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クアトロ・ステラ  作者: 赤月白羽
第一章 駆け出し二人と巨大猪
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駆け出し二人と巨大猪 ~中編~

#9『駆け出し二人と巨大猪』中編


 白い衣の女性は地につきそうなほど長い金の髪を陽光に輝かせ、どこか冷たさを感じるような無表情で無言のまま、呼吸も荒く草の上に寝そべるハンスの横に膝をついて容体を確かめた。そしてハンスの背中に腕を回しながらレーナに視線を移し、静かな声で言った。


「傷口を水に浸すから手伝って」


 レーナは理由がわからず逡巡したが迷っている暇はないと、ハナの知り合いだろうからということで今は女性に従うことにして反対側からハンスの背中に腕を回し、女性と二人でハンスを脚から静かに湖に沈めながら脇腹の傷口まで水の中に浸からせた。


 白衣の女性はハンスの脇腹の傷口から少し離したところで撫でるように手を動かしながら、奇妙な抑揚で聞いたことのない言葉をつぶやく。


 するとそれまでハンスの血がにじみ出していた水から赤みが薄まり、元の透明さが戻ったときには傷口から流れ出していた血が止まっていた。そして苦し気に呻いてたハンスも吐息を漏らしながら強張る身体から力を抜き、固く閉じた瞼をゆっくりと開いた。


「とりあえず傷は塞ぎましたが、まだ無理をしてはいけませんよ」


 女性はハンスにささやくように語りかけ、レーナは奇跡のような出来事を目の当たりにして感嘆の吐息をつく。


「わたし、魔法を初めて見た……今のが治癒の魔法?」


 女性は尋ねるレーナに首を振り、淡々とした口調で答えた。


「私は水の眷属なので水の力を借りて、この子の自己治癒の力を増幅させて傷を塞いだにすぎません。豊穣の使徒や癒しの魔法を得意とする魔術師なら傷を治すことができたのでしょうが」


 女性の言葉にハンスは首を捻った。


「もしかしてあんたは水の妖精かなんかなのか? すげぇな。ハナは妖精とも知り合いなのか」


 ハンスの質問に女性は眉をひそめてひどく嫌そうな顔でハンスに言った。


「あなた方はそのように、よく私たちをあやかしや魔物のような類と同じくくりで呼びますが、非常に不愉快です。失礼にも程がある」


 レーナは戸惑いながら女性に詫びた。


「決して魔物と同じ括りにしたつもりは……。失礼な言い方に聞こえたのならごめんなさい、他に呼び方を知らなかったの……あなたをどの様にお呼びすればいいのかしら?」


「ただニーナと。……まぁ、あなたの謝罪に誠意を感じるので、あなた方の無知に今回は水に流しますが、今後は私たちには先ほどのような呼び方をしないように。何をされても文句は言えませんよ」


 不満顔で何か言いたげなハンスの口を手で塞ぎながら、どこか取り繕うようにレーナが女性に感謝を述べた。


「えっと……ニーナさん、ハンスを助けてくれてありがとう。もしかして物陰から私たちを見ていたのはあなた?」


 ニーナは小さくため息を吐いて頷いた。


「やはり気付かれてましたか……ハナのようにうまくは出来ないということね……。先日、夜中に呼び出されて装備を届ける用と共にハナにあなた達を護るように頼まれました。自分がいなくなった後、恐らく二人でギガスボアを狩りに行くだろうから、自分の代わりに狩りを手伝ってくれと」


 ハンスとレーナは自分たちの行動を見透かされていたようで気まずい思いで顔を見合わせ、レーナは非難するようにハンスを睨み、ハンスはごまかすように頭を掻きながらバツの割るような笑みを浮かべる。

「じゃあ、あんたは俺たちの狩りを手伝ってくれるのか?」


 ニーナの方を向き直ってハンスが期待を込めた目で尋ねると、ニーナは感情の読めない表情でハンスを見据えた。


「ハナに頼まれたからあなたたちを助けましたが狩りを手伝う気はありません。対抗する武器を手にしたところで狩れるほど魔獣狩りは甘くはないんです。ハナもその辺りをしっかり教えるはずだったと思うんですが……まったくあなた達は……」


 苛立たしげに首を振ると、ニーナは二人を見据えて言葉をつづけた。


「手伝いはしませんが助言はさせていただきます。魔獣を狩る時は、まず相手の特徴を調べなさい。魔獣は普通の獣と違い、必ずと言っていいほど特殊な能力を持っています。炎を吐くもの、雷撃を放つもの、猛毒を持つものなどです。

 そういった特異な能力がなさそうでも、姿を負うのが困難なほど素早かったり、巌を一撃で粉砕するほどの力を持つものが普通に存在します。そのような相手の特徴を知り、それらへの対処法を備えたうえで狩りをするのが魔獣狩りの定石です」


 ニーナは言葉を切って二人を見た。レーナだけでなくハンスまでも軽率な行動を自覚して俯くのを確認すると、軽く咳払いして言葉をつづけた。


「幸いギガスボアはほぼ獣に近い知性と能力の魔獣です──それ故、ハナはあなたたちに狩らせてもいいと思ったのでしょうが──相手の動きを見極め、自分たちの持てる力を駆使して討ち取って見せなさい」


 そう言うとニーナの姿は霞のように消えてしまった。


「え……消えた?」


「いえ……気配はするし視線は感じる。たぶん私たちを見届けるつもりなんでしょうね」


 戸惑いながらニーナの姿を探すハンスに、レーナはニーナが消えたあたりから少し離れたところを見据えながら言うと、ハンスはなるほどと得心が言った顔をする。


「なら、俺たちだってできるって証明しなきゃな」


 そう言ってハンスはツヴァイハンダーを掴みながら立ち上がった。


「だからって無茶はダメよ。また傷口が開いちゃうでしょ」


 レーナが不安の滲む目でハンスを睨みながら咎めるとハンスが悪戯っぽい目で笑みを浮かべ、二人が湖に来るときに辿った獣道へ視線を移すと、そこにはギガスボアが湖のほとりに歩いてくる姿が映っていた。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「一撃だ、一撃で仕留めて見せる」


「何か策でもあるの?」


 ツヴァイハンダーを担ぎ上げてギガスボアを見据えるハンスに、素早くアーバレストに目を走らせ具合を確かめながらレーナが聞いた。


「足止めできないまでも、奴の突進を押さえて動きを鈍らせることが出来りゃあ、俺が何とかする。さっきのドカンってよろめかせたやつ。アレ、もっかいできないか?」


 足元で膝をつきながらアーバレストの弦を引くレーナを見下ろしながらハンスが尋ねると、レーナが顔を曇らせる。


「小屋にあった素材で作れたのが二発。さっき一発撃ったから、残り一発しかないわ。貴方のフワッとした作戦で使うには、どうも使用をためらってしまうわね……足止め出来たら、本当に一撃で仕留められる自信はあるの?」


 レーナがジト目でハンスを見上げると、ハンスは自信に満ちた笑みを返し、ため息を吐いてポーチから先端の膨らんだ妙に長いクロスボウのクォーレルを取り出してベルトに挟み込み、次に球状の弾を二つ取り出して一つを装填すると一点に狙いをつけて発射した。弾は湖畔の草原の一点に命中した途端、弾けて黄色い飛沫を上げると周囲の草原を黄色く染め上げた。


「私も支援するから、あそこに誘い込んで」


 そう言うとレーナは次弾を装填しながら近くの茂みに身を隠した。


「任せとけ」


 ハンスはレーナがマーキングしたポイントを中央に置き、ギガスボアと対峙した。しかしレーナが撃ち込んだ塗料を警戒してか、低くうなるばかりで向かってこない。


(いっちょ前にその程度の知恵はあるってわけか)


 ハンスは大剣を肩に担いだままマーキングポイントを迂回するようにしてギガスボアににじり寄り、半ばまで来たところでギガスボアもにじり寄って来た。ハンスは方向を変えてマーキングポイントに近づいていくと巨大猪は再び足を止める。


(厄介だな……)


 ハンスはどうしたものか思案していると、茂みからクロスボウの弦の音がしてギガスボアの脇腹にクォーレルが突き刺さった。

 突然の激痛に驚いたギガスボアは、飛び上がって矢が飛んできた方向──マーキングポイントの向こう側──に向き直って前かがみになって突進態勢になった。この機を逃さずハンスはレーナのいるであろう茂みとギガスボアの間に入った。


「オラ、来いよ!! こっちだ!」


 ハンスが左手で手招きするように挑発しながら叫ぶとギガスボアはハンスめがけて突っ込んできた。ハンスは体を少し脇にずらしながら大剣を下ろして脇に構え、いつでも震えるように身構える。


 ギガスボアがマーキングポイントを通過しそうになった時、茂みの中からクロスボウの弦が空を切る音が聞こえて先端が異様に太い矢がやや弧を描くように飛び、ギガスボアの頭部に直撃した途端に鈍い爆発音とともに赤い爆炎が巨大猪の頭部を包み、次の瞬間には悲鳴を上げたギガスボアとハンスを白煙が包み込んだ。


 ハンスは気合と共に大剣を振り上げて白煙を切り裂きながらギガスボアの脇腹をえぐり、そのまま回転しながら大剣を振り下ろして剣先が大地を穿った時にはギガスボアの首を切り落としていた。

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