エドワードの戦略
エドワード側に戻ってきました。
ああ、呑気でいい。
マリ王国との戦いの数ヶ月前に遡る。
リュタ城の会議室で、戦略会議が行われていた。今後の展開として、マリ王国と戦争する事になったらどうするか、という議題だ。
幹部たちは揃いも揃って、エドワードに詐欺師を見る目を投げかけていた。エドワードの打ち出した戦略に対しての反応である。
まあ、自分でも現実的ではない作戦な気はしている。さらに、工事の難易度が高い。その辺の詳しいことは、工事の実務者に要相談だ。
「……あー、つまり。
マリ王国との国境である、南部のモウカ平原あたりで、エドワードヘーカを囮にして、マリ王国軍とドンパチやって」
「そうそう」
「北部のナプルからトンネルを掘り進めて、マリ王国北部へ続く道を作り、ドンパチ中にそこから進軍」
「うんうん」
「ガラ空きなマリ王国王都を占拠して、完全勝利!ってか」
「完璧」
「机上の空論じゃねえか」
国王のでっかいベッドの上で、マシューとゴロゴロしながら考えたエドワードの作戦案は、さっくりと却下された。
却下したのはブレイカーとキースである。マキシウエルは作戦案を睨みながら考え込んでいた。
キースが立ち上がってエドワードの席まで近付いた。エドワードの目の前に置いてある地図をべしべしと叩く。
「いいか、ナプルから直線距離でマリ王国まで、1.2キロ。この距離を掘り抜くのにどんだけ時間かかるか、分かるか?」
「すっごく、たいへん」
「分かってるようで全然わかってねえな、お前。
トンネル掘るってえのは、凄まじい労力かかるわけ。時間も人員も相当投入しないと成立しねえの」
「うんうん。凄まじい工事ってことね」
「だから、わかってねえヤツがあーだこーだと……」
「でもさあ、かなりでかい穴空いてんだよ、あそこ」
ん?と疑問を顔に出したキースに、ブレイカーがエドワードに近づいて、ぺしっとチョコレート色の頭を叩いた。この国王の頭は、大変どつきやすい。
「説明不足」
「えーと、ナプルの内乱があった時、住民の避難場所確保するために、ラヴィのあ……上位精霊が山を抉ったんだ」
悪魔、と言いかけてエドワードは言い直す。もうみんな分かってるとは思うけど。
「俺、その後ぶっ倒れたから、現場をよく見てないんだけどさ。その抉った場所、相当深いらしくて。しかも真っ直ぐにテコ入れしたみたいな跡があるって」
「?
どういうことだ?」
「マシューの見立てだから、確実じゃないけど。
上位精霊の穴掘りの仕方が、人外な発想でさ。山の土手っ腹に真っ直ぐにマリ王国方向に切れ目を入れて、切れ目の内側を脆くするんだ。その後で、必要な分だけ土砂を移動する。
上位精霊はそうやって山を抉ったんじゃないかと」
「……ほう」
「だけら、掘るのは容易いの。人海戦術は確実に必要だし、それを継続させる高い意識も必要だ。
だけど、場所がナプルなんで」
「あそこは、エドワード王子派閥の、どちらかと言うと過激派だったからなあ。
陛下の命令だ、なんて言ったら競うように工事に参加するぞ」
ナプルの内戦に巻き込まれた形のナプルの町民は、献身的にナプルを守りきったエドワードを英雄のように崇めている。
さらに言えば、ラヴィリア王妃は天使説、を唱える半宗教団体の巣窟だ。人員と熱気に関しては申し分ない。
「それに、俺の陣営には、土木工事にすげえ強い味方がいるからさあ」
「あん?」
「難攻不落のサウス砦を激戦の中改修させた、命知らずな奴と」
「……」
「ちっちぇー使えないノース港を、巨大船が乗り入れできるくらいの規模に作り替えた、港作りの天才がいる」
「……」
「なんとかなるんじゃねえかなあ」
サウス砦を改修した命知らずと、ノース港を作った港づくりの天才は、顔を見合わせた。ブレイカーとキースである。
カルロスが穏やかな笑みと共に、書類を持って二人の間に入った。ナプルのトンネルの、現状の詳細である。
ブレイカーとキースが職人の顔をして、書類を読み込み始めた。
マキシウエルが、いかつい顔をしてエドワードに向き合った。エドワードは、叔父であるマキシウエルとは、実はあまり面識がない。
王国騎士団総裁を務めるマキシウエルは独特の緊張感がある。常にピリピリとしていて取っ付きにくいが、軍人のトップとしては当然の態度だ。見かけからして、いかにも堅物と思われる。
しかし、ブレイカーやキースの、エドワードに対するぞんざいな態度に目を瞑ってくれているのだから、ある程度柔軟性を持っている人物であると言える。
「ナプルからマリ王国へのトンネルが開通することを前提とすれば、作戦自体は悪くない」
「お、賛成派がひとり」
「懸念があるとすれば、マリ王国の新兵器のことだ。モウカ平原までマリ王国軍をおびき出したとして、そこでお前が新兵器にやられては元も子もないだろう」
「パルカ王国が散々な目にあった、ってやつね」
マキシウエルは黙って頷いた。厳つい顔の頷きには重みがあった。
貫禄で言えば、エドワードなど足元にも及ばない。
「マリ王国は元々魔法隊が強いことで有名だ。魔力の強い人間が多い国だからな。魔法研究もかなり進んでいる。
その成果が、今回の『魔弓』だ」
「『魔弓』を使えば、魔力のない人間でも、魔法使いになれるようなものだからね」
「遠距離からの広範囲攻撃に対抗するのは、なかなか難しい。特に、モウカ平原のようなだだっ広い場所だとな」
「奇襲とか、かけにくい?」
「そういうことだ。兵士同士が直接戦う白兵戦に持ち込めば、こちらの勝率は上がるのだが。
マリ王国は、兵士の戦闘力はさほど高くはない」
「結局、魔法をどうにかするしかないのか」
うーんと唸りながら、エドワードはベタっと机に張り付いた。
お行儀悪いことこの上ないが、マキシウエルは沈黙してくれている。チラリとかつてエドワードの教育係だったカルロスに視線を向けたが、カルロスは小さく首を振っていた。躾は間に合わなかったようだ。
エドワードは顔を机に貼り付けたままうめいた。
「なー、うちでも『魔弓』作ろうぜ」
「できるなら、とっくにやっている。魔法は繊細なんだ。
殺傷能力のある魔法を付与した兵器など、どれだけの試行錯誤を繰り返したことやら」
「そんなすげーことなんだ」
「当たり前だ。だからこそ今のマリ王国軍は、脅威のある軍隊になったんだ」
「でもさあ、単純な付与魔法なら簡単だって、治癒魔法士のババアが言ってた」
マシューが椅子の片方を上げて、ギイコギイコ揺らしながら言った。会議にかなり飽きてきている。
エドワードは顔を机に貼り付けたままマシューに目を向けた。こちらも姿勢を正す気は無いらしい。
国王陛下と『金髪の小悪魔』の会議姿勢は、いつもこうなのだろうか。
マキシウエルは軽く眉をひそめた。
マキシウエルの人生史上、最もだらしない会議であるのは間違いない。
「魔法は繊細なんだろ」
「姫さん苦しめてたような付与魔術は相当繊細なんだろうけど。
ちょっとの間目が良く見えるようになる、とか、耳がよく聞こえる、とか。そういうのは片手間でできるんだってよ」
「ふーん、便利だな」
「だからよお、付与魔術使って、ちょっとの間魔法効かなくするとか、できねえの?」
マシューは、よっ、とか言いながら、椅子の片足立ちにトライしている。絶妙なバランスが難しいらしい。
ちゃんと真面目にやってほしい、とマキシウエルは思う。いくら『金髪の小悪魔』であっても、遊びながらの会議はいかがなものか。
「『魔弓』がすげー兵器だ、って言ったって、永遠に使えるわけじゃないだろ。魔法使いだって魔力切れりゃ魔法打てないんだしさ。
魔法に耐えきったら、後は切り込むだけじゃん。そしたら勝ちじゃん」
「簡単に言ってくれる……」
「俺、魔法には詳しくないんだけど、確か魔法を弾くやつあったよね」
「『リフレクト』か。確かに魔法は弾くが、効果は一回限りで、『魔弓』の間断のない攻撃に耐えられない」
「ずーっと、『リフレクト』かければ、いんじゃね」
「できる分けないだろう。素人が口を挟むな。魔法はそんなに簡単なものではない。魔法というのは……」
「マキシウエル。
ただ否定する前に、可能か不可能か、聞きたいんだけど」
エドワードが机に頬を付けたまま、ギロリとマキシウエルに鋭い視線を差し込んだ。姿勢はどうかしているが、エドワードは本気だ。
チョコレート色の目は、反射的にマシューの言葉を否定した、マキシウエルを諌めていた。
マキシウエルはただでさえ整っていた姿勢を正した。後ろに控えていた副官と協議する。
緩い空気に惑わされてはいけない。ここにいる人間は、一人残らず本気だ。
堅苦しい会議だけが、成果を上げるわけではない。思ったことを誰でも発言できる空気感と、得手不得手を把握しきった安心感。
エドワードが作り上げてきた組織が、今ここにある。
独特のやり方ではあるが、これがエドワードのやり方だ。エドワードを信じてついてきた、実力のある男たちのやり方だった。
なるべくして国王になった男なのだと、改めてマキシウエルは舌を巻いていた。
エドワードは顔を上げて頬杖をついた。
「で、どうなん?」
「……魔法隊に訓練を施せば、可能かと」
「ふうん」
「ただし、魔法を『リフレクト』に集中するため、魔法隊の攻撃力は著しく減退する」
「マリ王国に魔法で勝とうなんて、ハナから思っちゃダメだよね。
いいよ。魔法隊は魔法防御専門に切り替える。訓練して効果を確認して、報告してくれ」
「……了解した」
引き下がったマキシウエルに頷いて、エドワードはマシューに目を転じた。
椅子の片足立ちに成功したマシューは、バランスを取りながら茶を飲んでいた。
「マシュー、お前のポジションなんだけど」
「おお」
「戦いが始まったらさ、サウス砦にいてくんない?」
「……はあ?」
「恐らく、パルカ王国が隙をついてくると思うんだよね。マリ王国と戦ってる時にちょっかい出されるの、嫌じゃん」
「俺はエディの護衛だっての。テメーが殺られたら、この国は一発で終わるんだぞ」
「わかってる。
鬱陶しいけど、俺の護衛の数、増やすからさ。誰も近づけないくらいにする」
「やだ」
「他にいないんだよ、サウス砦を任せられる将が」
マシューは椅子を正常に戻し、茶を置いた。もっさりとした金髪の向こうからエドワードを睨みつけた。絶対に嫌だと顔が言っている。ここでマシューにヘソを曲げられても困るが、他に手がない。
エドワードはペンを探した。カルロスがすかさずペンと紙を用意し、差し出した。さらに恭しく御璽を取り出してきた。用意周到な男である。
サラサラと紙に文字を書き付け、御璽を押す。その紙をほいっとマシューに放った。マシューの前にひらりと舞い降りたのは、玉璽付きの命令書だ。
「マリ王国が宣戦布告してきたら、その瞬間からマシューはサウス砦の将軍ね」
「は?」
「サウス砦での決定権は全てマシューに託す。好きにしていい」
「はあっ?!」
「あのおっさんたち使えるの、マシューしか考えられないし。つか、一緒に暴走しそうだけど、なんとかなるだろ」
「エディ、お前っ……!」
「頼むよ」
情けない顔でお願いされると、断れない。チョコレート色の瞳が、本当に困ったようにゆがむのだ。
子供の頃からそうだった。
マシューは、自分は好き勝手に生きている方だとは思っているが、肝心な時にエドワードはこうやって自分の意思を貫く。マシューの意思を挫く存在は、今のところエドワードしかいない。
またかよ、と思いながらも、マシューは目の前に放られた紙を渋々受け取った。署名に御璽が押されたら、完全に王命なんだから断れないじゃねえか。頼むよ、じゃねえっての。
腹は煮えくり返っているが、冷静に分析もしている。
確かにエドワードの手持ちの駒で、緊迫したサウス砦を任せられる将は自分しかいないだろう。おっさんたちは血気盛んな上に、人の話を聞かない。仲間と認識してもらっているマシューでさえも、気に入らない作戦ならテコでも動かないだろう。
まあ、いいか。好きにしていいってんなら、好きにさせてもらう。どちらかというと、考え方はおっさんたち寄りだし。
「マリ王国が宣戦布告してきたら、だからな」
「うん」
「おい、エディ。もし本当に戦いが始まっちゃって、俺がサウス砦に籠るとする。そうなったら、わりと長い時間かかると踏んでる。
それが全部終わったら、分かってんだろうな」
「……おおかた、理解している。すでにうんざりしている」
「覚悟しろよ。これだけお前と離れて過ごすと、俺だってどうなるか分かんねえんだ」
――後日譚。
全ての戦いが終わったリュタ城で、珍しい光景が繰り広げられていた。
『金髪の小悪魔』をおんぶした国王が、小悪魔の指示に従ってひたすら歩き続ける姿が、城の随所で見受けられた。
エドワード依存性のマシューは、完全にエドワード切れを起こし、エドワード補充にいそしんでいたのだ。
「ジロジロ見てんじゃねえ」「近寄ったらぶっ飛ばすぞ」など暴言を吐くマシューのかたわらで、「マシュー、ズルいです! 交替です! チェンジ!」と喚く王妃の姿も目撃された。
行間で吐かれているマシューの暴言は、「ピーーー!」という内容かと思われます。近寄ってはいけません。




