とある王妃の陰謀
今回はラヴィリアの義姉、マリ王国の王妃視点となります。
記念すべき投稿数、三桁突破!
なのに、この回なのかっ。もうちょっと明るいウキウキ場面にならなかったのか……
マリ王国王妃、アルグレッドは、イライラと爪をテーブルに打ち付けていた。美しい王妃の怒りはこのところずっと続いている。カツカツという音が侍女たちを威圧し空気が張り詰めていた。
思うように行かない。
今までだって上手くいくことは少なかった。
特にあの女、ラヴィリアが絡むようになってから、さらにおかしくなり始めた。
全てはあの女のせいなのだ。
アルグレッドはマリ王国の公爵家の娘である。国王であるサバートとは同い歳の従姉妹にあたる。
アルグレッドは幼い頃から、綺麗な顔をしたサバートに憧れていた。淡い金髪と晴れた日の空のような青い瞳の貴公子は、アルグレッドの心を鷲掴みにした。
当時王太子だったサバートの婚約者が決まったのは、サバートが15歳の時、相手は内務卿の侯爵家の娘である。アルグレッドは血の繋がりが強すぎる、と王家から敬遠されたとあとから聞いた。
アルグレッドは侯爵家の娘に嫉妬した。
自分の方がきちんと貴族のたしなみを身につけ、自分の方がどう見ても美しい。魔力も強く、魔法の素養すらある。なのに、あんな女が選ばれるだなんて。
激しい嫉妬は心を満たし、憎しみが今にも溢れ出しそうになっていた。
そんな時だ。アルグレッドの心に寄り添うように、(あんな女、死ねばいいのに)という囁きが聞こえてきたのは。
アルグレッドは心の声に耳をすませた。
(あの女、サバート様に媚びを売る売女)
(ブサイクなくせに、気に入られていると思ってる)
(調子に乗った女には、制裁)
(毒でも飲んで苦しめばいい)
アルグレッドは侯爵家の侍女を買収した。
アルグレッドは、他人の心を操る術を知っていた。心の声が、自分の魔力を使って他人を操る方法を教えてくれたのだ。金を握らせた上で、侯爵家の娘を毒でもって弱らせろと、侍女に指示を出すのは簡単なことだった。
侯爵家の娘は病に倒れた。ベッドから立ち上がれない娘など、王太子妃にはなれまい。
しかし、サバートは婚約を解消することはなかった。それどころか、自ら足を運び娘を見舞う日もあった。アルグレッドはますます嫉妬に駆られることになった。
それから五年経ち、ようやく侯爵家の娘が亡くなった。
同じタイミングでマリ王国の王妃と国王が相次いで亡くなり、サバートが次の国王となった。王妃選びも急遽進められ、アルグレッドはようやくサバートと結ばれた。
しかし、サバートは亡くなった侯爵家の娘に心を残したままだった。
サバートは、閨での行為は最低限で、アルグレッドに心を預けることはしなかった。そっけない態度は、サバートの心情をそのまま映していた。
それがますます、アルグレッドの心に屈辱を与えた。
アルグレッドはサバートの心を操ろうとした。だが、強い心を残したサバートは、意のままにはならなかった。
アルグレッドは怒り狂った。また思うようにいかない。あの男の心が欲しい。
アルグレッドは心の声に耳を傾けた。
(媚薬というものがある)
(男が気持ちよくなるだけの、素敵な薬)
(薬が効いてきたら、心を操るの)
(閨での、男を蕩けさせる方法も教えてあげる)
朝起きると、ドレッサーの引き出しに見慣れぬ小瓶が入っていた。
アルグレッドは、サバートが義務のようにやって来た数日後の夜、薬を盛った。
激しい夜にアルグレッドは歓喜した。本来はこんなに熱くて執拗な男だったのかと、打ち震えた。
心の声が教えてくれた作法通りに、自ら腰を振ってサバートに奉仕した。心を操る術も何度もかけた。サバートがだらしなく喘ぐ姿を見て、この男を手に入れたと確信した。男が堪えきれずに果てるのを、恍惚となったアルグレッドはゾクゾクしながら見つめていた。
ああ、チョロいわ。こんなに簡単だったなんて。
さらに男をもてあそばんと考える頭の隅で、「きゃはははは!」という誰かの高笑いがずっと響いていた。
アルグレッドが出産するまでには、かなりの時間がかかった。何度か流産も経験した。まさか三十歳を越えての初出産になるとは思っていなかった。
しかもかなりの難産だった。アルグレッドは激しい痛みに、何度も気を失いかけた。生まれたのは、可愛らしい王子だった。
王子が生まれた瞬間に、アルグレッドは今まで気にもかけていなかった存在に気づいた。
サバートの年の離れた妹、ラヴィリアである。
このまま順当にいけば、生まれた王子は王位継承権一位であり、次期国王になる。そしてアルグレッドは国母となるのだ。
だが、この子に何かあったら。次の王は王位継承権二位を持つ、ラヴィリアになってしまうのだ。流産を経験し、何より難産だった自分は、次の妊娠は危険だと医者に言われていた。もう一人王子を望むのは不可能に近い。
絶対に嫌だ、とアルグレッドはたまらなく不快になった。ラヴィリアという義妹は、ただちょっと整った顔の娘だと思っていた。
しかし、ラヴィリアの身長が伸び顔が大人びてくると、どう見ても他と比較できないほどの美しい娘となっていた。傾国の美女というのは、こういう女のことを指すのかと思い知らされた。腹の底からドス黒い悔しさが沸き起こるなど、初めてのことだった。
アルグレッドは義妹に嫉妬した。美しさでは勝てない、と思わされたことが彼女のプライドを激しく傷つけた。
アルグレッドは以前から監視のために、ラヴィリアには自分の侍女を付けていた。付与魔術の使える、薬の知識のある侍女である。
心の声が囁く。
(あの子を見たくないんだったら、王族に近寄れなくしてしまえばいい)
(王族に近づくと熱が出るとか、ブツブツが出ちゃうとか、吐いちゃうとか。そういうのいいんじゃない? きゃははっ)
(薬を使ってね、魔法陣なしで魔法を掛けられる、古い術があるの)
(そうしたら、きっと病気だとみんな思うわよ)
(そうそう。もっと古い魔法で、一生その魔法が持続する術もあるのよ。その方法はね……)
アルグレッドは侍女に付与魔術を使わせた。王族に近づけば直ちに発病させるように指示を出す。この侍女の親族はアルグレッドが保護している。人質がいるとは、なんと使い勝手のいい侍女だろう。
さらに、『王族接触拒絶症』という、都合のいい病を作り出した。宮廷医は金と魔法であっさり意のままとなった。病の名を聞いて、義妹は崩れ落ちたという。いい気味だ。
心優しい王妃として、ラヴィリアには静養を薦めた。山奥の別邸にだ。
あそこは、大昔に手強い魔物が封じられた土地である。今も魔物から邪気が溢れ出しているだろう。ひ弱そうな娘など、それに当てられて、衰弱して死んでしまえばいい。もちろん、徐々に生活活動費などは減らしていく。飢えて死ぬか、弱って死ぬか、楽しみなものだ。
――ラヴィリアは死ななかった。
侍女からは、ラヴィリアが狩りをして自分で食べるものを調達している、という信じられない報告が上がってきた。
何度か刺客も送ったが、生きて帰って来るものはいなかった。毎回ラヴィリアにたどり着く前に、何者かに殺されるらしい。しかも壮絶な殺され方をするという――まるで殺すことを楽しんでいるかのような。
アルグレッドはイライラと爪を噛んだ。王族生まれで王族育ちの娘が、平民の真似事をして生き延びるなど予想外すぎた。しかも雇った殺し屋は全て使えない。腕の一本すら落とせないなど、無能すぎる。
ラヴィリアなど、さっさと死ねばいいものを。
そのうちに、パルカ王国から領地争いを吹っかけられ、マリ王国はスファルト王国から軍糧を買い入れ、多額の借金を背負うことになった。
サバートは、アルグレッドに心を操られてから、精彩を欠いていた。家臣から不満の声が上がっているのを、アルグレッドですら感じていた。
だが、女に政治向きのことなど分かるわけがなく。不甲斐ない自分の夫にまたイライラさせられた。こんな男のはずはなかった。いつの間にこれほど落ちぶれたのか。
心の声はアルグレッドに囁き続ける。
(スファルト王国の王子に、ラヴィリアあげちゃえばいいじゃない。借金のカタにしてさ)
(あんな子、この国ではいらないんだし)
(『王族接触拒絶症』を隠して、あの侍女をつけて王子に押し付けちゃえば?)
(あのお綺麗な顔して、向こうで王子の前でゲロ吐くのよ、きゃはははっ。楽しみね)
アルグレッドはその晩、薬と魔法で朦朧となったサバートに、裸の胸を押し付けながら囁いた。
「ねえ、ラヴィリアのお輿入れを決めてあげてはどうかしら?」
うっわ怖え女、と思っていただけたら、成功です。