絶対可愛い
これが、最後の回になります。
楽しんでいってください。
「ラヴィ、こっち来て」
エドワードに呼ばれるまま、ラヴィリアはエドワードに近づいた。エドワードがメイク済なのは、さすがに今日は城へ戻らなくてはいけないからだろう。領土を拡大した新国王の仕事は、まだまだ尽きることがない。
近づいてきたラヴィリアを、エドワードは自分の膝に座らせた。そっと抱き寄せると、ラヴィリア自身と草の匂いがした。さっきまで香草を摘んでいたのだろう。貴族のつける香水よりずっといい香りがする。エドワードはラヴィリアの肩口に鼻を埋めた。
「甘えっ子ですか、エディ」
「うん。最近ラヴィに会えないじゃん。
会っても、アムールいるしマシューいるしカリンいるし」
「王様と王妃様は、必ず周りに誰かいますもんねえ」
「君に触れたくて、気が狂いそうになる」
「そんなに我慢してるんですか?」
「してる」
拗ねたように答えるエドワードが可愛い。
戴冠式の時は、威厳と貫禄でその場を鎮め、稀代の名君の気配を漂わせていたエドワード国王だ。戴冠式に招待された高位貴族、各国の重臣たちは、その存在感に威圧され言葉もなかった。
成りきった時は目を見張るほど威厳のある、凛々しい国王陛下なのに。
ラヴィリアに甘えるエドワードは、どこまでいっても可愛さしかない。もっともっと甘えさせてあげたくなる。
ラヴィリアはチョコレート色の髪に手を伸ばした。さらさらの髪をよしよしと撫でる。
ラヴィリアだって、我慢しているのだ。この髪に触れたくてたまらなかった。
「もう少し、落ち着いたら、ですね」
「いつなんだよそれ。いまだに面倒臭い案件ばっか上がってくるけど」
「あははは」
「言っておくけど。君をちゃんと手に入れるための手段だったからであって、やりたくてやってんじゃないからね」
「それで国をひとつ滅ぼしちゃって、国の一部を切り取っちゃうんですから、怖い人ですね」
「ラヴィが言う? 国を滅ぼすくらいの価値のある君が」
エドワードにきゅっと力を込めて抱きしめられると、ラヴィリアは困ってしまう。甘い気持ちが溢れてきてしまう。
エディはズルいなあと、ラヴィリアは優しいけれど力強いエドワードの腕に触れた。自分を守ってくれる腕だ。世界で一番安心できる場所に、ラヴィリアはいる。
あ、そうだ。とエドワードはラヴィリアと目を合わせた。思い出して、少し気まずそうな顔になっている。
どうしてそんな顔をするのか思い当たるフシがなくて、ラヴィリアは首を傾げた。なんだろう。
「なんかね、カルロスが奥さんに、すげえ奮発して、スパイダーシルクのドレス送るんだって」
「うわあ、素敵ですね。
奥様もカルロスと一緒にパーティに参加する機会が増えるでしょうから、そういったドレスは何着かあった方がいいでしょうね」
「カルロスもそう言ってた。
そんで、どうやって胸の露出を控えさせて、他の男の目に晒されないようにするかが問題だとかブツブツ言ってて。
奥さんが爆乳の時点で、無理だと思うんだけどね」
「デザイナーさんと要相談ですね……」
「それで。実は俺、ラヴィに何かプレゼントした事が、一回もないことに最近気付いた」
エドワードはしょぼくれた。エドワードの背後には、かなり乱暴な筆文字で『ダメ男』という文字が透けて見えていた。
ラヴィリアはしょぼくれたエドワードをじっと見た。
うちの夫はこういう顔も、実に味があっていい。顔の珍味というのだろうか。クセになる味わいだ。ずっと見てたい。
しょぼくれエドワードは、目を逸らしながら悩んでいる。
「この小屋に住んでた頃はさ、君にプレゼントを贈る余裕なんて一ミリもなかったから、考えもしなかったんだけど」
「一度、白パンをいただきました」
「……ああ、そんなこともあったかな。あんなの、城からくすねてきたやつじゃん」
エドワードは拗ね気味に言った。ほとんど記憶からも消えかけていたエピソードらしい。
……あの白パンが、好きになったきっかけなんだけどな。
ラヴィリアは拗ねた夫を窺う。自然体の優しさだから、覚えてもいないのだ。そういう人を好きになったのだと、ラヴィリアは実感した。
やっぱり好き。大好き。
「今ならね、君の欲しい物、なんでもプレゼントできると思うんだ。国家予算くらいの金額が動かせるし」
「国家予算を私的に使わないでください」
「うーん。俺って今いくら使えるんだろ。
ただそれ以前の問題で、ラヴィが欲しいものがよく分からなくて。
というか、女の子の好きなものが分からない。
ド派手なドレスとか? でっかい宝石?
もふもふのわんこ? ツヤツヤの亀?」
「……ツヤツヤの亀は、特に遠慮しますね。
それに、今のは全部、自分のお金で買えますし」
センラクにあるラヴィリアのアクセサリー工場は、相変わらず好調だ。この工場の売上は、今はラヴィリア個人の収入となっている。
さらにラヴィリアは先日、海産物の瓶詰め工場を立ち上げた。魚や貝の水煮を瓶詰めにして、マリ州に卸しているのだ。
海の幸の美味しさを、山深いマリ州に浸透させる。ラヴィリアの狙いは当たり、徐々に売り上げは伸びてきていた。
センラク港で副官を務めてくれたレイモンドが、今もひいひい言いながら頑張ってくれているはずだ。
エドワードはがっくりと肩を落とした。
妻が喜ぶプレゼントが思いつかない。ラヴィリアの好みが分からない。ラヴィリアの夫、失格である。
いっそ、お城とかあげればいいのかな。でも使い勝手の観点から、侍従部屋に住むような人だからな、ラヴィ。
「だめだ、降参。
ラヴィ、欲しいもの言って。手配する」
「わたくしの欲しいもの、なんでもいいですか?」
「なんでもいいよ。国が欲しければ取ってくるよ」
「本当にやりかねないから、エディは。そういうのはいらないです。
……エディ、わたくしね」
「ん」
「あなたとの子供が欲しいです」
エドワードが固まった。
ぎこちなく、ぎぎぎと音が鳴りそうな動きでラヴィリアに顔を向けた。
ラヴィリアは目を細めてエドワードを見上げた。望むものなんて、最初からそれしかなかった。
『王族接触拒絶症』が無くなった今、欲しいものはただ一つ。
「わたくし、センラク港で託児所を作って、たくさんの子供たちと出会いました。あどけない子も、ませてる子も、生意気な子も、みんな本当に可愛くて」
「……」
「産まれたての赤ちゃんも抱っこしました。小さいのにずっしりしっとりしてて、どこもかしこも小さくて、でもちゃんと人間で」
「……」
「エディの子供を抱っこしてみたいと思いました。エディの子供が、エディを見ながら育ったら、どんな風になるんだろうと。成長する姿を、エディと見てみたいって。
そう思っていたんです」
ラヴィリアは柔らかく微笑んだ。
エドワードは息を飲んだ。これほど慈愛に溢れた微笑みを知らない。自分の妻が一つ大人になったかのように思えた。
またさらに、深みにハマってしまう。
ラヴィリアの魅力に溺れてしまう。
エドワードは、ラヴィリアの頤に指を添えてそっと口付けした。ゆっくりと触れた唇に、自分の思いを込める。柔らかい唇に愛を載せて。
了承の意味だと伝わるだろうか。
ラヴィリアと自分の子供。
見てみたくないわけ、ないじゃないか。
「……ラヴィの顔に似てくれないと、困るんだけど」
「ダメです。エディに似てくれないと困ります。
わたくしの顔なんて、綺麗に見せてる風な、量産型典型的無表情顔じゃないですか」
「ラヴィの自己評価が、世間の認識と激しく乖離してる」
「エディのこの、飽きのこない、味わい深い顔が希望です。白パンに匹敵します」
「もうね、ちょっとよく分からない世界」
「でもわたくし、知ってるんです。確実にひとつ、言えることがあって」
「何?」
「…………どっちに似たって、絶対可愛い」
エドワードはラヴィリアを見た。
ラヴィリアは虚をつかれたようなエドワードを見た。
二人は目を見合せて、額と額をコツンと合わせた。同時に笑い出してしまう。
きっとそうだ。絶対可愛い。
目標ができてしまった。
たぶん近い未来に、達成出来る目標が。
もう一度ラヴィリアにキスして、エドワードは立ち上がった。
小屋を出て、副宰相の姿を探す。
離れた場所で一礼をするカルロスに、エドワードは指示を出した。
「城に戻る。護衛はマシュー。サバート親子の護衛を、誰か交代してこい」
「はい」
「カルロス、今日から私の仕事は、夜八時までとする。八時には切り上げられるように手配しろ」
「……かなり、仕事は滞るかと」
「朝の出仕時間を早める。事務官を増やして、効率化をはかれ。
私は今日から、夜は妊活に入る」
「は?」
「妊活に入る。国王としての仕事だ」
「……かしこまりました」
「では行くぞ」
カルロスはいつものように、恭しくお辞儀をするため、深く頭を下げた。
そして頭を下げたまま、吹き出した。そのまま腹をよじって笑い続けた。
エドワードが吹き出した元副官を詰る。
「カルロス、笑うなよっ」
「いえ、王様ぶりが板に付いてきたと感心していたんですが」
「そうだろっ! 全部言葉に出して指示出せって言ったの、カルロスじゃん!」
「そうですね」
「俺はだな、王様として当然のことを……!」
「あとはその台詞、リンゴみたいに真っ赤になって言わなければ、ですねえ」
リンゴみたいに真っ赤になったエドワードは、ますます赤くなって沈黙した。
小屋の中で真っ赤になって話を聞いていたラヴィリアも、両頬を手で抑えながら口を閉ざしていた。
成りたての王様と王妃様は、臣下に意図がバレると、とてつもなく恥ずかしい。
――終――
最後までおつきあいいただき、ありがとうございました!
国盗り物語を書いてみたい、という大それた野望があり、実力もないのに挑戦してしまいました。なんとかここまでたどり着くことができたのは、読んで応援してくださった、読者様、皆様のおかげです。挫けなくて、本当に良かった。
評価★★★★★、ブックマーク、リアクション、感想など頂けると、作者はもちろん、作中で騒いでいたあいつらが喜びます。
私の大好きなキャラたちと遊んでくださって、本当にありがとうございました!




