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レッツ、らぶきゅん化

城までの移動中、エドワードはラヴィリアとカナメと共に馬車に乗車した。

が、ラヴィリアからひたすら目を逸らし続けていた。直視できないのだ。あまりにも出来すぎた王族の前で自分のメッキがボロボロ剥がれ落ちていく感覚がある。本物の前にさらされた偽物の恥ずかしさは、言葉では言い表せない。ラヴィリアから何度か声をかけられた気がするが、全く耳に入らなかった。



地獄のような気まずい登城時間を経て、一行はリュタ城に到着した。

ブラッドは御者として馬車で待機だ。王宮内では護衛が不要とされているので、馬の面倒でも見るのだろう。

王族専用の通用門からエドワード専用になっている応接室まで、エドワードの記憶は無い。マシューに襟首掴まれて歩かされたような気はする。


応接室にはカルロスが待ち受けていた。ラヴィリアには丁寧な一礼をして、廃人化したエドワードを一瞥した。

穏やかな様子のカルロスがぴくりと片眉を跳ね上げている。さすがに異変に気づいている。


マシューがこそこそとカルロスに耳打ちすると、全てを察した副官はエドワードの前に穏やかに立った。僅かに笑みを湛えた表情は仮面のようだった。


「エディ」

「……カルロス、俺、もう無理だわ。限界。もうやめよ……」

「泣き言も言い訳も戯言も聞く気はありません」

「だってさ、カルロス……」

「黙れ」


カルロスはいきなりエドワードの鳩尾に拳を叩き込んだ。予測を跳ね除ける素早さであった。固定化された仮面の笑顔のまま。

エドワードは腹を押さえて後ずさった。腹から全身に痛みと痺れが走っていた。カルロスは本気だ。


「か、かるろす、急に……腹……」

「つべこべ言わずに」


カルロスは仁王立ちになった。

腹を抑えたエドワードを見下ろして、穏やかに見えるが全く穏やかでは無い笑顔で怒鳴り散らした。



「つべこべ言わずにさっさとらぶきゅん王子化しなさい!」

「無理ぃ」

「らぶきゅん化!」



らぶきゅん王子化。

『らぶきゅん♡わたしの王子様』という小説のタイトルをラヴィリアは思い出していた。流行りの恋愛小説内の王子をエドワードのモデルにしたとカルロスは言っていたが。

その小説の愛読者であるカナメの要約によれば、格好良くてスタイル良くて剣を持たせたら敵う者はいなくてありとあらゆる知識を持つ天才なのに誰にでも優しく時に厳しくそれなのに好きになった庶民の女の子の前だけは甘い表情で愛を語り独占欲を隠さない王子様、だそうだ。



そんなん絶対いない、とラヴィリアは普通に思った。



目の前では腹とこめかみを押さえたエドワードを、煽るように軽く蹴るカルロスがいる。笑顔なままなのが恐ろしい。穏やかな雰囲気が台無しである。


「ほれ、今すぐただちにラブきゅん化。いつもはもっとスムーズにやってるでしょう」

「本物の姫様の前で、これやる俺の気持ち分かる?

そもそも繊細な調整がいるのっ。もう少し優しく待とうよ」

「あと五秒でラブきゅん化しないとマシューに本気で殴らせますからね」

「殺す気か?熊を平気で殴り殺す金髪の小悪魔だぞ?」

「おー。エディがその気なら、本気でいくぞ」

「形も残りませんね。証拠も残らなくてちょうどいいかもしれません」

「死に方くらい選ばせて ……あ」

「あ?」

「ああ。見つけた、掴んだ」



こめかみから手を離したエドワードが、天を向いて息を吐いた。長々と息を吐く。


振り返ったエドワードは、唐突にチョコレート色の瞳に力を宿していた。心なしかキラキラと輝く光のようなものが差している。自信と威厳が光に宿っているかのようだった。

エドワードはふいにカルロスの腹を軽く殴った。ニヤリと笑う表情は先程の情けなさなど微塵もない。色気すら漂わせてカルロスに囁いた。


「さっきのお返し」

「……遅いんですよ」

「悪いな。繊細な調整が必要なんだ」


エドワードは口許に笑みを作りながら大股でラヴィリアに近づいた。颯爽とした姿は先程腹を押さえてうめいていた同一人物とは思えない。

そのままおどけたように、ゆっくりと一礼した。自信のある優雅な礼に、ラヴィリアの方がたじろいだ。


「エドワード・オグ・ヴィヴィンです。お待たせ致しました」

「お待たせって……え?」

「先程はお見苦しいものをお見せしました。馬車でも気まずかったですよね。反省します」

「はい……というか、あの」

「なんでしょう」

「別人のようなんですけど」

「俺は俺です。あなたのエドワード、です」


そうおかしげに笑うエドワードは、かつてマリ王国で見せられた絵姿のエドワードだった。自信に溢れたキラキラの瞳に色気の漂う雰囲気。精悍さを感じる身動きと共に甘さを匂わす仕草。


カナメがラヴィリアの背後で拳を握りしめてひたすら頷いている。このエドワードに会いたかったのだ。


エドワードが、らぶきゅん王子に完全に化けていた。成りきる、にしてもここまで成りきれるものだろうか。メイクや衣装だけではなく、性格までねじ曲げているなんて。

 


ラヴィリアは絵姿のような自信に溢れたエドワードを目の当たりにして、急激に不安になった。

洗練された美しい男性にしか見えないエドワードの、隣に立つ田舎娘な自分。

マリ王国ではこのドレスで問題なかったが、文化の発展したこのスファルト王国では野暮ったくないだろうか。髪も下ろすだけでなくて結い上げたり巻いたりするのが流行っていないだろうか。そもそも流行なんてものに触れた覚えのないラヴィリアである。自分がどう見られるか、という問題を失念していた。


「……あの、エドワード王子。あまり近付かないでくださいね」

「病が発症するから?」

「そ、そうですそうです」

「今もお辛いですか?」

「いえ、今はなんともないのですが……」

「さっきまで、俺が近付いても平気だったじゃないですか。だから、大丈夫ですよ」


エドワードはラヴィリアの耳元に口を寄せた。笑いを含んだ息がラヴィリアの頬を撫でた。


「ね?」



……ぞわわわわわわっ。

なぜだかラヴィリアの全身に鳥肌が立った。別に『王族接触拒絶症』が発症したのではない。

なんというか、こういうキザな仕草やセリフに慣れていなくてザワザワするのだ。落ち着かないというか目のやり場に困るというか。


エドワードは目を泳がせているラヴィリアをクスリと笑い、ラヴィリアの顔を覗き込んできた。どうしたってキラキラしたエドワードの顔が目に入り、ラヴィリアは内心で慄く。そこまでアイドル顔をアップで見せなくていい。十分に美しい事は分かっている。


「手袋をしているから、俺が触れても大丈夫?」

「大丈夫、だと。思い、ます。多分」

「エスコート自体は問題ないですか?」

「はい。エドワード王子に、恥をかかせないよう、頑張り、ます」

「恥? マナーをマスターしてないのは俺の方ですよ。ラヴィリア姫に恥をかかせないように……」


エドワードは言葉を途切らせて少し考え込んだ。そしてラヴィリアに悪戯めいた視線を向けた。子供のような表情が可愛い、とか大人の男に向けて思っていいはずが無い。だがエドワードの今の顔は、可愛いとしか表現出来なかった。流れ弾をくらったカナメが胸を押さえてもがき苦しんでいた。


「いっそ、愛称で呼び合いませんか。親密さをアピールできる」

「愛称、ですか」

「エディと、ラヴィです」

「うえええ、愛称……」

「良策です、エディ」


カルロスが穏やかに頷いた。仮面のようではなくなったので、カルロスも落ち着いたのだろう。


「ラヴィリア姫の正当な姫君ぶりは宮廷でも話題になっています。第二王子なんざ山のメス猿と番わせとけ、という某派閥の目論見は完全に外れました」

「……宮廷、怖いわ」

「そういう場所です。

エディとラヴィリア姫は政略結婚を超えて愛を育んでいる、と喧伝出来れば、エディを貶めようと画策している派閥の鼻を明かしてやれますし」

「おお、いいね」

「第二王子が正統なる王族の心を掴んだ、ということでエディの正統性も底上げされます。それにより、こちらの発言力も強くなるでしょう」

「ふーん。それじゃあ、やらない訳にはいかないな」


エドワードは爽やかな笑顔に少しだけ悪い色を加えた。粗野な雰囲気が溢れる色気を醸し出す。その顔のまま振り返られてラヴィリアは内心ひいいいいいっとうめいたが、ギリギリのところで表に出すのは控えた。礼節をみっちり叩き込まれていて良かったと、この時思った。


「ということで、ラヴィ?」

「は、はい!」

「俺のことはエディ、と」

「ちょ、ちょっと心の準備が……」

「準備は三秒でお願いします」

「え? 嘘、酷い」

「カルロス式の教育ならこんなもんです。

いきますよー。はい、さん、にい、いち」

「え、えでぃ」


エドワードは輝くような笑顔でラヴィリアを見返した。こうやって女の子を悩殺して信者を増やしていくんだこの人、とラヴィリアは実感した。それがこの国以外にも大量発生していることも知っている。



……それが、成りきり上等の作り上げ王子様、だったなんて。



紛い物ながら本物志向の美美しいお顔を間近に感じながら、ラヴィリアは「詐欺師」とポツリと呟いた。

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