狩りへ ~前編~
#6『狩りへ ~前編~』
ハンスたちが武器の練習をしているあいだに雑貨屋で狩りに必要な備品を調達し、注文品の進捗を確かめに工房に向かった。
その途中、広場を横切ったとき村長が手招きするのが見えたので酒場のテラスに足を向けた。
「──狩りなら行きませんよ?」
ハナは村長の前に座るなりクギを刺すように言うと、村長は白い眉を寄せて渋い顔をする。
「まぁ、話だけでも聞け……ここより南に少し行ったところのクルーゼ村で家畜がクリーチャーの被害を受けての、ビーストハンターに討伐を依頼したんじゃが返り討ちにあって重症を負ったらしい」
「相手は?」
「大型の黒いネコ科の獣に似たやつらしいから、恐らくナハトクーゲルじゃろう」
村長の話を聞いてハナは顔をしかめた。
「厄介な相手だけれど対処を知っていれば何とかなる相手だし、それなりの腕前のハンターならやられる相手でもないと思うのだけれど……。なんにしても私は休養中なので、他のハンターに要請してもらえます? 一応、心に留めてはおきますね」
悪戯っぽく笑ってハナが話に終止符を打った時、遠くから木を激しく打ち付ける音が響いてきた。その音を聞いてハナは嬉しそうに微笑み、村長はじっくりと音を確かめるように静かに耳を澄ませた。
「……これは、ハンスのやつが?」
「そう。なかなか素質ありますよ」
妙に得意げに答えるハナに対し、村長は長いあごひげをしごきながら意地の悪い笑みを浮かべた。
「あやつは子供の頃から親父のリカルドを手伝って斧を振るっていたからの。力業には向いておろうよ」
「えっ……まさかレーナの父親はシャールじゃないでしょうね?」
ハンスの父親の名前を聞いたハナは顔をしかめて村長に問いただすと、村長はハナの反応を面白がりながら答えた
「ご明察。しかし幸いと言っては何だが、あの子は母親似での。母親は確かドルストラントで猟師をしていたそうじゃ」
ハナはやれやれといった感じで首を振ると息を吐いた。
「まったく……あの二人とは変なところで縁があるわね……」
二人が話していると、先ほどよりも大きな音が聞こえてき始めた。ハナが感心した次の瞬間、尋常ならざる爆音が轟き、ハナは顔を強張らせて素早く立ち上がると狩人小屋に向かって駆け出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
覚悟を決めて逃げずに処遇を待つハンスにレーナは大股に歩み寄って胸ぐらを掴み、表情のない顔でハンスを見据えて淡々と告げた。
「よく逃げずにとどまりました。しかしハナさんの所有する大切な武器を損壊させたことは大変許し難いことです。私としては怒りのままに気が済むまで貴方を叩きのめして損壊させた武器の代金を弁償させたいところですが、先ほどハナさんが支払った代金から鑑みるに私たちで稼げる金額では到底まかなえるとは思えません。なので──」
「なんだかものすごい音だったけれど、大丈夫だった?」
「ハナさん──! あの、本当に申しわけ──」
ハナに気付いて慌てて謝罪しようとするレーナを面倒くさそうに手を振ってやめさせると、ハンスの傍に落ちている。木剣の残骸を拾い上げる。
「やっぱり経年で少し劣化しているわね……。道具が壊れるほど荒っぽく扱うのはよくないけれど、何より長い間ここに放置して手入れを怠った私が一番悪いのよ。だからレーナ、ハンスを怒らないで上げて、ね」
優しく微笑みかけられ、レーナは大きく深呼吸して気持ちを落ち着けると、謝罪するようハンスに目線で指示した。
「あ、ええと、ハナ……さん、ホントにすまな……ごめんなさい」
困惑のままハンスが謝罪し、ハナは苦笑して首を振った。
「本当にいいのよ。それより怪我がないようなら、そろそろ頼んだ剣が仕上がっているかもしれないから工房に行ってみましょうか」
ハナがそう言うとレーナは先に立って歩きだし、ハナはハンスを助け起こしながらそっと耳打ちした。
「レーナ、怒ると怖いわね」
引きつった笑顔を返すハンスを見て、ハナは可笑しそうにくすくす笑うのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
工房が視界に入ってくると、仕上がったツヴァイハンダーと思しき巨大な剣が入り口横の壁に立てかけてあるのが見えた。剣を目の当たりにして二人から離れて剣に駆け寄るハンスに、レーナは呆れるようにため息を吐き、ハナは柔らかな笑みを浮かべた。
大剣は刃渡りだけで180cmはあり、柄も合わせると2mを越えそうな長さがある。幅も広く20cm以上ありそうで、普通に考えれば持ち上げることも困難な見た目をしている。ハンスが呆けたように口を開けて剣を見ていると、工房からウォルフが出てきて腕を組んで自慢げな笑みを浮かべた。
「おうボウズ、どうよ? このデカさ」
心が大剣にとらわれたかのように、ハンスはウォルフを一瞥しただけで剣に見入っている。
「すげぇよ……こんなん、持ち上げられんのかなぁ……」
ハンスが大きさに圧倒されたように弱気な感想を述べると、ウォルフは周囲に轟かんばかりに豪快に笑ってハンスの背中を激しく叩き、衝撃でハンスがむせかえる。
「んなもん、気合で振り回すんだよ。ハナんところで練習してたろうが」
ウォルフの言葉にハンスは驚いて目を見開いた。
「なんで知ってんだよ!?」
「アホゥ。あんだけでけぇ音を響かせてりゃ誰だってわかるわ! んなことより音に妙に鈍い音が混じってたな。ハンスおめぇ、ハナの剣へし折ったろ?」
「えっと、そ、それは……」
「ま、おおかた練習用の木剣を使ったんだろ? あれはハナのやつが費用をケチりやがったから、俺も適当にこしらえたやつだったからな。そんだけ構造ももろかったやつだが、初めて使ってへし折れるくらいに振り回せたんなら、こいつも扱えるさ。ただ──」
狼狽えるハンスににやりと笑いかけると、ウォルフは壁に立てかけてあった大剣を掴むと柄頭に嵌められた碧色の結晶をハンスの顔の前に突き付けた。
「こいつはこの剣の要だ。剣自体はそうそう折れることはないが、こいつだけは絶対に壊すなよ」
口調は穏やかだが凄みの利いた言葉に、思わずハンスはウォルフの顔を見た。普段は豪快だが大らかな彼が、恐ろしくまじめな顔でハンスを見つめ返しており、ハンスは気圧されるように何度も頷いた。
「ウォルフさん、あまりハンスを脅かさないでね。だいたい、その結晶自体が力を失わない限りそう簡単に壊れるものじゃないでしょう?」
いつの間にか追いついて来たハナがなだめるように声をかけ、大剣を眺めて満足そうに頷いた
「いい仕上がりね……さすがウォルフさん」
「まぁまぁ、だな。バスタードソードの方は、そろそろリオンが仕上げに入る頃だと思うぜ」
「そう、丁度良かったわ」
言いながらハナはポーチから宝石のように加工された、半透明な黄色い結晶を取り出してウォルフに差し出した。
「──これを組み込んでもらっていい?」
ウォルフはハナから黄色い結晶を受け取ると、矯めつ眇めつ眺めると、工房にいるリオンに投げてよこした。
「──仕上がりは明日になるが構わないな? ……しかし、こいつが必要になるような奴なのか?」
ウォルフの問いにハナは眉を寄せ、なんとも言えない顔で答えた。
「必要にならないことを心から祈るばかりだわ……まったく、もう……」
ハナの反応にウォルフはクツクツと含み笑いすると、思い遣るように、でもどこか面白がるように言うのだった。
「優秀な狩人さんは引く手あまただな……同情するぜ」
その後、ハンスとレーナの体に合わせて防具を選び終わると、皆の武具が仕上がるまでは特にやることもないのでハナは二人を解散させ、ハンスから大剣を預かって自身も狩人小屋に帰った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その夜──
皆が寝静まり、すべての家屋から明かりが消え、辺りには虫の鳴く声と森を吹き抜ける風が起こす葉擦れの音のみが聞こえる真夜中に、狩人小屋の扉が音もなく開いて中から人影が一つ滑り出ると、物音を立てず森に向かって駆けていった。




