野兎の串焼きと豆のスープ
仲良くお食事
そして、口が滑る
エドワードは呆然と目の前の光景を眺めていた。脳が理解するのを拒否している。
持参したという麻でできたの庶民服を身に着け、アイスシルバーの髪を三つ編みに編み込んだ娘が、野うさぎの皮を剥いでいる。さっきまで薄紅色の清楚なドレスを着て、華奢で可憐なお姫様であったはずのラヴィリアである。ナイフの扱いが手馴れている上に作業が手早い。「血抜きはもう済んでますの」と両手に血まみれのうさぎを掲げて森の奥から現れたラヴィリアを見た時は度肝を抜かれた。もちろん罠を仕掛けたのもラヴィリアだ。
その罠を仕掛けた直後は別の方向に向かって森に突入し、キノコや食べられる草を背負いカゴ一杯に摘んで帰ってきた。「カナメ、ヨモギとハコべが大量です! 食べる分と、乾燥させてお薬を作る分も確保ですわよ!」と叫んだラヴィリアを見て、薬まで作ってるとマシューが呟いていたのが印象深かった。
捌かれたうさぎ肉は串に刺されて塩が振られ、テキパキと火に炙られていった。火力の弱い部分ではキノコも炙られている。隣の鍋には豆と野草が入ったスープがくつくつと煮えていた。ラヴィリアとカナメの共同作業は熟練の域に達している。何せ手早い。あっという間に、男所帯では嗅いだことの無い温かい夕食の匂いがしていた。
「香草入り豆のスープとうさぎの炙り焼きですわ。勝手に棚にあった黒パンを添えさせていただきました」
「この短時間で、これが、できるの、ですか」
「うさぎが罠に掛かるのが早かったですからね」
「……そういう話ではないのですが」
エドワードが言いたいのは「あなた、マリ王国のお姫様ですよね?」ということなのだが、ラヴィリアは気付いていない。さっさと食器を探し出して盛り付けを始めている。
この場にはエドワードとラヴィリア、カナメとマシューだけである。
エドワードの副官であるカルロスは、ラヴィリア一行に害意はないと判断して先程帰宅していた。妻帯者なのである。カルロスは熱烈なる愛妻家を自認していて、夕食はできる限り奥様と一緒に取るようにしているのだそうだ。
ブラッドは本館の掃除をしている。ラヴィリアが寝泊まりするのは本館になるので、寝室だけでも整えると息巻いていた。マリ王国時代に、試しに掃除を教えてみたらなぜか性にあっていたようで、黒い燕尾服にカナメの白いエプロンドレスを身につけ、モップを担ぎながら館内をうろついている姿をよく目にしたものだ。
ツッコミどころが満載な格好なのだが本人は気に入っているようである。
「では熱いうちにいただきましょうか」
「……はい」
ラヴィリアとエドワードは向かい合って食卓についた。
カナメとマシューは少し離れて箱や棚の上に皿を置いている。人数分の椅子がない上に、ラヴィリアやエドワードと同席するのを遠慮した形だ。庶民服のラヴィリアとノーメイクのエドワードは限りなく平民の姿に近いが、それでも彼らは王族である。自ら狩猟用の罠を張り獣を捌く姫と、フルメイクで国民を騙し金を稼いでいる王子であろうとも、王族の一員である。敬意を捧げる対象に他ならない……形の上で、そういうことにしている。
エドワードは串から外され皿に盛られた野うさぎにナイフを入れた。脂の乗った肉に香草がまぶしてあり良い香りがしている。恐る恐る口に入れると、程よい弾力の肉と爽やかな香草の香りが口腔を満たした。噛めば優しい脂がじゅわりと染み出してくる。
「(うっま! 何これ、うっっっま!)」
「うっま! 何これ、うっっっま!」
エドワードの心の声とシンクロしてマシューが感嘆の声を上げた。ちょっとは緊張するなり遠慮するなり気を使うなりしろよ!とエドワードはマシューを睨んだ。が、マシューはまるで気にしていない。
「姫さん、これすげえな! 店出せるレベルだぜ」
「マシュー、口調を正せ。姫君の御前だぞ」
「おーっと、そうか。
えーと、……この肉で一発ぼろ儲け致しませんでございませんか候なり?」
「もういいマシュー。しばらく黙って食ってろ。
……すみません、ラヴィリア姫。マシューは下町の生まれ育ちで、礼儀を身につけておりません」
「あら、まっすぐな感想、心地良くってよ。
……カナメ、不敬にはあたりませんので、マシューをそう睨むのはおよしなさい」
カナメはギンギンにマシューを睨みつけているが、マシューはまるで気にしていない。それどころか勝手に炉端に近付いておかわりしている。うさぎの串を串から外さずそのまま手掴みでかぶりついていた。小柄な体にその量がよく入るものだ。「エディ、久々の肉だ! 破片じゃなくて塊だぞ!」という言葉に彼らの慎ましい生活が垣間見て取れた。
ラヴィリアは食事をするエドワードを眺めた。作法も所作も身につけてはいるが、洗練はされていないようだ。知識としてマナーを身につけていても日常化していないのだろう。普段はマシューのように手掴みで食事することもあるのかもしれない。
「……普段はここで生活なさっているのですか?」
「はい。カルロスは自宅に帰るんで、マシューと二人でここに住んでます。本館……えーと、あの綺麗ででかい方の建物ですが、あちらで生活するとすごく金かかるので、この小屋で」
「確かにあの館は、維持するだけで大変ですわね」
「それと、マシューとあまり離れて生活すると危険なんで、狭い方がいいんです」
「危険……ですか」
「襲撃があった時『金髪の小悪魔』がそばにいないと、俺死んじゃうかもしれないんで」
ラヴィリアのナイフがかたんと鳴った。食事マナーは完璧なラヴィリアには珍しいことである。
ラヴィリアは、スープを口にして何だこれ何でできてんだ?としげしげと皿の中身を検分しているエドワードに目を向けた。
エドワードのセリフに不穏な言葉が多すぎた。
「襲撃、とはどういう事でしょう」
「そのまんまです。宰相派閥か王太子派閥か、まあその辺の暗殺部隊でしょうね。月一くらいでやって来ます。以前はもっと頻度が高かったんですが、マシューに『金髪の小悪魔』の二つ名ついてからは、襲撃は随分減りました」
「え?」
「ラヴィリア姫に専属護衛がいてよかった。マシュー一人じゃ俺と姫の二人の護衛は荷が重かったんです。マシューに二つ名ついてから、ゴロツキじゃなくて手練れの暗殺者が送り込まれるようになったもんで。他に護衛雇う金ないし、そもそも護衛って高いし」
「え?」
「本館は死角多いんで、気をつけてくださいね。ラヴィリア姫を狙ってくるかはわかんないけど、俺と間違って襲ってくることはあり得ます」
「ええっ?」
「あの悪ま……じゃなくて、闇の上位精霊がいたら平気でしょうが」
あまりにも自然体で物騒な事を口にするエドワード。エドワードは平然とスプーンで白い豆を拾っては口にしている。お気に召したらしい。
ラヴィリアはカトラリーを置いてエドワードを見つめた。ノーメイクのエドワードは本当にそこら辺にいる冴えない青年だ。この彼が毎月のように命を狙われているとはとても思えなかった。
「ずっと命の危険にさらされているのですか」
「まあ、そうですね。王位継承権が与えられたあたりから。
王位継承権なんて俺はいらないんですけど。国王が放棄することを許してくれなくて。それが気に入らない派閥が、分かりやすく俺を排除にかかってますね」
「その……エドワード王子の派閥は」
「カルロスとマシューの二人です」
「……」
「あとは平民で構成されたブレーカー私兵団かな。それとノース港の自警団。ただこの二つは宮廷工作とかできないからなあ」
空になったスープ皿を睨んでいたエドワードにマシューが「エディ、いるか?」と声をかけた。うれしそうにコクコクと頷くエドワードにマシューがおかわりを盛ってやっている。ちなみにマシューはすでに三杯目だ。沢山作っておいてよかったとラヴィリアは意識の外で思っていた。
ラヴィリアは小柄な金髪のマシューに目を向けた。モサッとした金色の前髪であまり表情は分からない。エドワードと対等に話しているが貴族階級ではないだろう。
「さきほど仰っていた『金髪の小悪魔』というのは、専属護衛のマシューのこと、ですか?」
「ああ、『金髪の小悪魔』の異名はマリ王国まで届いてないんですね。パルカ王国の兵士たちはそう呼んでいるでしょうが」
「なぜそのような異名が?」
エドワードは、黒パンを大量にちぎってはスープにぶち込みもりもり食っているマシューに目を向けた。いつもはおかわりなど許されない食生活だったため、本気食いするのを久々に見た。
「マシューはこんな見た目ですけど強いんです、桁違いに。速さと腕力でマシューに勝てる兵士はそういないでしょう」
「そうなんですか?」
マシューを見るとモサッとした金髪の前髪が肯定するようにコクコク頷いた。口は食べ物で一杯に詰まっていた。とても歴戦の勇者には見えなかった。
「 以前パルカ王国との国境で小競り合いした時に、少数対多数でほとんど勝ち切ったんですよね。勝った戦闘では必ずマシューが先陣を切ってました」
「まあ……」
「マシューはおそらく何かしらの魔力持ちなんじゃないかと俺は思ってます。魔法術の機関から検証されたわけじゃないんで確かじゃないんですけど」
「魔力持ち、ですか」
「敵の攻撃がある程度読めるんです。対人戦の攻撃では、例えば次に左から切り込まれるとか防御からの反撃が来るとか。総力戦の場合、突撃のタイミングとか伏兵の有り無しとか」
「別に万能じゃねえけどなあ。なんとなくだし偶然みたいなもんだし」
「そのうち敵陣から『金髪の小悪魔』という叫びが流れてきて二つ名が定着しました。
実際にマシューがいなかったら、俺なんかとっくにこの世にいません」
「なあ、それにしても『小悪魔』の『小』っていらなくね? 喧嘩売ってんのかな」
マシューがスープの皿を抱え込んでボヤいている。小柄であることを気にしているようだ。マシューは着痩せするのか屈強な体格には見えず、それほどの凄腕の兵士には見えなかった。
ラヴィリアはマシューからエドワードに目を転じた。二杯目のスープはもう半分に減っていた。
「……エドワード王子に刺客が放たれているということですけど。宮廷では第一王子であるサミュエル王太子殿下を次期国王にする動きになっているはずですよね」
「間違いないです。俺もそれでいいと思ってるし表明してるんで、波風立たないはずだったんですが」
「波風立ってなければ刺客など送り込まれませんよね?
そもそもエドワード王子はとてつもない国民からの人気がありますし、サミュエル王太子から立場を脅かす存在と思われても仕方のないことなのでは」
「それは全くの誤算でした。名前と姿で絵姿売って、生活費稼ぐための手段でしかなかったのに」
「そもそもどうして生活に困っているんですか? エドワード王子は国王陛下も認知された王子様なんですよね」
エドワードはかなりエグい渋入り果実を口に含んだような表情で、黒パンを飲み込んだ。持っていたパンをポイッと皿に投げた。粗野な仕草に素が出ている。
「俺の出自はご存知ですよね」
「お母様が平民の方だと」
「そうです。王都で商いをしている女商人が実母です。だから本来庶子なわけで、国王陛下も認知なんぞせずに放っておいてくれたほうがありがたかったんですけど」
「……エドワード王子もかなりぶっちゃけますわね」
「だって俺にとっていいこと何にもないですから。十歳の時にいきなり王宮に連れてこられてお前は第二王子だ、とか信じられます? それから詰め込みで王族の教育が始まって、当たり前ですけど何にもできないから王妃や王太子から蔑まれて馬鹿にされて」
「わあ……」
「あからさまに邪魔者扱いです。国王陛下はその辺疎いんですよね。
そんで、現宰相が王妃の父親、サミュエル王太子の祖父に当たる方ですから。やっぱり俺は邪魔くさいわけです。国王陛下に俺の王位継承権を取り下げるよう進言もしてるみたいですけど、全く聞く耳を持たないんです、陛下が。
そこで俺が自滅してくれるように、俺に金が回らないよう、もしくは破産するように現宰相様は仕向けているようですよ。証拠は残してませんけど」
「例えば、商人であるお母様から資金援助のようなものは……」
「初めはあったんですけど、母の方にも刺客が送られるようになりまして。こちらからお断りすることにしました」
「……それだけ刺客を送り付けてくるというのは、国民人気に対するヤッカミもあるんでしょうか」
「あるでしょうね。サミュエル王太子は真面目一辺倒で面白みのない男ですから。おかげで国民人気は今一つですし」
「なるほど……」
「国民に媚びを売るような真似はプライドが許さないんでしょうね」
エドワードはサミュエル王太子の固い無表情を思い出した。多大なる責任と義務を背負い込まされて余裕がなく常に緊張感を孕んでいるような印象である。軽口を叩いている所を見た記憶は無い。
だがエドワードのように、切羽詰まった状況になど追い詰められたことはないだろう。サミュエル王太子の王族の血は濃く、それが彼の地位と権力を守っていた。
……エドワードと違って。
エドワードは淡々とラヴィリアに答えていた。
だが改めて己の状況はロクでもないな、と思う。
「……刺客以外にも危険な任務に行かされる度に、今度こそ死んでこいと言われている気になります。俺に流れている半分の尊い血のせいです。
毎回王族の血なんていらねえって、思います」
ラヴィリアは王族らしくないエドワードを眺めた。ノーメークのエドワードは王族の気配など全く感じられない、ただの男だ。
それどころか、エドワード自身が王族の血を疎んでいる。
――もしかしたら、これは。わたくしは良いご縁に恵まれたのかもしれない。
ラヴィリアはエドワードに向かって微笑んだ。ふんわりと笑みを浮かべたラヴィリアは、掛け値なく高貴にして、清廉で美しい。
エドワードはそれを見て思わず黒パンを塊ごとスープに落とした。
平民服にまとめ髪でも、マジもんのお姫様オーラである。突然目にして目が潰れそうになった。食事しながらベラベラ喋っていたが、そういえばこの人は生粋のお姫様であった。
「エドワード王子」
「はい、いいえ、はい!」
「どっちですの?」
「すいません、なんか。急にお姫様だって思い出して、緊張して」
「?」
「緊張するもんなんですよ、きれーなお姫様前にしたら誰だって! しかも紛れもなく高貴な方じゃないですか!」
「エドワード王子だって王族じゃないですか」
「俺なんか半分ですし。育ちは平民なんでそっちの方が絶対に濃いし」
慌てふためくエドワードはやはり冴えない土建屋の兄ちゃんにしか見えなかった。確かに庶民臭が強い。
それでも、王族の血は確実に流れている。だからこその苦難がエドワードにむけて引き寄せられているのだ。
ラヴィリアはまっすぐにエドワードを見つめた。
「エドワード王子。
わたくし、お聞きしたいことがあります」
「ははははい!」
「……あなたは、あなたに流れる王族の血を、後世に残したいと思われますか?」
「思いません!」
先程まで慌てふためいていたエドワードが、キッパリとした躊躇いのない口調で言い切った。ラヴィリア目をしばたいた。
自分の中で流れる王族の血。エドワードは自分の手を見ながら顔をしかめた。この体を流れる血のせいでどれだけ厄介事が訪れたか。日常化した死への恐怖はそのまま王族の血への嫌悪に繋がっていった。
「王族の血で美味い汁啜れる奴は勝手にやればいい。だけど俺の血は苦労しか呼び込まないんで」
「……あなたの後継者はいらないと」
「そんなもんいりませんね。こんな厄介な血、俺で絶えさせますよ」
「本心ですか?」
「もちろん。一つも嘘偽りはありません」
「……利害が一致したと思います」
「……え?」
「そう思いません?」
にっこりと、またラヴィリアは笑った。そのまますっとエドワードに顔を寄せてくる。エドワードはラヴィリアの眩しさに目を眩ませながら、おずおずと顔を寄せた。
「わたくし、『王族接触拒絶症』があるため、王族の方と子は成せませんの」
「ああ……はい」
「かと言ってこのままマリ王国にも戻れません。マリ王国はスファルト王国に借金がありまして、わたくしは平たく言うと借金のカタなのです。その辺の事情はご存知?」
「……はい大体。カルロス経由で」
「そしてエドワード王子は自分の血を後世に残したくない、と」
「はい」
「わたくしたち、偽装結婚しませんか?」
エドワードは目を剥いた。清楚で可憐な姫から偽装結婚を唆される、俺。
だが、話しているラヴィリアは真剣だ。エドワードはラヴィリアのアイスブルーの瞳を見返した。
「偽装結婚、ですか」
「そうです。結婚という形は国家間で必要ですので執り行います。ですが後継を作りません」
「なるほど」
「わたくしこういう体質ですから、あなたと体を重ねることはできません。
エドワード王子が個人的に愛人などお作りになりたい場合は、お好きに。胤さえ残さなければよいのですから、幾人でもどうぞ」
「……胤さえって。
それは、お姫様の口から出て欲しくないワードだったなあ」
「あら。男性にとっては、とっても重要で必要なコトなんでしょう?」
「偏見!……とも言い難いんだけど。
だけど、偏見です」
「そうなんですの?」
ラヴィリアが顎に指を添えて考えている。思い悩む表情もとても品があり美しい。
惜しむらくは一生懸命に考えている内容が、エドワードの下半身の生き様について、じゃなければよかったのに。そんなに憂いを帯びた美しい顔で思い悩む内容ではない。
エドワードは物凄くいたたまれなくなった。
しかし、 気持ちは複雑だが、ラヴィリアの提案は悪くなかった。エドワードの国内人気が高まりすぎて王太子派閥の工作が露骨になってきているのだ。
エドワードが向かわされているここ最近の魔獣討伐依頼が、王太子派閥からの指示であることをカルロスがつかんできた。居もしない魔獣討伐依頼など費用だけが嵩む。なんとか実費前払いを確約させたところで、ピタリと依頼が止まった。子供の嫌がらせのようなやり口だったが、エドワードの財布は確実に薄くなった。効果的であったことがさらに腹が立つ。
ここでエドワードが婚約、結婚となれば国民人気は今よりある程度おさまるだろう。騒いでいるのが主に女性だからである。独身だからこそ持て囃されていた部分はあるし、それに乗っかっていたりもした。
絵姿の売上は落ちるだろうが、自給自足が可能なラヴィリアという存在がある。今日の食材は黒パン以外は全てタダ。食うだけならなんとかしてくれそうだ。
国民人気が落ち着けば、今ほどの嫌がらせはしてこないはず。少なくともデマでこちらの財産を削ってくるような姑息な真似はしてほしくない。本当に地味に痛かった。
さらに、あのフルメイクだって将来的にはしなくてよくなるかもしれない。エドワードだってやりたくてやっている訳では無いのだ。もしかして素の自分に戻って生きられる、チャンスなのでは?
さよならアイドル王子、おかえり本来の俺。
いいんじゃないか、偽装結婚。
目の前では「ラヴィリア様! なんてことおっしゃるんですか!」とカナメが憤っているのをラヴィリアが笑顔でスルーしている。脇ではマシューが腹を抱えて「ニセ王子が偽装結婚てか……真実がどこにもねえ」と笑い転げていた。
エドワードはラヴィリアを正面から見据えた。ラヴィリアも居住まいを正した。
この姫となら偽装結婚、やっていけそうな気がする。
エドワードは粗末な木のコップを手にした。ラヴィリアも意を汲んでコップを手に取った。中身は井戸の水である。
二人は目と目を見交わせた。コップを軽くぶつけ合う。カツ、と安い音がした。
「偽装結婚、いいですね」
「利害の一致です」
「やってやりましょう」
「「 契約、成立 」」