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お金儲けがしたいのです

第三章、始めましょう!

ラヴィリアはエドワードの向かいにちょこんと座っていた。胸の前で指を組み、潤んだアイスブルーの瞳でエドワードを見上げた。細い肩に青みがかったアイスシルバーの三つ編みがてろんとかかっている。

清楚な瞳が縋るように自分を見つめていることを実感し、エドワードは息を呑んだ。

何? 何が起きてるの? 俺、何かした?


「エディ」

「な、何?」

「わたくし、エディにお願いがあって」

「ああ、うん」

「でも恥ずかしくて。わたくし、初めてのことで」

「ああああ、うん。」

「わたくしからこんなことをお願いするなんて、はしたないかもしれないんですけど」

「あっ……と、え? 何?」


どぎまぎしているエドワードを恥ずかしそうに窺いながら、可憐な姫君がそっと自分の両頬を抑えた。ぽっと頬が桃色に染まった。


「わたくし、お金儲けがしたいのです」



エドワードはどっと疲れて椅子の背に体を持たせかけた。古ぼけた椅子がぎしいっと悲鳴を上げた。後ろで剣の手入れをしているマシューが声を出さずに笑っているのが分かった。


庶民スタイルのラヴィリアに対して、ようやく敬語が取れたエドワードである。今日も庶民服にひっつめ三つ編みのお嬢さんが、鳩を3羽捕らえて帰ってきた。血抜きされた首なし鳩を、どやっという顔で差し出されてうんうん凄いねと答えられるようになってきたエドワードである。慣れってすごいと自分で思う。


そんな日常の延長線で覚悟を決めて「お願い」されるとなると。



……ちょっと色っぽい話かと思ったんだけどなあ。



期待過剰である。

そもそも偽装結婚予定の二人なのだ。

しかもラヴィリアから、愛人は何人でも可、と婚約前に言い渡されているのである。男としてこちらに興味が無いにも程があるってものである。

阿呆だな俺、と自戒してエドワードはラヴィリアに向き合った。



「……深窓の姫君から、その言葉は聞きたくなかったかな」

「わたくし、深窓の姫ではありませんの。深窓に潜んでいたら、わたくしたち飢え死にしてしまいます」

「うん。ラヴィはそういう子だよね。

ところでなんでお金が欲しいの?」

「わたくし、ここの小屋を探し当てた時、それなりのドレスで森を探索したんです」

「ああ、初対面の日のことね。薄紅色の綺麗なドレスだったね」

「森の探索で大事なのは自分の通った道に目印を付けながら進むことだと、猟師のルートに教わってきましたの。遭難しないことが一番大事だと」

「そうだね。間違いないね」

「ですからわたくし、ドレスの裾を引きちぎっては結んでここまでたどり着いたんですが」

「……え?」


エドワードには初耳である。綺麗なドレスの女の子が裾を引きちぎって枝に結びながら森を進む光景。ありえないようで、ラヴィリアならあり得ると思ってしまう。

その状況を実際に真後ろで見ていたカナメが、深いため息を落とした。



「マリ王国より持参したドレスはTPOに合わせて使うつもりで数着用意してきたのです。あの時のドレスは使い勝手のよいものですし割と気に入ってまして。できればお直しをしたいと思ったのです」

「……俺、そういうの疎いので。お直しというのがいくらかかるのか想像もつかないんだけど」

「カナメによれば新調した時に金貨150枚ほどかかったそうですので、お直しで金貨30枚ほど」

「ひっ」

「でもぶっち切っちゃってる部分も結構あるので、金貨50枚は覚悟した方がよい、かと」



エドワードは粗末な木のテーブルに音を立てて突っ伏した。


ドレスの直し? いいよ、金のことは心配しないで。


などと言う気の利いたセリフを胸の内側で用意していたエドワードである。そのセリフは用意しただけで厳重に蓋をして封印することにした。



金貨50枚ってか! 俺の有り金軽く超えてるから!

そして、自分たちの地位を確認する。

王族が安物を着ているわけが無いのだ。ラヴィリアのドレスはマリ王国の威信をかけて作られた花嫁道具の一つである。高級素材満載で作られているはずだ。ちくしょう、王族の贅沢志向め。


どうしてドレスぶっちぎりながらここまで辿り着いたかな、と思い返して、ラヴィリアを出迎えなかった自分の落ち度に気がついた。侵入者ならマシューが必ず気付くから大丈夫、とタカをくくっていたが、さすがのマシューも殺気のない気配を感じる能力は人並みだったらしい。

きちんと出迎えて本館で対応していれば、ラヴィリアとしてもドレス姿で森の獣道を探索するなんてことにならなかったはずだ。


だが、エセアイドル王子で粗末な小屋住まいのエドワード、という現実がバレていなければ今の状況も生まれてなかったわけで。


金貨50枚の出費は必然と考える他ない。

がっくりと肩を落とすエドワードに、ラヴィリアはうきうきとエドワードを覗き込んだ。


「わたくし、マリ王国で自給自足生活してた頃、自分でお金を稼ごうという発想が全くありませんでした。金目の物を売り払ってなんとか補填していたんです」

「……はあ」

「エディはすばらしいですね! 生活費を稼ぐためにはお金を稼げばいいと考えただなんて」

「いや、それは」

「わたくしエディを尊敬します! お金がないのであればお金を集める手段を一から作るのですね。目からウロコですわ」


エドワードは中途半端な笑みを貼り付けながらラヴィリアに頷いて見せた。

金目の物を売り払えるんならよかった。エドワードには金目の物など何もなかった。だから偽アイドル王子を作り上げて絵姿なんて物を売り出したのだ。自分を金に変えるしか手段がなかったというだけである。



「金儲け、と言っても。

ラヴィは何を使って金儲けするつもりなの?」

「そこなんですの。どうしたらお金が儲かるかよくわからなくて。

なのでまずは、エディの絵姿をどうやって売っているのか知りたいなーって」


ラヴィリアはマリ王国で見たエドワードの絵姿を思い出していた。モノクロながら、らぶきゅんモードのエドワードを上手く捉えたものだった。


エドワードはくるりと椅子ごと後ろを向いて顔を覆った。

絵姿。あの、自分では無い自分を描き出した黒歴史(現在進行形)の絵姿。

そもそも目一杯格好つけた自分の絵をラヴィリアに見られているのが死ぬほど恥ずかしい。本性も素顔も完全にバレているのだ。格好よく見えるポーズを毎回いくつも試しているなんて知られたら顔から火が出る。そしてそのままま火傷する。二度と顔を合わせられない。

しかも知られる相手はラヴィリアだ。そこにいるだけで芸術品完成の容姿を持ったラヴィリアだ。ブサイクがブサイクのくせにイキがってごめんなさいとまず謝ろう。


「ラヴィ、ごめん……」

「……そんで、これが戦闘後の殺気を孕んだ風のエディで、こっちが爽やかな風に吹かれて想いを巡らせているエディ。あとこれが令嬢を熱い視線で殺す風のエディ。そんでこっちが……」

「こらあ!」


マシューがせっせとテーブルの上に絵姿の試作品を並べていた。

過去にボツになったエドワードたちである。作られた笑顔の自分が自分を笑っている。中には半裸でファイティングポーズとかもある。あの時の自分の息の根を止めたい。


ラヴィリアはマシューの説明を聞きながら、一枚一枚絵姿を手にして感心している。見ないでー! というエドワードの悲痛な心の叫びはもちろんラヴィリアに届かなかった。


「たくさんありますのね」

「うん。たくさん描いてその中から一番出来のいいやつを印刷に回すの」

「誰が描いてるんですの?」

「俺」


マシューがぼやーっとしながら答えた。棚から鉛筆を取り出してささっと何かを描きつけている。はい、と渡された紙にはラフな線だがラヴィリアが描き取られていた。

紙の中の自分の姿を見せられて、ラヴィリアは瞠目した。


「すごい。お上手ですね」

「絵描くの、好きだから。

エディは描くのやめろとかそんな暇あるなら鍛錬しろとかテメエナメてんのかもっと職に集中しろとか、言わないから」

「……マシューは、たくさんそう言われて生きてきたんですね」

「うん。騎士の訓練生だった頃はほぼ毎日。強くなったら何も言われなくなったけど。

エディはもともと何も言わなかったから楽。カルロスも好きにしなさいって言うから楽」


マシューは喋りながらまた紙に何か描きつけていた。簡単な線で描かれたのは、偉そうな騎士が正座したマシューを叱っている絵だった。ションボリしたマシューが可愛く描かれていた。


ラヴィリアはマシューの絵を眺めた。表情を出すのがとても上手い。細かなニュアンスを伝える術を身に付けているようだった。

エドワードの身内にこのような才能がある人がいたことは僥倖だったのだろう。

だが、上手い絵だからと言って売れるとは限らない。そもそも知名度と好感度を上げなくては絵姿など売れないのだから。


「素人考えですが、絵をただ売りに出すだけでは、それほど売れないと思うのですけど。どうしたらこれほど爆発的に売れるようになるのですか?」


エドワードは、ああと頷いた。ラヴィリアの読みを当然だと思ったのだろう。


「そこは、うちの私兵団を使って……」

「その、私兵団というのは」

「いずれ顔合わせをしよう。俺がガキの頃から付き合いのある町のゴロツキたち」

「ゴ、ゴロツキ……?」

「今は俺の配下という体にしてるんでブレイカー私兵団を名乗ってるけど。町のあぶれ者たちを集めて兵卒化して使ってる。いつ危険な任務負わされるか分かんないからね」

「カルロスが言っていた、軍隊ってお金かかるって、ブレイカー私兵団のことですか?」

「うん。あと、ノース港ってとこの自警団もね。ノース港は俺が港整備した所。そこの港の利用税が俺の収入なんだけど、全部奴らに持っていかれてる。奴らも手に職は持ってるけど、兵器の調達やら管理やら兵糧の備蓄やら定期的な訓練費用やらは俺持ちだから。カツカツだよ、本当に」


金欲しー、とエドワードは心の声を盛大に音声にして漏らした。カルロスも日常的に漏らしている。

改めて、それでとラヴィリアに説明する。


「ブレイカー私兵団に依頼して、エドワードって王子はこんなことして働いてますよーって町の人に話して回って……」

「きらきらイケメンのエドワード王子はなんと誰も退治できなかった魔獣を倒した! あのカッコイイエドワード王子がサウス砦の修復に成功、国防の勇者現る!

て感じで煽りながら城下に絵姿見せて回った」

「マシュー、止めて。めっちゃ恥ずかしい」

「カルロスがこれも戦略って言ってたもん」

「そうだけど!……ラヴィに聞かせるのは……かなり恥ずい」

「今更だろーが」


マシューはにベも無い。


「ブレイカー私兵団の女性陣にサクラになってもらってさ。絵姿売ってる商店で飛ぶように売れてる風を装ったら、どんどん客が付いてきて」

「すごいですね」

「さらにイケメンメイク施して馬でゆっくり城まで歩く、とか効果的だったな。あと、王都ではこの絵姿が流行ってると、エディの噂と共に吹聴して他の町でも売り出した。そのあたりで俺たちはようやく肉が食えるようになった」

「おめでとうございます」

「ホントにね。屋台の串焼きってこんなに美味かったのかと思ったもんな」


マシューがしみじみと頷いている。マシューが肉好きなことはラヴィリアもよく知っている。獲物がかからず肉料理が出せない時、マシューのもっさりとした金髪がくすんで見えるほどテンションが下がるのだ。罠は数種類用意し、弓の練習もするべきだと、くすんだ金髪を見ながらラヴィリアは反省したものだ。



「エディ、僭越ながらエディの絵姿販売に便乗させていただいてもよろしいですか?」

「……構わないけど。

え? どういうこと?ラヴィの絵売るの?」

「わたくしなど売れません。山奥から来た田舎者姫の絵など、誰も欲しがりませんよ」

「……そんなこともないと思うけど」

「エディの絵姿の売り方を変えてみるのです。

わたくしと婚約したことで絵姿の売り上げが低迷するとカルロスが言ってましたけど。逆に婚約を逆手に取って売る方法もあるのではないかと」

「いや、それはないよ。

今絵姿買っている女子は、独身の王子に価値を置いているんだろ? あわよくば自分が選ばれるかも、とか夢想してるってカルロスが」

「そういう方も大勢いらっしゃるかと思いますが。むしろそういう方の目線を変えると販売のチャンスが生まれるはずです」

「販売のチャンス? 婚約した事が?」


ラヴィリアは自信ありげに頷いた。

自分の後ろに控えていたカナメを示した。


「わたくしの侍女は、推し活のエキスパートですので。カナメの考えに添えば間違いないかと思います」

「……女子の思考回路についてはお任せ下さい」


カナメがゆっくりとお辞儀をした。

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