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アイドル王子(自作自演)と、深窓の姫君(余計なコブ付き)の、【偽装結婚】?!  作者: 工藤 でん
第二章 ご挨拶を致しましょう

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甘い甘い甘い……うえっぷ

おいしい甘さは適度な糖度。

どうしてこうなった。

勝利の手応えを感じていたのに。

ラヴィリアは隣に引っ付いてくるエドワードの正気を疑いたくなった。いや、正気じゃないんだ。らぶきゅんモードだから。『らぶきゅん♡わたしの王子様』に成りきっているんだから。



婚約披露パーティの会場に入る寸前まで、エドワードは冴えない男だった。らぶきゅん化が間に合わなかったのである。

予定より早く会場入りの呼び出しがかかった瞬間、慌てたカルロスはエドワードの襟首を掴んでグラグラと揺さぶっていた。どうにかしてらぶきゅん化を促そうとしたがどうにもならなかった。

精彩を欠いた貧相な男は緊張でガチガチに固まったまま顔面蒼白である。顔だけはメイクでイケているがオーラはゼロである。


パーティ対策ノープランのまま、ラヴィリアたちは会場入口までたどり着いた。

エドワードのエスコートどころか、ラヴィリア自身がエドワードを引っ張り引き摺り、入場のドアの手前までたどり着く。国王夫妻入場に沸き上がる会場の気配がドア越しに伝わってきていた。



ラヴィリアは、隣のエドワードが猫背になりながら死んだ目で入場のドアをジト見しているのを見て、もうダメだと諦めた。なんというか、爬虫類の捕食より覇気がないのである。エドワードが先程のようにスマートな受け答えができるとは思えない。


ラヴィリアは近い未来を想像した。このままパーティに出席する、となると。

ある程度嘲笑されて呆れられてその上で体調崩して顔面蒼白にして足元覚束無いまま無様に立ち去るコース、ですわね。王妃喜んじゃうわ腹立つー、である。


そんなのはいやだ。なんとか暗い未来は回避したい。カルロスがやってたみたいに、わたくしがエディの襟首持って揺さぶれば、らぶきゅん化するかしら?

ラヴィリアが半ば本気でエドワードの襟首を掴もうとした時だった。



ふいに、エドワードの姿勢が真っ直ぐになった。じっと天井を見つめている。何かしらぶつぶつ言っていたが、しばらく天を向いてから「もう、いいや」という呟きが聞こえた気がした。



唐突にエドワードから煌びやかな雰囲気が立ち上り始めた。表情に不敵な気配を宿し、挑むような目で前方を見据えている。

ラヴィリアに優しく腕を差し出しエスコートを促したのは、エドワードではなくらぶきゅん♡王子であった。綺麗な横顔は美しくも肉食獣のそれであった。

うわ、降りてきた。とおののきながらラヴィリアはエドワードの腕に己の手を絡めた。

こんなに急になり切れるなんて聞いてない。そしてできるんならもっと早く変わってほしかった。



ラヴィリアはらぶきゅん化したエドワードに慣れていない。急激に強いきらきらオーラを浴びると気が引けてしまう。そんなラヴィリアを慮ることなど一切なく、エドワードは爛々と輝くチョコレート色の瞳でラヴィリアを促した。


「さあラヴィ、かましてやりましょう」


……さっきまでラヴィリアに引き摺られていた男はどこ行った。


どぎまぎしながらラヴィリアは、開けられたドアの向こうに踏み出して行った。





会場からの割れんばかりの拍手が一段落して。

エドワードはテラスからにこやかな笑顔で貴族たちを見下ろしていた。すでにご令嬢たちから散々「きゃあああああ」をいただいた後である。

宰相によるラヴィリアの紹介があり、ラヴィリアは美しいカーテシーを披露した。その完璧な仕草に会場から「ほう」とため息に似た声が漏れた。

さらにエドワードとラヴィリアの婚約式が無事終了したことが告げられる。会場から盛大な拍手が巻き起こった。



よしやり切った、とラヴィリアは確信を得た。エドワードの変化が遅すぎたがなんとかなった。後は食事と歓談だ。途中で退場するつもりだし、これで勝ったも同然。

ほっと息をついて安堵していたラヴィリアであったが。



丁寧な手つきでラヴィリアをエスコートしたエドワードは、いきなりラヴィリアの腰を抱いて引き寄せてきた。急に強く抱き寄せられて、ラヴィリアは右半身にやけに熱い体温を感じた。エドワードが近い。今までにないほど近い。近すぎる。

しかも唐突にコメカミのあたりにチュッと音を立ててキスをされた。

初めての衝撃に、ラヴィリアは呆気にとられた。


……え? ちょっと待って。

今の、キス?



一瞬空白の後、ラヴィリアはプチパニックに陥った。顔だけは笑顔らしきものを貼り付けているが頭はついていっていない。



聞いてない。

こんなに人前で密着するなんて、聞いてない。

何してくれてんだ、この人。

ましてやコメカミとはいえ、キスするなんて反則。

後で覚えとけよこんにゃろう、ですわ!



会場のご令嬢たちの声が黄色い「きゃああ」からどす黒い「ぎゃああああ」「いやああああ」に変化した。今まで誰のものでもなかったアイドル王子が、場の礼節も弁えず一人の女性を抱き寄せているのである。

さらにエドワードは、ラヴィリアの頤に指をかけ顔を自分に向けさせた。ラヴィリアは今まで見たこともないエドワードの顔を、真正面から見せつけられることになった。



「私はラヴィと出会い、初めて恋を知った。 これが運命というものなんだね」



うっとりとしたエドワードの顔が、仕草が、表情が、全てが甘かった。

甘いなんてもんじゃなかった。蜜を染み込ませたスポンジにジャムと蜂蜜をかけ白砂糖とキャラメルでコーティングしたものを綿あめにくるめて口に放り込まれたくらい、甘かった。


らぶきゅん化のさらにその先に、エドワードはいた。好きな子の前だけで見せる甘さと独占欲、という小説の設定を忠実に再現した、激甘王子が誕生していた。

間近でそれを見せつけられたラヴィリアは瞬間的に恋に落ち……るはずもなく。

甘いものを強引に溜め込まれた胸の奥がムカムカしていた。胸焼けである。

激甘王子、甘すぎて食えたもんじゃない。

げーーっぷ、と口から下品なものが出そうである。



しかし距離を取ってエドワードを見上げていたご令嬢たちは、ほどよく薄まった少し甘すぎるかなエドワードを目にしたことになる。先程より甲高い「きゃあああああん!」と共に、会場のあちこちでバタバタと倒れるご令嬢が現れ出した。

テラスの階下がプチパニックになった事を確認して、ラヴィリアは未だ激甘ダダ漏れ顔のエドワードを引っ張って、そろーりと退散した。





せっかくの久々高級フルコース料理が、甘さしか感じない。味覚とは五つあるのではなかったのか。塩味酸味苦味うま味どこいった。今すぐ出てこい。甘味しかない料理は料理じゃない。


ラヴィリアは牛フィレ肉にかける赤ワインソースを、シェフが手違いでメープルシロップをかけちゃったのかと疑った。でも肉自体も甘い。付け合せのマッシュポテトもカスタードクリームのような甘さを感じる。


全ては隣でねっとり甘い視線を送ってくるエドワードのせいであった。視線に食事を甘味に変える魔法でもかけてんのか、と疑いたくなるがそんな魔法聞いたことない。エドワードが魔法を使えることも聞いたことがない。食事の間中、ずっと微笑みながらラヴィリアを見つめているのだ。そのきらっきらのダダ甘視線が全てを甘くしてしまっているのだろう。


「ラヴィ、おいしい?」

「は、はい」

「それはよかった(にっこり)」

「(げーーっぷ)」

「これもおいしいけど、俺は君が作ってくれた食事の方が好きだけどね(ウィンク)」

「……(うぇぇぇっぷ)」


などの言葉も、食事を耳から甘くさせてくる。


食事を残すことをしたくないラヴィリアではあったが、デザートには手が出なかった。ザッハトルテとイチゴムース、さらにフレッシュオレンジが添えられている。普段だったら泣いて喜ぶひと皿だが、どうせ甘いんでしょとしか思えない。辛うじてコーヒーを口にしてみたが苦いような甘さがきた。すべて口から垂れるかと思った。



食事の後、一曲だけエドワードとダンスを踊った。ものすごくしつこく誘われたのだ。甘すぎる顔が近すぎて演技ではなく本気で気持ち悪くなった。

これは仕事。パーティの主役の仕事と言い聞かせエドワードの手を取ったが、すぐに後悔した。激甘笑顔がクドい。濃すぎる。近すぎる。

しかも周囲に聞こえるように「ああ君はなんて美しい」「天使なのか? ラヴィは私の天使なんだね」「私の全てをラヴィに捧げよう」などと甘く囁き続けてくれるエドワード。耳がマシュマロになりそうだ。嫌な汗も蜂蜜みたいなべっとり感だ。身体中がベタベタする気がする。



程よく体調を崩したラヴィリアは、早々に退場することにした。最後まで甘ったるいエドワードが心配そうに見送ったが、付いてくることはなかった。貴族としてパーティに参加しているカルロスと合流して、宰相・王妃派閥に属していない貴族たちとの交流を図るつもりなのだ。激甘王子もさすがに本来の仕事を外すほど羽目を外しているわけではないようだった。



王宮の侍女にエドワードの応接室へ案内されながら、ラヴィリアはほっと一息ついた。エドワードのいない空気が爽やかである。こっそりと深呼吸した。甘くないって素晴らしい。

今後らぶきゅん化する度に、エドワードはああなるのだろうか。塩っぱい干し肉でも口に含んでおかないと、耐えられそうにない。



あと一息で応接室、ドアの手前にカナメの姿が見えた! というタイミングであった。


王族の正装である白地に金とエンジのラインの上衣と錦帯をつけた男性がラヴィリアの行く手を遮った。少し朦朧としていたラヴィリアはエドワードかと一瞬思ったが、エドワードとは先程別れたばかりである。

それにエディは勲章だらけで錦帯はつけてなかったし、エディより太い。誰?



「気分が優れない様子。風に当たった方がいい。バルコニーに案内しよう」



そのまま肩を抱かれて有無を言わさず逆方向に向かわされた。

ラヴィリアは唐突に動悸が激しくなり、強い頭痛を感じ始めた。強引に自分を連れ出す相手を見上げラヴィリアは絶句した。


サミュエル王太子であった。

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