。

質のそれほどよくない紙に絵が刷られていた。モノクロで、腰から上が描かれた男性のものだ。

ラヴィリアはカナメに手渡された絵姿をしげしげと眺めた。精悍な顔つきでどこか挑戦的な笑顔をこちらに向けている男性だった。衣装は華美で、しかし派手な顔に非常に似合っていた。少し野性味ある雰囲気が色気のようなものまで醸し出している。


「役者絵、ですかしら? 街の劇団の人気の役者は役者絵を販売しているんですよね。街の娘たちは自分の推している役者の絵姿をこぞって買い求めていると、以前カナメに聞きました。

この役者絵がどうしました?」

「こちらの絵姿が、スファルト王国の第二王子、エドワード殿下でございます」


ラヴィリアはにっこりと笑みを浮かべたカナメを見た。次いで手元の姿絵を見た。

人気役者のような綺麗な顔立ちの男性が笑顔を向けている。この男性がスファルト王国第二王子エドワード・オグ・ヴィヴィン殿下。 ラヴィリアの結婚相手。甘く挑発的な視線がラヴィリアを見つめていた。


ラヴィリアはカナメと絵姿を何度か見交わした。そしてじっと絵姿を見つめた。

そこら辺の女性にこの絵姿を見せれば、十人中八人はかっこいいとか素敵とかマジイケメンとか言うだろう。派手な見かけに自信まで乗せてこちらを向かれたら、乙女のハートは射抜かれるか、もしくは擦って負傷くらいは誰でもしそうだ。

ラヴィリアはそんな派手なイケメン王子を見つめて、じっと見つめて、穴のあくほど見つめていて……そのままポイッと捨てた。慌てたカナメがひらひらした王子を拾う。


「ラヴィリア様っ、ご婚約者様を投げ捨てないで下さいませ!」

「仕方ありませんでしょう! なんでスファルト王国の王族の絵姿がマリ王国で出回ってるんです!」

「エドワード殿下は近隣の国では評判の王子様ですわ。スファルト王国でのご活躍の噂が流れると共に、絵姿が売り出された途端、とてつもない勢いで人気になりました」

「噂って……」

「色々ですわ。魔物退治ですとか砦の奪回活劇ですとか哀れな少年の救出劇とか」

「何それ……」

「とにかく、今や町娘から貴族の女性まで虜にする超人気王子様です! この絵姿だって先程下働きの娘の手荷物から無理を言って調達したものですから」

「カナメ、ひどい子ね……」

「国民的アイドルな王子様とご結婚するんです。ご覧の通り間違いなくとんでもないイケメンですよ!

ラヴィリア様のお相手としては申し分ないと私は思います」


派手王子。

山奥で引きこもりの田舎姫の結婚相手が、他国まで名を轟かせるほどのド派手王子。絵姿まで他国に流通するほどの有名な王子様と、王族に接触できない奇妙な病を抱える自分が、結婚。

奇妙な病気以外、健康がウリなハズのラヴィリアが軽く目眩を起こした。


ありえない。絶対上手くいくはずがない。あまりにも立場が違いすぎる。

何より王族接触拒絶症だ。あんなオーラ出まくりのド派手アイドル王子なんて、目を合わせただけで吐くかもしれない。実際今すぐ吐きそうだ。


どうしたらいい?

どーにもならなくない?



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