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姫、ぶっちゃける

「ラヴィリア姫の生活を支えることは俺にはできません。姫殿下に相応しい環境を提供するには自分の稼ぎではとうてい追いつきません。自分と部下二人食ってくのがやっとの状況です。

お願いします」

「「「 お帰りくださいお帰りくださいお帰りください 」」」



……これ、悪霊退散。除霊するときのやつ。


ラヴィリアは三つの合掌と三つの下げられた頭を見ながら無になっていた。目が白目になってなければいいなと切に思う。


思っていたのと、違う。

違うぞ。

違いすぎる。

大国のキラキラアイドル王子にお輿入れ、ってみんな言ってなかったか?

国民、特に女性から絶大な支持を受ける麗しの王子様ではなかったのか?

そのつもりで来たし、覚悟もしていたのに。


覚悟。


そうだ。

そういえば、覚悟していた。

覚悟していたのだ。


ラヴィリアは土下座しながら合掌しているエドワードの手を取った。驚いて目を剥くエドワードには構わずその手を撫で、そのままぎゅっと握ってみた。チョコレート色の髪と目をしたエドワードの、きらきら王子の顔が驚愕から羞恥で赤くなっていくのを、ラヴィリアはじっと見ていた。


「……わたくしもぶっちゃけさせていただいてよろしいでしょうか、いえぶっちゃけます」

「いや、清楚な姫がぶっちゃけとかって………………はい、なんでもないです。お続け下さい」

「……わたくし、病を患ってまして。王族の方と触れ合うことができない体質なのです」

「……は?」

「宮廷医師に『王族接触拒絶症』と診断されています。王族に近づくと吐き気や頭痛、ジンマシンなんかが出るのです。マリ国王であるお兄様や王妃様、甥である第一王子にも近づくことができませんでした」

「……」

「ですけど、エドワード王子に初めてお会いした時、症状が出なかったように思うのです。今もほら」


ラヴィリアはエドワードと繋がれた手をかざして見せた。自分の肌には発疹など現れず、吐き気や頭痛もない。エドワードに触れても『王族接触拒絶症』の症状が出ていないのだ。


「この度の婚姻で最も懸念していたのはわたくしの病でした。触れられもしない女性など結婚相手として迎えられないでしょう。お手打ちになることも覚悟しておりました」

「ラヴィリア様、油断は禁物です。ほら、少し症状が出てきていますよ」


カナメがラヴィリアの手を取ってエドワードから距離を置かせた。カナメが触れた所がうっすらと赤くなっていた。確かにわずかに症状が出るようだ。

ラヴィリアは少し眉を寄せて赤い肌から目を逸らせた。


「それでもこの程度の症状ですもの。王妃様に触れられた時は吐き気で立ち上がれなかったんですから」

「ラヴィリア姫……」

「一番の懸念は無くなりました。

さらにぶっちゃけます。わたくし、ここに来る以前は、山奥の別邸で自給自足生活を送っておりました」

「はあああ?」


エドワードたちが目を見張っている。それはそうだ。深窓の姫君としか見えない華奢で清楚な容貌のラヴィリアが自給自足で生きられるとは思えない。

ラヴィリアは立ち上がって拳を握った。

少し開き直ったとも言える。


「もちろんエドワード王子の元へお嫁に行けば白パン食べ放題だとは思っていましたが」

「……白パン食べ放題?」

「食べられなければ食べるものを探せばいいのです。作り出せばいいのです。わたくし、そうやって四年間生き延びたのですから」

「えー……」

「生き残るために、まずは現状をより詳しくお聞かせください」

「か、かしこまりました」

「こちらの現状もつまびらかにさせていただきます。嫁入り道具くらいで大したものは持ってきておりませんが……」

「ラヴィ、探したぜー」


唐突に床から黒い頭が生え出てきた。

エドワードたちは突然のことに壁までずり下がりへばり付いた。

闇色の髪と瞳を持つブラッドが、床に手をついてせり上ってきた。

ラヴィリアは呆れたようにブラッドに声をかけた。


「床からではなくドアから入りなさいと、何度言ったら分かるの、ブラッド」

「ドア開いてたぜ。ノックできねえし」

「だからって床から入る理由になりません」

「じゃあ今度は天井からにするか」

「やめなさい。コウモリみたいよ」


ラヴィリアは壁に張り付いているエドワード王子たちに、ブラッドを示した。ブラッドは得意げな顔で優雅に一礼する。


()()()()()()のブラッドです。マリ王国で契約を交わしたのですわ。ブラッド、ご挨拶を」

「うむ。

我は地獄の悪魔。悪魔のブラッド・ロックスであ…………」


ラヴィリアが渾身の力でブラッドの口を両手で封じた。悪魔って言った! 今、言ってはいけない単語をいきなり言った、このバカ悪魔!

 悪魔と契約したなんてバレたら、拘束軟禁断罪断頭までまっしぐらじゃないの!

壁に張り付いた三人が、ブラッドに注目している。マズイ、ブラッドが悪魔だなんて知られてはマズイ!

ラヴィリアはブラッドの口をぎゅうぎゅう押し込みながら必死で考えた。


「地獄の……」

「悪魔?」

「上位精霊ですわ! 闇の上位精霊ですの、ねえ、ブラッド!」

「はあ、ほーいえばほんなことひってたっけ」

「そこんとこちゃんとしなさい、わたくしの命に関わるって言ったでしょー!」

「らひぃ、魔力食ってひい?」

「話を聞きなさい! というか、わたくしの手を舐めないの、気持ち悪い!」


ラヴィリアがブラッドの口を塞いでいた手を離してパチンと叩くと、ブラッドは嬉しそうに笑った。相変わらず悪魔の喜ぶポイントがわからない。美形な笑顔がムカつくが、それどころでは無かった。全力でブラッドのことを誤魔化さなければ。

ラヴィリアはブラッドを背中に隠して……隠しきれるような大きさではないのでただ単に背に回しただけだが、早口で言い訳を口にした。ブラッドがラヴィリアの背後で、てへぺろなポーズを取っていることには気付いていない。


「エドワード王子、これは闇の上位精霊ですの。決して悪魔的なアレではありませんの」

「あー………………はい」

「悪魔……闇の上位精霊…………はい」

「そういうことですから、教会に連絡とかそういう危険な行為をされますとわたくしちょっと焦るというか慌てるというかどこに逃げたらいいのか見当もつかず」

「はい」

「無害で役に立たない卑猥な精霊なだけなんです。わたくしのいうことはちゃんと聞きますしわたくし以外の言葉はこれっぽっちも聞きませんけど取って食うようなこともしませんからだから……」

「誰にも言いませんよー」



カルロスが穏やかに笑みながら体勢を戻した。エドワードの手を取って立たせてやっている。あんなに突然ブラッドが現れたにも関わらず、カルロスとマシューはエドワードを庇うようにすぐさま前に出ていた。過去に幾度か襲撃の経験があるとこを偲ばせる。

警戒を解かないラヴィリアに、カルロスは苦笑した。深窓の姫君の姿をした、頭が切れて潔が良いお嬢さんだ。エドワードの重荷どころか現状を突破する起爆剤にもなり得る。しかも、悪魔(?)を従えているとは。


「教会に行くなんて面倒臭いことしません。生きていくだけで精一杯なもので。ね、エディ?」

「……ああ。

 それに、闇の上位精霊、なんですよね」

「そうです! ()()()()()()()()()()ですから!」

「じゃあなんの問題もないです。どちらかというと、あなたを食わせてくことができないという俺の不甲斐なさの方が問題で……」

「それはさほど問題ではありませんわ」


ラヴィリアはさらりとエドワードの言葉を受け流した。

入口から覗く深い森を振り返る。若干目が煌めいているのは気のせいか。


「森があれば食べてはいけます。見たところ手付かずですわよね。おそらく罠を仕掛ければすぐにでも獲物はかかります」

「……へ?」

「警戒心の薄い動物は楽勝でしょう。あとは森の中でキノコポイントと野草ポイントを探します。木の実も要チェックですわね」

「はい……? え?

 キノコポイント?」

「森があるなら食べるだけならなんとかなりますの。でもそれだけじゃいけないんですの、わたくしたち」

「ラヴィリア姫……」

「事情がある……ありまくるのはお互い様ですわ。

 それでも生きる術があるのなら。生き抜きましょう、エドワード王子」


輝くアイスブルーの瞳で挑むように破顔する彼女を、エドワードは呆気に取られて見つめることしかできなかった。自分の部下にも明かしていない重荷とプライドを、彼女も確かに持っている。


自分の中の誰にも分かち合えない芯の部分が、ラヴィリアという存在に共振するのを、エドワードはその時感じていた。




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