スファルト大王国、国王エドワード
サバートは目を見張った。
この粗末な小屋に、エドワード国王、『金髪の小悪魔』、カルロス副宰相が座っている。
かつて対談をしたエドワード国王は、若いながらも威厳と風格のある大きな人物に見えた。その国王を守る『金髪の小悪魔』は、小柄ながらも鋭い殺気を放つ危険な雰囲気の男だった。サバートをこの軟禁場所に案内したカルロス副宰相は、穏やかながらも老獪で油断のならない無い人物に見えた。
それがどうだろう。
弛緩してだらだらした様子の、この小屋の雰囲気は。
そしてもう一人、この空気にすっかり馴染んだ様子の、小さな自分の息子……アムール。
エドワード国王が「あー!」と喚きながらカードを投げて、頭を抱えた。
「アムール、強すぎだろお前ー!」
「エディのおじちゃんが、弱すぎです」
「エディって、ババ抜き弱えなあ」
「アムール様の、九勝一敗ですね。約束通りあと一勝で、エディはなんでも言う事聞いてくれますよ」
「どうしましょう。何をお願いしよう。
おじちゃんの肩車でリュタの町をお散歩するのもいいし、ノース港でおじちゃんと一緒に海で泳ぐのもいい」
「うわあ。子供らしいけど、俺の立場的にエグい行事」
「いいぞー、アムール。エディはなんでもやる男だ」
「おい、マシュー。お前俺の護衛だろーが。アムールのこと止めろよ」
「アムール、ノース港の砂浜でエディ埋めようぜ」
「楽しそうです!」
「ねえ、それ本気っ?!」
和気あいあいと会話をしているアムール。ふと入口に目を向けて、キラキラした目をさらに輝かせた。自分を見守る二人の姿に気づいたのだ。
「父上っ。おばさまっ」
全開の笑顔で飛びついてくる息子を、サバートは戸惑いながら抱きとめた。自分の息子はこんなに感情の豊かな子だっただろうか。
記憶にあるアムールは、いつもアルグレードの背後から、たどたどしくお辞儀をする姿だった。緊張した顔はいつも固まりきって、可愛いとは思えなかった。
あの硬直して、おどおどしていた息子が。
大きくなるにつれて他人行儀な子だと思っていた息子が、これほど自分に懐いてくれていたとは。
きっかけは恐らく、エドワード国王たちの態度だ。アムールの緊張をほぐし、本来の好奇心と年相応のあどけなさを引き出した。ここにいる大人は味方だと、アムールの信頼を勝ち取ったのだ。
エドワード国王など、そんなことはいかにも得意そうだ。
小さなアムールは、サバートにしがみついて嬉しそうに見上げてきた。
可愛い、とサバートは初めて思った。
「父上、今日はおばさまとたくさん頑張ったんです!」
「……何をしたんだ?」
「ウサギの罠と、ネズミの罠を仕掛けました!」
「………………は?」
「すごいんです、ウサギなんてすぐにかかったんです! おばさまがすぐに捕らえて、ぼくは見てないんですけど『ちぬき』と『かわはぎ』と『かいたい』をしてくださって」
「ラヴィリア、おまえ、何やって」
「うふふふふ」
可愛らしく微笑む妹は、おそらくサバートには見当もつかない経験を積んでいると感じた。自分がラヴィリアに近付けない間に、ラヴィリアにいったい何があった。
相当なことが起きていたに違いない。
いずれ詳しく聞かなくてはいけないと肝に銘じた。自分に知らされることのなかった事実。自分が心神喪失している間の事を、知らなくては。
きらきらした目で自分を見上げていた息子は、そのままラヴィリアに目を向けた。完全に尊敬の眼差しだった。
「おばさま、捕らえたウサギでスープも作ってくれているんです! あのコンロでグツグツしてるのがそうです。父上、いっしょに食べましょう」
「……野生のウサギ? 食べられるのか……?」
「お兄様、わたくしの料理の腕を疑ってらっしゃるの?」
「いや、そういうわけでは……」
ごにょごにょと尻すぼみになるサバートの言葉も気にせずに、アムールは元気にサバートにしがみつく。
「あとね、ぼくがしかけた罠もあって、おばさまが獣の通り道とか、全部教えてくれて」
「そうか」
「ねえ、おばさま。もう罠にかかってるかな?」
「どうでしょうね。本当は一晩待つのですけど」
「見てきていい? エディのおじちゃんと一緒に行っていい?」
「おいアムール。ラヴィが『おばさま』で、なんで俺は『エディのおじちゃん』なんだ?」
「だって、そういう顔してるからー」
あっさりと残酷な決めつけをするアムール。エドワードがマシューに「そういう顔って、俺の顔、老けてるってこと?」と真剣に尋ねていた。
ラヴィリアは屈んで、アムールの頭を撫でた。
「お父上様と、見てきたらいかがですか?」
「……でも、父上はご病気で、お疲れで」
「いい、行こう。見てみたい」
「本当ですかっ?」
アムールの輝くような顔にサバートは突き動かされた。息子の楽しげな顔がこれほど心を癒してくれるとは思いもしなかった。この子が喜ぶのなら、自分ができることはやってやりたい。
元妻に愛情などは残ってはいないが、二度とこの子に近付けないアルグレードを不憫に思う。自業自得とはいえ、もうアムールから笑顔を向けられることも、抱きしめることも出来ない。成長していく姿を、見ることすら出来ないのだ。
手を繋いで森へ向かう二人に続いて、マシューが自然体で距離を置いて出ていった。二人の護衛だ。
カルロスがすぐに、コンロで鍋をかき混ぜていたカリンに目配せをする。
「鍋を見ててね」とラヴィリアに言われて、ジリジリとナベが焦げ付くのをじっと見続けていたカリンはもういない。鍋を火からおろして、すっと小屋を出て行った。周辺の警戒である。
カルロスは「護衛の人員を増やしますね」と、小屋を出て行った。
そこまでする必要あるか? とエドワードなどは思っているが、やたらと上がってしまった立場上、文句も言えない。
エドワードは、スファルト王国とマリ王国を併合し、さらにパルカ王国の一部をもぎ取ってしまっていた。
パルカ王国の介入に備えて、マシューをサウス砦に派遣したのは、エドワードの決断だ。マシューに全権を委託して送り出した。
好きにしていい、と判断したマシューは、古馴染みのサウス砦の兵士たちを懐柔した。
もともと気の合う仲間たちである。焚きつけるとあっという間に燃え上がったサウス砦の一行は、スファルト王国へ出陣する直前だったパルカ王国へ、急襲をかけた。
結果は、完全勝利。
パルカ王国の領地の一部を取り込み、賠償金をふんだくった。
視線を隠すために伸ばされたもっさりとした金髪が、パルカ王国の将軍に無言で剣を突きつけている姿は、パルカ軍の兵士たちに戦慄を走らせた。
『金髪の小悪魔』の名前は、さらに強烈な印象と共に、パルカ王国を震撼とさせたのである。
マリ王国を接収した直後にその連絡を受けたエドワードは頭を抱えた。一部とはいえ、パルカ王国だった領地を治める人材がいない。
他国の領土を治めるには、相応の知識と実務力がないと難しい。すぐに反乱やら暴動やら起きて、国が混乱してしまう。適任であるカルロスは、マリ州を治めるのに使ってしまった。マフマクンとランドレイクのどちらかを向かわせると、スファルト王国の根幹自体が揺らぐ。
そういうとこ相談してからやれよマシューと思いながら、好きにしていいって言ったの俺だ馬鹿、などと生産性のない自問自答を繰り返した。
しかもパルカ王国を切り取った本人は、長期間エドワードから離れていたせいでエドワード切れを起こしていた。サウス砦から戻ったマシューは、エドワードの背中から離れない妖怪、おんぶおばけと化した。
自分の首に回された、剣だこだらけの手を見ながらエドワードは自問した。
くっそう、誰かパルカ地方押し付けられる人いねえかな。統治に明るくて数字にも強い人材。しかも裏切りとは無縁な人。
筋肉でできている重たいマシューをおんぶして、ひたすら城の中を歩き回りながら、エドワードは考え続けた。
押し付けられる人材、いた。
自分の父親、アーネスト元国王だ。
アーネスト元国王は政権交代後、形式上、とある館に軟禁していた。エドワードの母親、ソーラの住むアマツの館だ。
アーネストは、監視をつけるのが馬鹿らしくなるほど、ノリノリで軟禁されていた。何せなかなか会えなかった愛しのソーラに毎日会えるのだ。
ソーラのために、甲斐甲斐しくお茶をいれたり書類整理をしたり肩をもんだりグリグリ甘えたり、しているらいし。
「エディ、父ちゃんが仕事の邪魔なのよお」と、ソーラから苦情が出ているほどだ。
あの二人、セットでパルカに送りこめば、なんとかすんじゃね? 父ちゃんに仕事与えれば、母ちゃんも仕事はかどるし。父ちゃん、元国王だから、統治に関して玄人だし。裏切りの気配なんて欠片もないし。
この差配は当たった。
元パルカ王国の都市を『サウスアーム』と改名し、アーネストは元パルカ領土の領主となった。
サウスアームは、アーネストとソーラの手腕の元、商人の町として急激に成長している。
今やエドワードは、飛ぶ鳥を落とす勢いの、『スファルト大王国』の国王陛下をやっているのである。
ここまで国土をでかくするつもりはなかったんだけど、と思いながら、エドワードは成り行きで膨れ上がってしまった国のために、せっせと仕事をする毎日だ。
国が違う土地を治めるには根気がいる。風土も違えば文化も違う。押し付ければ反発するし、緩くすれば付け上がる。それでもスファルト王国のルールに沿ってもらわなくては困る。
パンクしかけた頭を抱えて身動き取れなくなったエドワードが、完全にフリーズしたのは、今から数日前のことだった。スファルト王国の宰相の二人、マフマクンとランドレイクは黙ってお互いの顔を見合わせた。
すぐさま急使を仕立てあげ、マリ州を治めているカルロスを呼んだ。
到着したカルロスは、忙しい中呼び出された鬱屈をぶつけるように、穏やかな顔をしながらエドワードの尻を蹴りつけた。そのまま原点に戻れと、エドワード小屋に放り込んだのだ。
乱暴に見えるかもしれないが、ようやくねじ込まれた、エドワードの休暇であった。
エドワードの休暇を聞きつけて、ラヴィリアはアムールを連れて小屋を訪れた。軟禁されている、本館の兄の見舞いも兼ねてである。
何せ忙しすぎて、城にいてもエドワードは夫婦の部屋に戻って来ない。戻ってきても気絶するように寝ている。おやつの時間に執務室にいないことも多かった。
視察だ査察だ巡回だと、あちこち飛び回っているのだ。
アイドル王子時代に培ったキラキラオーラを国民に振りまき、好感度を上げて統治するスタイルは、意外とマリ州やサウスアームで効果が高かったりした。ただし、その分エドワードの消耗は激しかったのだ。
エドワード小屋でようやく会えたエドワードが、どん底ヤサグレ一歩手前、と気づいたラヴィリアは、かつてのように森に罠を仕掛け、獲物を狩り始めた。
キノコを摂り香草を摘み、木の実を探す。
作ったのは、野ウサギの串焼きと豆のスープ。
城では絶対に出されない慎ましい食事を前にして、エドワードは満面の笑みで「これこれ!」と喜んだ。ラヴィリアにしか作れない素朴な味が、猛烈に懐かしかった。
あの頃に比べたら、今の状況は悪くない。悪くないどころか、やり甲斐はある。仕事量が膨大なだけで。
エドワードは心と胃を落ち着かせるため、ゆっくり食事を楽しんだ。そしてラヴィリアにスープのおかわりをお願いした。
エドワードから皿を受け取って、ラヴィリアはじぃんと感動していた。エドワードの「これこれ!」を引き出せたのだ。
ラヴィリアはどこで覚えたのか、豪快なガッツポーズを決めた。いまだに清楚で可憐な見かけの王妃は、「よっしゃああ!」と声を上げて勝利を噛み締めた。
可憐な王妃様の口から、「よっしゃああ!」は聞きたくなかったなと、護衛のカリンは思っていた。
アムールはラヴィリアに連れてこられた流れで、エドワードと過ごす時間を得た。初めは、大きな国のすごく偉い国王陛下だと、緊張していた。ただでさえ背の高いエドワードを見上げ、人見知りしてガクガクだった。
結果的に、アムールは十分もしないうちにエドワードと打ち解けてしまった。エドワードはアムールと同じレベルになって遊べる男だった。
紙飛行機どちらが遠くに飛ばせるか選手権で、僅差でアムールに負けた国王陛下が床を叩いて悔しがるのを見下ろすのは、とても気持ちが良かった。
そのアムールは、今は父親と手を繋ぎ、森に仕掛けた罠を見に行っている。
エドワードとラヴィリアが二人きりになるのは、実はかなり久々のことだった。
次回で最終回!
最後までお付き合いいただけると、嬉しいです。




