戦後会談に悪魔乱入
スファルト王国とマリ王国の戦争は、予想より短期間で終結した。
戦後会談は、スファルト王国が完全制圧したマリ王国の王城で行われることとなった。
マリ城は、北方から進軍してきたマキシウエル率いるスファルト王国騎士団により、完全に管理下に置かれていた。
マリ城にまで至る道程で、マリ王国貴族たちによる防衛行動が起こらなかったのは、スファルト王国軍が剣を向けるのではなく、真っ先に小麦の販売交渉をおこなったからだ。冬を越した直後の山間部は、何よりも食料が足りていなかった。
さらに、小麦が貴重なマリ王国では、小麦価格が高い。大規模な小麦生産地であるスファルト王国の小麦価格は、マリ王国側からすると破格の安さであった。領主たちは、スファルト王国軍からこぞって小麦を買い付けた。その代わりに、スファルト王国軍の進軍を阻むこともしない。
こうしてスファルト王国騎士団は、素晴らしい速さで進軍して行った。
マリ王国の王城、マリ城の中庭に、テーブルと椅子がセッティングされた。会談の声が届かない距離を挟んで、周囲はぐるりとスファルト王国騎士団が囲んでいる。
エドワードはマリ王国国王サバートと対峙していた。
淡い金髪に深い青い目をしたサバート国王は、エドワードの前に静かに着席した。秀麗な顔立ちだったが、酷く顔色が悪かった。
さすが、ラヴィの兄。綺麗な顔してんな。
と、綺麗にメイクされたエドワードは思った。メイクのお陰で美しそうに見せているエドワードであったが、本物の王族はやっぱりオーラが違う。
「このような形で、義兄上にお会いするつもりはなかった」
「……私もだ。スファルト王国、新国王」
エドワードの言葉に淡々と言葉を返すサバート。彼の視点はどこか定まらないような気がした。
「……ラヴィリアと婚姻を結ぶなど、無意味なことをされたな、エドワード国王。
あれの病は重い。王族の子を孕むことなど、できないというのに」
「書面で何度もお伝えした。『王族接触拒絶症』はなくなったと」
「そんなはずはない。どんな治療も効かなかった。私も近づくことさえ出来なかったのだ」
「それが完治したのだ」
「ありえない。あれはラヴィリアの根本的な体質だ」
実は付与魔術による人為的に起こされた症状だった、なんて言っても信じてくれないよなあ。しかもマリ王国の身内がしでかしてるとか。
エドワードはため息をついて後ろを振り返った。こればかりは実地で理解してもらうのが一番早い。……連れてきたくはなかったけど。
エドワードの視線を受けて、一人の女性が近付いてきた。清楚な佇まいは、殺伐としたその場にそぐわなかった。
青みがかったアイスシルバーの髪をなびかせ、アイスブルーの瞳は真っ直ぐにサバートへ向いていた。気品のある仕草は、高貴な生まれであることを表していた。
エドワードが立ち上がり、その手を取った。
ラヴィリアだ。
サバートは目を見開いて、何年も近づけなかった妹を見た。
王族の血を引くエドワードに手を取られ、王族の自分に近付いてくるラヴィリア。
吐き気に口を押さえ、身体中に発疹を起こし、侍女に支えられながら倒れ込む妹は、もういない。
「ラヴィリア……」
「お兄様」
バチン!
鈍い音が鳴り響いた。
ラヴィリアがサバートの両頬を、両手で強く挟み込んでいた。かなり荒々しい仕草は、深窓の姫君らしくなかった。
自分の妹は、こういう娘だったか?
ラヴィリアは怒りを隠すことなくサバートを罵倒した。
「お兄様、目を覚ましてください!」
「ラヴィリア……」
「わたくしは『王族接触拒絶症』ではありません! 何度もお伝えしているはずですよ!」
「だが、そんなはずはないと……」
「誰が言いました? わたくし、お兄様にお手紙も書きました。ちゃんと届いていましたか?」
「……いや」
「真実に目を向けてください!」
ラヴィリアがサバートに詰め寄った。
サバートは混乱していた。確かにラヴィリアは王族と接触しても症状がでていない。現に今、ラヴィリアの両手はサバートの両頬に触れている。病を隠そうとしている訳でもなく、王族に触れられることを証明しているだけだ。
なぜ自分は頑なに、ラヴィリアの『王族接触拒絶症』を信じた。治るはずがないと思い込んだ。
(ラヴィリアの病は一生モノ)
(あの子は王族に一生触れられない)
(可哀想に、高貴な身の上なのに王族とは番えないの)
(もしかしてあの子、治ったフリをするかも。でも信じちゃ駄目よ。あの子がもっと苦しむことになるの)
女の声が聞こえた。
王妃のアルグレッドの声に似ている気もする。
ずっと囁き続ける女の声がする。
あの声が聞こえると、思考が働かなくなる。その通りだと盲信してしまう。
わかっていても、耳をすましてしまう。
抗えないのはなぜだ。
自分は本当に、どうしてしまったのだ。
サバートは声を上げて頭を掻きむしった。
分からない。
抜け出せない。
女の声がまとわりつく。
自分が自分であった頃に戻りたい。
助けて欲しい。
誰か、助けて。
ガタン、と音がして黒い石が転がった。
唐突に現れた黒い石は、ガタンゴロンと音を立ててラヴィリアの足元まで転がり、ふいに人の形を取った。
夜色の髪と目の、スラリとした長身の男。見慣れた黒い燕尾服。
夜色の目がラヴィリアを認め、にんまりと細められた。
「ラヴィ、おはー」
「……ブラッド。あなた、どうしてここに」
「うん、もっと我が名を呼んでいいぞ、ラヴィ。寝起きのせいか、下半身がうずうずしてくる。
もうちょっと、あと十年くらい寝たかったんだけどさ」
「あなたのもうちょっとは、単位が違うわね……」
「なんか、見つかりそうな感じがしてね。
そうか、気配を分散してたのか。へえ、姑息」
「? ? ?
ブラッド、何を言っているの?」
「あーーー! ラヴィ、おまえーーー!!!」
ブラッドはわしゃわしゃとラヴィリアの前で手を動かした。ラヴィリアに触りたくても触れない、ブラッドのいつもの行動である。相変わらず気持ち悪い。
ブラッドは目一杯不満気な表情を浮かべたまま、ラヴィリアを掴もうとして盛大に空ぶった。命に関わること以外で触れることを禁ずる、という命令はきちんと生きている。
「ラヴィ! どうなってる!」
「な、なんですの?」
「おまえっ、せっかく我が大事にとっておいたのに!」
「え?」
「我の大事な、一回しか味わえない大事な」
「なに……」
「おまえの処女! 大切なお前の処女どこやったああっ?!」
「なっ……!」
ブラッドは大袈裟に頭をかきむしった。
夜色の目が苛立たしげにラヴィリアを睨んだ。無駄に美形のため、無駄に迫力があった。実際にうっすらと黒い影のようなものがブラッドを覆っていた。
ブラッドは吠えるように独白した。
「ラヴィの処女は、我がいただくつもりだったのに! おいしく育てて、そろそろ収穫時だったのに!」
「……人を畑の農作物みたいに」
「返せ、ラヴィの処女ーーー!!!」
「大きい声で言うのやめなさいっ」
「ああもうっ、ここ最近の我の期待が総崩れ。絶対美味しかったのに。絶対舐め尽くしてやりたかったのに…………」
「ブラッド、落ち着いて」
「うるせー!
ラヴィの処女を奪うような、そんな余計なことするのは。
…………キサマだな、王子!」
ブラッドはエドワードに詰め寄った。美形の怒りは目で見て恐ろしい。
エドワードは綺麗な海老反りになって、ブラッドと対峙した。エドワード、鍛えているだけあって体幹は素晴らしかった。
飢えた夜色の目がエドワードを鋭く射抜く。悔しさを隠すことなくブラッドはエドワードをなじり出した。
「キサマがラヴィの処女を食い尽くした、極悪非道な悪魔か!」
「あ、悪魔じゃないけどね……結婚、したから」
「いつだ?! いつやった?!
羨ましすぎるっ。絶対に美味しかったに決まってるっ。美味しかったんだろ、おい!」
「ま、まあ、落ち着いて」
「王子ぃ」
ブラッドは一方的にエドワードと肩を組んだ。エドワードは反射的に竦んだ。普通に怖い。
ギラギラした視線がエドワードに無遠慮に突き刺さっていた。
「なあ王子、ラヴィとの初夜の様子を、詳しく」
「………………言えるわけなくない?」
「それくらいいいじゃねえか。優しくやったのか強引に暴いたのか、それともラヴィから誘ったのか! 答えろ王子!」
「無理ー!!!」
「おお、抵抗する気か。こうなったら…………。
……ここで正直に答えたあなたに、今だけお得なビッグチャンス! ラヴィとの初夜の様子を話したあなたには、悪魔による『ピンク寝技指南書』をプレゼント。どこにも出回らないこの指南書、手に入れないなんてありえない!」
「……何それ。ピンク寝技って何?
…………それって、すごい?」
「すんごい。もう、すんっごい。
結構激しいから、腰が丈夫じゃないと、場合によってはエグいことに」
「それは、わりと大丈夫かも」
「では、契約成立ということで。
まずはベッドの入り部分から。ラヴィの着てた夜着の、どこから手を……」
スパン、スパンと、夜色の頭とチョコレート色の頭が同じようにシバかれた。ラヴィリアが真っ赤な顔をして悪魔と国王を殴っていた。
絶妙に気の合うエドワードとブラッドは、止めないとどこまでも暴走しそうだ。
「ブラッドは一旦黙りなさい!」
「ええー」
「エディは簡単に悪魔の誘惑に乗らないの!」
「すいませんっ」
「二人とも、大声で話す内容にじゃないことを、ちゃんと理解しなさい!」
二人の男を怒鳴りつけるラヴィリアを見て、サバートは呆然としていた。大の男を殴りつける妹にも呆れてはいたが。
話の内容からして、ラヴィリアはエドワード国王と夜を共にしている。
本当に妹は、スファルト国王と、王族の血を引く男と結婚していた。夜の営みも問題なく、王族の男と家族となろうとしていた。
近い未来には、スファルト王国の王族の血を引く子供を、サバートの元へ連れてくるのかもしれない。
ラヴィリアの『王族接触拒絶症』は本当になくなっていた。やっと実感として理解できた。
『王族接触拒絶症』を持つラヴィリアは王族と結婚できないのだから、ラヴィリアを返せ。
マリ王国の宣戦布告は、言い掛かりをつけて恐喝する、悪党のような所業になってしまっていた。
悪魔の誘惑。
最も下らない悪魔の誘惑を考えるのに、割と時間を費やしました。あの時間は無駄じゃなかったと信じたい。




