王族の皆様にご挨拶
婚約式はスファルト国王と教会からやって来た枢機卿のみが参加し執り行われた。
間近で見るスファルト王国のアーネスト国王は、小麦色の髪と目をした……のっぺりとした顔の初老の男だった。ノーメイクのエドワードにとてもよく似ていて、血の繋がりは紛うことなしと確信できた。
スファルト国王は初めにラヴィリアににこやかに挨拶したものの、どちらかというとエドワードにまとわりついていた。ラヴィリアがそれとなく距離を取っても全く気にならないようで、小声でエドワードに話しかけている。元気だったかとか今日の髪型は最高だとか、些細なことだ。
婚約証明書にエドワードとラヴィリア、そして国王が署名したものを枢機卿が預かり教会で保存する。枢機卿が婚約証明書を立派な書箱にしまうのを確認して、エドワードがスファルト国王に何事か囁いた。途端に感極まった様子の国王がエドワードに抱きついた。ぎゅうぎゅうと抱きつく国王をエドワードがよしよしと背中を撫でてあげていたが、少し呆れるほど長い時間それが続いた。
後でエドワードに国王陛下に何を言ったのか尋ねると、エドワードは苦笑した。仕方なさそうにしながらもキラキラオーラは顕在だ。
「ありがとう、パパ。って言っただけ」
「パ……不敬ではありませんの?」
「喜ぶんだよ、その方が。俺相手だと王族としてより一介の父親でありたいらしくて」
「意外ですね」
「だから俺も可愛い息子でいる。いい歳してね」
エドワードはペロリと舌を出した。この可愛い男子モードもなかなか破壊力がある。
スファルト国王はエドワードを溺愛している。正確には、エドワードの母を溺愛しているのだ。政務の都合であまりエドワードの母に会えない上に、いくつかの派閥の工作でエドワードにも会えない日々が続いていた。それで鬱屈が溜まっていたようである。
それほど溺愛しているのならエドワードにもっとお金が渡るようにしてくれてもいいのに、とラヴィリアは思った。が、エドワードに対する国王の指示はほとんど反エドワード派の手心で変えられてしまうという。そして国王はその事実に気づいていない。指示を出したのだからその通りに動いているのだと信じている。
それがスファルト王国の宮廷内の現状であった。
宮廷内を牛耳っているのが宰相派と王妃派。この二派はトップが親子関係なため、ほぼ根底は同一である。行動の原理は、己の利益を守りつつ王位継承権第四位のエドワードを王に怪しまれないように陥れること。
エドワードが直接王に働きかければ良いように思えるが。そんなことしようものなら、より苛烈な状況に追い込まれる。例えば砦修復然り、港工事然り、である。
エドワード、もしくはカルロスの采配能力と多大なる運でなんとかこなしてきてはいるが、いつ死んでもおかしくない状況に常に追いやられているのだ。
ラヴィリアはブラッドからの情報と現実を見定めて、改めて深いため息をついた。
エドワードの立場が、クソ面倒臭い。
その嫁という立場にラヴィリアは立つわけである。『のんびり第二王子妃ライフ』はただでは望めないだろう。
カナメの「ラヴィリア様、吐き気止めと頭痛薬と胃痛薬と解熱剤と痒み止めの薬がありますが、いかがいたしますか?」の問に「全ていただきますわ!」と答え、全部の薬を飲み下したたラヴィリアは、エドワードのエスコートで懇談会の会場へ赴いた。広い室内に何の目的で作られたかは分からないが巨大な白いテーブルが準備されていた。エドワードの背後で穏やかに気配を殺して立っているカルロス、グッジョブである。
マリアンヌ第一王女、サミュエル王太子、ミシェル王妃と続けて入室があり、最後にアーネスト国王陛下が入室し着席するまでラヴィリアは慎ましやかに微笑んでいればよかった。マキシウエル王弟殿下は国防に関する重要な会議が入り本日は欠席だ。一人でも欠けてくれるのはラヴィリアにとってありがたいことである。
エドワード以外の王族との距離は三メートル以上確保出来ている。すばらしく大きなテーブルである。後でカルロスには褒美をつかわそう、ちょうどヘビ罠をしかけてあるし、とラヴィリアは心の中で決意した。
宰相によるラヴィリアの紹介の後、カルロスからマリ王国より持参した高級茶葉の説明とともにお茶が供された。見目麗しい焼き菓子付きである。人目さえなければひっつかんでカナメと分けっこするために持ち帰りたいものだが、ラヴィリアは優雅にお茶だけを楽しむフリをした。王族はがっついてはいけないのだ。
「ラヴィリアさんはこの国に慣れまして?」
王妃からの問いかけに、ラヴィリアは目が離せないでいた焼き菓子からそっと王妃に目を向けた。明るい赤毛の華やかな美人である。にこやかに見えて目が笑っていない王妃は、自分の隣に座る王太子の一番の後見人である。国王の背後に控えている宰相の娘で、エドワードを排斥したい中心人物だ。
ラヴィリアは隣でにこやかに座っているエドワードに目を向けた。きらきらのチョコレート色の目に、義母への親愛が欠けらも無いことを確認して、ラヴィリアは決めた。
ラヴィリアは儚げな姫君スマイルを作り、言葉の裏を読むことに徹することにした。
「ラヴィリアさんはこの国に慣れまして?(田舎者が都会の空気に馴染むのは大変でしょう)」
「はい。おかげさまでマリ王国で過ごすように、大過なく過ごさせていただいております(あなたの裏工作なんて屁でもありませんわ)」
「困ったことがあったら何でもおっしゃってくださいね(嫌がらせ倍返しでお返ししてやりますわ)」
「お気遣いありがとうございます。エディはお優しく気を配ってくださるので、満ち足りております(余計なお世話です)」
「まあ、愛称で呼びあってますの? 仲のよろしいこと(下っ端同士で勝手にやってなさい)」
「マリ王国にまで名を上げているエディとこのようなご縁を得ることができて、わたくしは幸せに思います(おたくの息子は鳴かず飛ばずですわね)」
うふふふふと笑い合う女二人を、エドワードは顔だけは笑みを湛えながらきっちりと引いた目で眺めていた。「……こっわ」という呟きはラヴィリアにしか聞こえなかったであろう。
マリアンヌ王女はラヴィリアに好奇の目を向けながら焼き菓子をのんびりとつまんでいる。サミュエル王太子はどういう意図かラヴィリアを凝視していた。
「ラヴィリア姫のドレスのレース、あまり見ない素材ですわね」
マリアンヌ王女の言葉にラヴィリアは目を瞬かせた。言葉の裏を読むようにしていたラヴィリアが、裏を読むことができなかった。本当に興味があって話しかけてくれたらしい。
ラヴィリアは肩口を覆う薄いブルーのレースに触れてマリアンヌ王女に目を移した。王妃譲りの綺麗な赤毛だが、ふんわりとウエーブがかかっている。華やかで明るい印象の女性であった。
「このレースは、クレイスパイダーの糸を使用しています」
「クレイスパイダー、というのは」
「魔物の一種ですが、大人しい蜘蛛ですね。マリ王国ではクレイスパイダーの人工繁殖に成功しました」
「……まあ、魔物の糸だなんて(野蛮だわ)」
「最近噂のスパイダーシルクですわね。丈夫で水に強い上に独特の光沢があると聞きました。確かに角度によって光り方が変わるわ」
「そうかしら(マリアンヌ、褒めすぎよ。控えなさい)」
「量産ができないから近隣諸国では高値で取引されているお品よ、お母様」
「 少量ですけれども。マリ王国より、ミシェル王妃陛下、マリアンヌ王女殿下、サミュエル王太子妃殿下へスパイダーシルクをお持ちいたしました。後で届けさせますね」
「まあ、素敵!」
「あら楽しみだこと(悪くないわね)」
はしゃぐマリアンヌ王女と満更でもなさそうな王妃に次いで、ラヴィリアは王太子の隣の席を見た。空席のそこは王太子妃が座るはずの席と思われる。エドワードに目で問いかけると、軽く頷いてエドワードがサミュエル王太子に問いかけた。
「兄上、エマニエル義姉上はいかがされましたか」
エドワードの問にサミュエル王太子は明らかに見下した目で弟を見た。くすんだ茶色の髪と目をしたサミュエル王太子は、神経質そうに組んだ指をテーブルに置いている。妻帯を表す金色の指輪が見えた。
「エマは体調を崩している。念の為安静にさせた」
「季節の変わり目ですからね。後でお見舞いをお届けしましょう」
「不要だ」
「ちょうどラヴィの届け物もありますし。気の晴れるような物を共にお届けしますよ」
「お前からの見舞いなど、エマに渡すわけがなかろうが」
吐き捨てた言葉に場がしんと静まり返った。エドワードは話にならないと、苦笑して口を閉じた。
ラヴィリアは謹直な表情のサミュエル王太子を盗み見た。王族としての体裁を取り繕う気配も見せず、敵対姿勢そのままにエドワードの好意を切って捨てるとは。
ミシェル王妃は見て見ぬ振りをして、マリアンヌ王女は完全にシラケている。当のサミュエル王太子は自分の言動の正しさを疑ってもいなかった。
……誰か、あの愚直な王太子に、王族としての最低限の建前を教えてあげて。
懇談会は終了した。
一言も言葉を発しなかったアーネスト国王陛下が、婚約式の陛下とは別人のようだった。
エドワードの控え室となっている応接室に戻り、主役二人はソファに倒れ込んだ。
カナメがラヴィリアに駆け寄り、熱やジンマシンの有無を確認してくれる。王族接触拒絶症は発症しなかった。ラヴィリアは心の底から助かったと肩をなでおろした。
エドワードは座った途端にオーラが消えた。完全に飛んだ。
顔だけはフルメイクの王子顔だが見事に冴えない男モードである。全身の力を抜いたと思ったらソファからずり落ちて膝を抱えだした。膝の間に顔を埋めながら「ごめんなさいごめんなさいクソダサい俺が格好つけてごめんなさい」と呪文のように唱えている。作られたアイドル王子の反動だろうか。マシューとカルロスを見ると「あーあ」くらいの反応でほぼ気にしていない。
「ラヴィリア様、後は婚約披露パーティを残すのみですね」
「さくっと終わらせましょう! わたくし、これから体調を崩すことに絶対の自信がありますわ!」
「……ラヴィリア姫、お元気ですね」
「婚約式と懇談会が思いの外上手くいったので、たぶんわたくし今無敵ですの」
「足元をすくわれないよう、お気をつけください。宮廷は足を引っ張り合うことに人生をかけた化け物の巣窟ですよ」
「そうよね。だからわたくしは早々に引っ込むつもりですけど……エディは復活できますの?」
エドワードはマシューに無理矢理顔を上げさせられてメイクを直されている。無理矢理というのは前髪を鷲掴みにされて後ろへ引っ張られている状態だ。強制的にも程がある。
「痛い痛い痛いマシュー、抜ける禿げる!」
「だったら初めから顔上げとけー。こらエディ泣くなー。メイクが崩れる」
「気にするとこ、そこじゃないよね?」
「そこしかないけど?」
「職務に忠実だな、お前! もう少し優しくしてくれていいからね」
「やだよ。つけあがるじゃん」
マシューは手早くエドワードの顔を作り直しし、整髪に入った。髪を鷲掴みにしてたのはマシューだが、直すのもマシューである。これもまた手早い。
ラヴィリアも軽くカナメにメイクを直して貰いながらカルロスに尋ねた。
「パーティはどのような流れになりますの?」
「入場は一番最後ですね。国王夫妻の後に主役たちの登場、となります。ラヴィリア姫の紹介がありますから、ラヴィリア姫は綺麗に礼をしていただければ結構です」
「そういうのは得意ですわ」
「心得ております。その美しいカーテシーで宮廷の高官たちの度肝を抜きましたからね
後は食事となりますが、王族の皆様はお席にて、来客の皆様は立食パーティとなります」
「……王族同士の席は近いのですか?」
「おかげさまでエディの席は末席ですので、少し離れての着席となります」
「非常に都合がいいですわね!」
末席だなんて、ベスポジじゃないですか!
これならば、王族接触拒絶症を発症せずにいけるかもしれない。
ラヴィリアは勝利への手応えを感じてグッと拳を握った。
このパーティを乗り越えてエディと偽装結婚すれば、王族接触拒絶症など気にせず健康ヤッホイ生活を送れるのでは? 目指すのは、ひっそりとぐうたらにどうぞわたくしにはお構いなく、な人生を歩むこと!
今のわたくしなら行ける気がしますの!
――と、まあ。そう上手くいかないのが世の中というものである。
そう上手く行っちゃったら小説になんねえのです。悪いね。




