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アイドル王子(自作自演)と、深窓の姫君(余計なコブ付き)の、【偽装結婚】?!  作者: 工藤 でん
第八章 君を手に入れるために

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ブラッド・ロックス

「さてと、では我も目的を達成するかな」


ブラットは不敵な笑みを浮かべながら、クイクイと指を動かした。何かを呼んでいるような仕草だった。


遠くから高い女の声が聞こえてきた。

声はどんどん近づいてくる。

「やめて!」「なんなのこれ」「嫌よ、いきたくないわ!」などと、とめどなく声がしていた。


スファルト騎士団の拘束も振り切って、一人の女が近付いてきていた。誰かに突き飛ばされるようにして歩く女。だが周囲には誰もいない。ただ一人でたたらを踏みながらそれでも前に進む女は、ブラッドの前で停止した。

濃い茶色の髪を振り乱し、青ざめてはいるが美しい女だ。


王妃アルグレッドだった。


アルグレッドはブラッドを見上げて、恐怖で顔を引き攣らせた。「嫌、来ないで、やめてちょうだい」と言葉を漏らす。



ブラッドは躊躇いなくアルグレッドの喉首を掴んだ。そのまま頭をもぎ取ろうとする。


「ブラッド!」

「ラヴィ、ダメだ」


ブラッドを止めようとしたラヴィリアを、エドワードは抱き止めた。目はブラッドから離さないままだった。


自然体で女を捕らえているブラッドは、いつもとは違う気配がしていた。何が起こっているのか分からない時は、近づかない方がいい。



それは、奇妙な映像を見せられているようだった。

アルグレッドからもぎ取ったのは、首ではない。もう一人の人物だった。

アルグレッドにピッタリと重なっていたかのように、その人物はそこにいた。それが、メリメリと剥ぎ取られていく。

ブラッドはアルグレッドからもう一人を引き剥がすと、本体の方のアルグレッドを手放した。アルグレッド本人は、声を上げてその場に崩れ落ちてしまった。


ブラッドに喉首を掴まれている人物は、ブラッドのような女だった。夜色の髪に捻れた黒い角。血のような赤い目とコウモリのような羽を持つ。


顔立ちまでブラッドにそっくりな女が、ブラッドに捕らえられていた。



「見つけた、『我』」

「ああん、上手く隠れられていたのにィ! この前『本体(アンタ)』が王宮に来たときは、アタシに気付きもしなかったじゃない」

「『我』よ。おまえ、己を分散させたな。気配が薄くて気づかなかった。

しかも、相手の内部に寄生するのではなく、しがみついて取り憑くとは」

「その方が、『本体(アンタ)』に見つかったとしても逃げやすかったし。結構面白かったのよ?

ちょっと耳元で囁くだけで、思い通りに踊るんだから。王妃も、国王も」


地面に座り込んだアルグレッドは、信じられないといった顔で、女のブラッドを見つめた。ずっと、もう何年も、心の声を聞いてきた。それがあの女の声だったのだと、唐突に理解した。


心地よい言葉で自分の気持ちに寄り添ってくれた声。魔力を使って相手の心を操る魔法を教えてくれた声。古い付与魔術(エンチャント)で、ラヴィリアを陥れる方法を伝授してくれた声。


あそこにいる、捻れた角を持つ悪魔のような女が、自分を操っていた。


アルグレッドは自分の行動を必死で思い返す。あれらは自分の意思だったのか、あの女の意思だったのか。

本当の自分がどこにいるのか、アルグレッドには分からなかった。



ブラッドは悲愴な表情で青ざめるアルグレッドから、サバートに目を向けた。サバートは目の前の出来事についていけず、呆然としていた。


――こいつは魔法と薬にやられて廃人寸前か、とブラッドは悟った。

この男は『我』の指示で、アルグレッドから深い魔法をかけられていたのだろう。本人が望まない行動を何年もさせられていたのなら、人の心など壊れて当然だ。

壊れる寸前までバランスよく酷使したというのなら、それはさすが『我』である。よい仕事をしている。


ブラッドはサバートのうなじを片手で掴むと、またしても何かをバリバリと剥ぎ取った。剥ぎ取られたのは、やはり女。

ブラッドの両手には、二人の女のブラッドが捕まっていた。

ブラッドの面立ちをした女たち。サバートから剥ぎ取った女は、少しだけ透けて見えていた。


「薄めて二つに分散ね。小賢しい真似を」

「あん、素敵な褒め言葉」

「思考も分散されたせいで、油断したな。逃げる機会など、いくらでもあっただろうに。他者を操る快楽に溺れて、警戒を怠るからだ」


ブラッドは透けて見える女の喉首を握り潰した。「あああぁぁぁん!」と断末魔を残して、透けていた女は霧散した。途端に実体のある女がゲホゲホと咳き込む。同じ顔をしたブラッドをうっとりと見つめた。


「いやん。酷いわ」

「褒め言葉だな」

「さすが『本体(アンタ)』ね。容赦ないわ。……ゾクゾクする」

「我の一部とはいえ、浅はかに落ちぶれおって」

「あはん、もっとなじって。痛めつけて。

激しいのが好きなの」

「そうかい」


ブラッドはさらに力を込めて女の首を掴んだ。女の顔が苦しそう歪む。同時に恍惚としているようにも見えた。

女の首を掴むブラッドの表情は動かなかった。


「戻れ、『我』」

「いやよ。もっとおバカを罠にかけるの。もっと貶めるの。欲望に塗れさせて誰かを蹴落として、その後で大切なものを失わせるの。

ねえ、そういうの『本体(アンタ)』も好きでしょう?」

「ああ」

「アタシがアタシの手で陥れたいの。

享楽に溺れさせてから絶望を知らせるの。幸福の絶頂から失意のどん底に陥れるの。

その時の最高の味を、楽しみたいのよ」

「それは我がやる。『我』のくせに出しゃばるな」


ブラッドは自分と同じ顔をした『我』の唇に食いついた。

美しい顔をした男女の口付けは、芸術性もエロティシズムも全くなかった。ブラッドは深く口付けているようで、そうではなかったのだ。


愉悦の表情を浮かべたまま、『我』は吸い込まれるようにしてブラッドに飲み込まれていった。ほんの一瞬の出来事だった。

ブラッドは『我』を取り戻した。



『我』を取り込んだブラッドは、明らかに禍々しさが増した。ラヴィリアを振り返ったブラッドは、出会った頃の元の姿に戻っていた。


真っ直ぐな夜色の髪に捻れた黒い角。血のような赤い目にコウモリのような大きな羽。鈎のついた細く長い尻尾。


悪魔の姿で、ブラッドはラヴィリアに向き合った。緊張するエドワードの腕の中で、ラヴィリアは悪魔に問いかける。


「……どういうことなの?」

「ああ。

あれは、『我』だ」

「あなた、なの?」

「我は、地獄から地上に降り立った時に、我の一部が剥がれ落ちた。地上の空気に、体が合わなかったんだな」

「……」

「剥がれた『我』は逃げ出した。そのまま行方知れずだったのだが。

……さすがに年月もたったし、我は『我』を探すことにした。人の世の、物見遊山のついでだ」

「物見遊山、て」

「途中、石に閉じ込められたりしたけどな。あれも面白かったな」

「あの、黒い石……!」

「おかげでラヴィと契約できた。美味い魔力もいただいたし」

「……」

「『我』もこうして見つかった」


ブラッドはエドワードの腕の中にいる、ラヴィリアを覗き込んだ。禍々しく近寄り難い存在のくせに、向けた笑顔は子供のようだった。



「ラヴィ、我が遊んでやらなくても、もういいか」

「……!」

「一人で遊べるか」



ラヴィリアは、幼い自分が黒い石に向かって「遊んで」とお願いしたことを思い出した。あの時は一人でさみしかった。一緒にいてくれる誰かが欲しかった。


ラヴィリアは、自分をずっと抱きしめてくれている人を見上げた。エドワードは緊張した面持ちでブラッドに目を向けていた。力強い手は、必ず君を守ると、伝えてくれていた。


一生をかけて一緒にいてくれる人と、ラヴィリアは出会っていた。一人きりでさみしかった自分は、もういない。


エドワードの腕に手を添えて、ラヴィリアはブラッドに言った。


「……ブラッドが遊んでくれなくても、大丈夫です。わたくし、一人じゃありませんから」

「そうだな。

では、契約は成就した。我は地獄へ帰る」

「……はい」

「あ、ついでに」


ブラッドは、悪魔にそそのかされていたことを知り、ブルブルと震えているアルグレッドに目をやった。ブラッドが口の中で何かを唱えるのと同時に、アルグレッドに向けて黒い何かが吸い込まれて行った気がした。

ブラッドから目を逸らしているアルグレッド自身は、気づいていないようだが。


目の錯覚かと目を瞬くラヴィリアに、ブラッドはニヤリと笑う。


「悪魔は因果応報ってのが、意外と好きでねえ」

「?」

「酷い目にあわせてた奴が、酷い目にあう。どん底を味あわせた奴がどん底を味わう。そんな奴が、次々に増えるわけだ。

絶望を食らうための、最高のシチュエーション」

「……何をしたの?」

「いずれ、分かる」



じゃあな、とブラッドはラヴィリアに背を向けた。一歩踏み出すと、地面にズブリと沈み込んだ。


このまま行ってしまう、とラヴィリアは思ってしまった。もう会えない、と思うと、急に寂しさが込み上げた。



子供みたいな悪魔。その存在に、救われていた自分もいる。下らないことが好きで、甘えっ子で、他者には残酷で、ちょっとエッチで、騒がしくて迷惑でだからこそ退屈なんてしなかった。

見慣れた夜色の髪に向けて、ラヴィリアは思わず声をかけた。



「ブラッド。二度とこちらに来ないでね」



ブラッドは地面に沈み込みながら、ラヴィリアを振り向いた。面白そうな顔が笑みを結んていた。


「分かってんなあ、ラヴィ。

…………また来ない訳には、いかないじゃないか」

「ブラッド」

「ブラッド・ロックス。その名は貰う。

ラヴィ、我が名を呼べ」


無邪気な笑顔のまま、悪魔はずぶりと地面に飲み込まれた。地面にはなんの痕跡も残っていなかった。



ブラッド・ロックスは、そのまま姿を消した。




ブラッドくんの最後のシーンでした。

楽しかったよ、ブラッド!

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