療養
最終章、三話で終わります
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
サバートは軟禁されている館の窓から、外を眺めていた。芝生の向こうには深い森が見えている。国王の持つ邸宅のくせに、庭園を作る発想はないのか。森はかなり深く、手入れをされている様子は無い。
ここは高貴な身分の罪人を滞在させるための施設なのだろうか。館の中はシンプルながらも快適で、サバートの身の回りの世話をする使用人もきちんと躾がされていた。ここで過ごすことには、なんの不満もない。
マリ王国はスファルト王国の傘下に入り、サバートは王位を退いた。
それにより、マリ王国の歴史は終わった。
マリ王国のあった地域はスファルト王国マリ州と呼ばれるようになった。マリ王国はスファルト王国に併合された形になったのだ。
エドワード王はマリ州へ柔軟な統治を行った。
まずは食料支援、さらに門閥貴族たちの整備、税制の見直し。
さほど反発もなく行われたのは、穏やかな表情を湛えた、キレキレの副宰相が指揮したからだろう。混乱からの内戦を危惧していたサバートは、こっそりと胸を撫で下ろしていた。
サバート自身も治療に専念する必要があった。強い薬と強い魔法に、十年以上晒されていたらしい。
特に薬の禁断症状が酷かった。サバートは薬が切れてからの一ヶ月ほどの記憶が無い。とにかく吐き気と痛みと、繰り返される幻覚と痙攣が頻繁に起きた。
黒ずんでしわくちゃな老婆が、専任としてサバートを介護していた。魔法と薬に詳しい専門家という話だったが、幻覚に惑わされて暴れるサバートを、「美形の乱れは極上の味じゃのう、ひっひっ」と笑う老婆は、幻覚にうなされていても怖かった。
その恐怖が正常に戻ろうとする意欲の、促進剤になったのかもしれない。
幻覚から解放されて、ぼんやりとする時間が増えたサバートの元に、度々ラヴィリアが訪れるようになった。
一度、サバートの息子のアムールも連れてきた。小さな息子はラヴィリアの背後から、少しだけ顔を出して挨拶していた。自分を見る緊張感のある顔は、いつもの事だった。
サバートは、息子に懐かれていない自信がある。
アムールは、実母のアルグレッドから引き離されていた。今はラヴィリアが面倒を見ている。
政治的な意図もあるが、アルグレッドが病に侵されたから、という理由もあった。
アルグレッドの病名は『王族接触拒絶症』。
せめてアムールと会わせて欲しい、というアルグレッドの要望に応えたその日に、病は発症した。
アルグレッドはアムールを抱き寄せた直後に、全身に蕁麻疹を起こし、唐突に嘔吐した。突然のことに泣き叫ぶアムールを、立ち会っていたエドワードが慌てて引き寄せた。
エドワードがアムールを掴むアルグレッドの手を払い除けると、アルグレッドは顔を青くして引きつけを起こし、倒れ落ちた。
エドワードの接触により、アルグレッドは呼吸が止まりかけていた。
似たような情景を、目撃した人間は多かった。かつて、ラヴィリアがエドワードに触れられたことで病を発症し、倒れた現場を見ていた誰もが思った。
『王族接触拒絶症』
アルグレッドの体は、アムールとエドワードに流れる王族の血に反応し、病気を発症したのだ。
『王族接触拒絶症』を発症したアルグレッドは、自分の息子と夫、さらにエドワードやラヴィリアにさえ近づくことが出来なくなってしまった。
全てを見ていたエドワードは納得する。
悪魔のような所業が、否が応にも理解させられた。
ブラッドの置き土産だ。
ブラッドはラヴィリアと同じ症状を起こす病を、アルグレッドに残していったのだ。悪魔の呪いという形で。
かつてラヴィリアを陥れた病で、同じように苦しめばいい。絶望と苦悶と後悔を同時に味わえるなんて、一石二鳥どころではなく、一石三鳥。
圧倒的な苦い感情は、どうしたって悪魔の餌でしかなかった。
ぐふぐふと気持ち悪くほくそ笑む、ブラッドの姿が見える気がした。
別人のように消沈したアルグレッドは、現在厳しい監視下の元、幽閉されている。息子のアムールに一生触れられないことが、彼女の心を疲弊させた。
全てにおいて無気力になったアルグレッドは、かつての華やかで美しい面影すらなくし、今も暗い部屋の中でじっと俯いている。
「お兄様」
ラヴィリアがサバートの病室を訪れた。普段から王妃としてはかなり質素な装いのラヴィリアであるが、今日は一段と地味である。アイスシルバーの長い髪はきっちりと三つ編みに編み込み、着ているものは目の粗い布地の上下。
王族として最上級の物しか身につけたことの無いサバートには、見慣れない生地である。特に、ズボンを履いているラヴィリアを初めて見て、眉を寄せた。
女性の騎士は騎士服を着用するためにズボン姿を見かけることはあるが、庶民でも女性はズボンを履くことはほとんどない。
王妃という立場ながらいったい何を考えている、とラヴィリアを見上げると、そんなことはまったく気にもしていない素振りで、ラヴィリアはサバートの額に手を置いた。
「お兄様、顔色がいいです。今日はお熱もないようですね。調子はいかがですか?」
「……悪くない。ラヴィリア、その格好は……」
「わたくしの趣味の一環、といいましょうか。どうしても汚れてしまうことがありますし、何より動きやすいので」
「……おまえ、どんな趣味を持っているんだ」
「イロイロ、ですよ。
少し歩きませんか?」
サバートは曖昧に頷いた。
確かに今日は調子が良く、少しくらいなら出歩けそうだ。体がなまっている自覚もあった。
サバートの頷きを見て、侍女がすぐに着替えの準備を始めた。
「……ラヴィリア、ここを行くのか」
「そうですよ」
「ただの森じゃないか。道もない」
サバートは、館からすぐそばにある森の前で、尻込みしながら佇んでいた。先も見えない鬱蒼とした森だ。樹木の密度は濃く、下生えの草木もみっしりと生えていた。どんな虫や動物が潜んでいるかも分からない。
着替えの時に、やけに足回りがしっかりしているのが、おかしいとは思っていた。そこの芝生を歩く程度なら、こんなに頑丈な靴はいらないはず。
「お兄様、道はいくつかありますわ」
「いや、これは踏み込めるような森ではないだろう……」
「ちゃんと、ついてきて下さいね」
ラヴィリアはサバートの言葉など聞く気がないらしい。本当に森に入り込んでいく。
ラヴィリアの姿を見失っては一人取り残されるだけだ。サバートは右に左に草や枝をかき分けて進むラヴィリアを、必死に追った。
悪戦苦闘しながら森を抜けると、少し開けた空間に出た。先の方に木製の掘っ建て小屋がある。サバートの知識では、森の木こりが住むような小屋だと思った。ペンキも塗られず木の肌をさらした、粗末な小屋だ。
その小屋から、数人が騒ぐ声がしていた。幼い子供の笑い声も混じっている。
ラヴィリアは慣れた様子で入口に向かい、サバートを手招きした。サバートが恐る恐る小屋を覗き込むと、粗末なテーブルと椅子に腰掛けた、四人の姿があった。
サバートは目を見張った。
小屋の中にいるのは、だあれ?
ヒント:ブラッドじゃない。




