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クアトロ・ステラ  作者: 赤月白羽
第一章 駆け出し二人と巨大猪
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武器の取り扱いに注意

#5『武器の取り扱いに注意』


 歩きながらハナは購入したアーバレストをレーナに渡し、ずしりと来る重みと大きさにレーナはやや圧倒される。


「クロスボウは射出武器では一番使われているもので、その中でもアーバレストはスタンダードなタイプだから使い慣れておくといいわ。弓の方が断然軽いし機敏に動けるのだけれど、身体が出来ていないうちは使わない方がいいし、レーナの要望とハンスとの組み合わせを考えるとこちらの方がベストかな」


「結構重いんですね。それにバネの力もはるかに強そうで、ちゃんと引けるのかどうか……」


「そこは慣れね。でも、普通のクロスボウが使えるなら何とかなるわよ」


 不安そうにアーバレストをいじるレーナに対し、ハナはいたって軽い口調でレーナに言うのだった。


「あのぉ……」


 おずおずとハンスが声をかけると、口元に笑みを浮かべてハナが答える。


「あなたは先ず扱えるようになる必要があるから、これから向かう小屋に置いてあった練習用のを、ね」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 三人は村の入り口近くに建っている丸太組の丈夫な作りの小屋にやって来た。村人たちの間では“狩人小屋”と呼ばれている家屋で、こじんまりとした母屋に対し、裏手にある倉庫部分の方がはるかに大きい。


 小屋は村長と一緒に住んでいて、酒場兼食堂を切り盛りしている女性、アンが定期的に手入れをしに来るくらいで誰も近づかない。子供の頃、ハンスは小屋に入ろうとして通りがかった大人に見つかり止められ、両親にこっぴどく叱られた記憶がある。


 ハナが言うには、倉庫の中には置いていった武具が納められたままになっていて、同じく置きっぱなしになっている武具や薬品に使う素材の中には有害なものもあって子供が中で遊ぶのは非常に危険なのだそうだ。

 そのようなところに入れるようになるのも、ビーストハンターになる資格を手に入れたような、どこか特別な感じがして心の高ぶりを抑えきれないハンスだった。


 しかしそんな高揚感も、小屋の中を覗き込んだ時にあまりに質素で殺風景な内装に拍子抜けし、ハナが奥の扉から倉庫に入って出てきたときに肩に担いでいたものを見て著しく落胆することになるのだった。

 それは武具工房で見たバスタードソードのような鋭い剣でもなく、レーナが受け取った強力そうなアーバレストでもなく、直径が約20cmで、2m近い長さの丸太だった。丸太の一端の中心からは金属製と思われる細い棒が突き出しており、それがつかと言えなくもないが、そうなるとこれはやたらと長いこん棒ということになる。ツヴァイハンダーとはこん棒のことなのだろうか?


「じゃあハンス、まずはこれを振るってみせてくれる?」


 丸太を示しながら言うハナはどこか面白がっているような節がある。ハンスが問いかけの視線を向けても、ハナはニコニコ笑いながら「裏に回って」と言って丸太と一緒に倉庫から持って出てきていたポーチをレーナに渡し、先に立って小屋を出て行くだけだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 小屋の裏手は背の高い塀で囲われた広い庭で、端に射撃用の的や、毛皮をかぶせた何か大型の生き物を模した人形が置かれていることから訓練場なのだろうと推測できる。


 ハナは人形の前にハンスを招き寄せ、「じゃあ、はい」と、ハンスにこん棒の柄を差し出した。ぎこちない手つきでハンスが柄を握るとハナはこん棒を肩から降ろして言った。


「構えて見せて」


 ハンスはため息を吐き、腕に力を込めてこん棒を持ち上げようとしたが、ずしりと重くて持ち上がらない。見た感じでは丈夫な柵の支柱に使うような細めの丸太なのに、鉄か何かのようにやたらと重い。


「それは練習用で、実際の狩りに使うものはもっと重いわよ」


 ハンスの心の内を見透かしたかのようにハナが言うと、ハンスは気を引き締め柄を握り直して腰を落とし、今度は腕だけでなく全身の力で持ち上げ、剣を構えるように正面に丸太を構えた。ただ、あまりの重さに構えるだけで精一杯で全く振るうことが出来ない。


 途方に暮れ、心が折れそうになった時、ハナが強い口調でハンスに指示を出してきた。


「おへその下に力を溜めて剣に意識を集中しなさい」


 ハンスがハナに目を向けると、真剣な顔でじっとこちらを見つめていた。ハンスは言われたようにしっかりと足を踏み締めると腹に力を籠め、丸太に意識を集中するとなんだか重さが和らいだ気がしてきたので、ハンスは丸太を右腰に構え、気合を込めて左へ横なぎに振るうと丸太はうなりを上げて弧を描きながら空を切った。


 ハンスは振るうことができたことに歓喜し、ハナに向き直るとハナもハンスに優しく微笑みかけ、今度はレーナを見て「試し射ちしてみましょうか」と、レーナにポーチの中のものを出すように言う。

 レーナがポーチの中を見ると、掌に乗るくらいの大きさの小さなクロスボウの矢が筒に包まったものが幾つも入っており、レーナはその一つを摘んでしげしげと眺めた。


「それがバレット。通常のクロスボウの矢の替わりに撃ち出す専用の弾よ。ビーストハンターが使うクロスボウでは矢に火薬を利用して威力を高めたものや、毒や魔結晶を組み込んだものもなども使用することから一般に使われているものと大きく形状が異なるの。

 緊急時には溝におさまる大きさならその辺に落ちている石も飛ばせるようになっているのも大きな特徴かな。

 ポーチに入っているものは小型化したクロスボウの矢をサボという半分に割った筒で挟んだだけの、速度があるけれど威力の落ちる鳥撃ち用ね──まぁ、私は横着してウサギや魚を獲る時にも使っていたけれど」


 説明するハナは最後は苦笑しながら締めると、レーナに身振りで弾を装填するよう指示した。レーナは最初、いつも通りに装填レバーを片手で引こうとして引くことが出来ずに顔をしかめたが、両手で力いっぱい引いて何とか弦を引いて弾を装填した。


 ハナはレーナを的の正面の射撃位置に立たせると、自身は少し離れて夢中で素振りをしているハンスを呼んだ。


「ハンス、素振りをやめてちょっとこっちに来て。後から大事な技を教えるから、今はちょっと休憩していてね」


 ハンスが丸太を置いてやってくるとハナはレーナに正面の的を撃つよう指示し、レーナはアーバレストの重みでふらつく腕に少し顔をしかめながらも、ゆっくりとではあるがなんとか的の中心に狙いを定めた。


 引き金を引くと弦の唸りと共に弾が射出され、二つに裂ける様に別れたサボの中から飛び出した矢が的めがけて飛んでいく。

 発射時に少し腕がぶれたのか、小さな矢は的を少し外れて後ろの塀に突き刺さった。ハナは苦笑しながら「まぁ初めて撃ったにしては上出来」と慰め交じりの賞賛を送り、ハンスを見れば全身で笑いを堪えながらレーナを見ないようにしている。


 レーナはハンスを睨みつけると無言でアーバレストに次弾を装填し、今度は腰を落として片膝立ちになった。立てた膝にアーバレストを支える腕の肘を乗せてしっかりと保持し、気持ちを落ち着けて狙いを定めて引き金を引き、発射された弾は見事に的の中心に突き刺さった。


「お見事!」


 ハナは笑顔でレーナの腕前を賞賛し、ハンスは口を半開きにしながらレーナと的を交互に見る。そして対抗意識が芽生えたのかレーナと交代すると何度も的を外し、10発目でようやく的の端に当てることが出来たのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ハナはレーナに適当なところで休憩するように言うと、ハンスを促して人形のところに行くと丸太を担ぎ上げてハンスに説明する。


 「ツヴァイハンダーを代表とする大剣はその質量を活かした重い攻撃が特徴だけれど、反面、一撃を放った後に大きな隙が出来たり、その重さに振り回されてバランスを崩してしまいやすいの。今からそれを克服する一例を見せるけれど、完全にできる必要はないし、自分なりのやり方を見つけてみてね」


 右後方に丸太の先端を地に着け、柄を握った右手で無造作に丸太を支えたまま「では」と言ってゆったり腰を落とし、左手も柄に添えると途端にハナから漂っていた和やかな雰囲気が消え、張りつめた空気に息がつまりそうだった。そして微かに土を引っ掻く音がきこえてそちらを見ると、地についたままの丸太の先端が小刻みに震えている。

 ハンスが何事かと思っていると、ハナはハンスが苦労して持ち上げた丸太をやすやすと振り上げながら人形に激しく丸太を叩きつけ、片足を軸に回転しながら円を描くように丸太を振り下ろして人形に叩きつけ、さらに丸太の先端が地面につかないうちに軸足を変えながら横に薙いで丸太を人形に叩きつけようやく回転をやめ、弧を描き空を切った丸太も、先端を地面にめり込ませながらようやく動きを止めた。


 ハナが人形に叩きつけるたびに雷のような轟音をあたりに響かせ、丸太が当たる度に大きく重そうな人形は踊るように大きく跳ねまわっていた。あまりのすさまじい光景にハンスはあんぐりと口を開けたまま呆然とし、離れた場所で射撃の練習をしていたレーナは何事かと驚いた表情を顔に張り付けたまま丸太を持ったハナを見ていた。


 ハナは軽く息を吐くと、ハンスに向き直って口元に笑みを浮かべた時には先ほどまでの張りつめた気配はどこかに消え、出会った時の和やかな空気に戻っている。


「私は自在に操れるほど力がないから勢いに任せて振り回すやり方だけれど、人によっては普通に剣を振るうように切り返したり突いたりして自在に操っているから、ハンスも大剣を使い続けるなら色々工夫してみてね」


 先ほどまで丸太を激しく振り回していたとは思えないような穏やかな口調で話すハナ。轟音をとどろかせて人形が跳ね回る光景と、実演しているときの迫力とのギャップに呆然としていたハンスはおずおずと手を上げた。


「えっと……さっきから言ってるけど、大剣って……? こん棒じゃねぇの?」


 ハンスは我ながら見当違いな質問をしていると思い、ハナも聞かれた内容に一瞬戸惑いを見せる。


「ん? あぁ……。これを作る時に費用をケチったせいで剣の形に仕上げてもらえなくて、おかげでこれは木材に芯棒を突き刺しただけのただの丸太みたいな形になってしまったけれど、本来ツヴァイハンダーは立派な剣よ。まぁ、剣と言ってもすごく大きなものだけれども、ね」


 ハナはころころと笑いながら答えると「じゃあ、はい」とペンを渡すかのような気安さで、こん棒の形をした木剣の柄をハンスに差し出した。


 ハンスはぼんやりと木剣を受け取ると、人形の前に立ってじっと見つめながら、よくまあ破壊されなかったものだと意味もなく心の中で人形の丈夫さを讃えた。そして木剣を見つめながら、要求された無茶ぶりに途方に暮れていた。


「早くしないと日が暮れるよ」


 お気楽な口調でハナが急いてくる。ハンスはため息を吐くと腹に力をため、意識を集中させて木剣を構えた。先ほど自分で木剣を振るう時に感じた手ごたえとハナがやっていたのを見て思ったのは、ハナが意識を集中したとき木剣がそれに呼応して振動していたのではないか、ということだ。この剣にも何らかの力が宿っていて、意識を集中してその力を呼び起こすのかもしれない。


 どういった原理か分からないしハナほどの効果はないかもしれないが、間違っていなければ似たようなことが出来るはず。ハンスは先ほどよりも剣にしっかり意識を集中してみると、先ほどよりもなお剣が軽く感じられた。手ごたえがあったことに嬉しくなったハンスは集中が途切れ、その途端に再び剣が重みを増して支えきれなくなり、危うく取り落としそうになった。


「惜しい!」


 ハナが残念そうな、それでいて妙に嬉しそうな声を上げる。


「レーナも優秀だと思ったけれど、あなたも中々のものね。剣が目を覚ます前に意識が途切れたのはまずかったわね。今の感覚でもうちょっと集中してやってみて」


 ハナは頑張ってねとハンスの肩を叩き、何がどう良かったのか分からず、ハンスは戸惑いながら引きつった笑顔を返すのだった。


「さて……ハンスも何とかなりそうだし、私は防具や備品などで足りないものを見繕ってくるわね」

そう言うとハナは二人に手を振り訓練場を後にした。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ハナの姿が見えなくなると、レーナはアーバレストの装填をどうにか早くできないかとあれこれ試しており、ハンスも練習を再開することにした。


 木剣を構えて意識を集中しているとだんだん剣が軽く感じられ、集中が途切れないよう気をつけながらさらに継続して意識を集中していると、まるで自分の意識が触手となって剣の中枢を這い伸びていくように感じた。

 そして意識の触手が剣先から少し下がった、力の一番かかりやすい辺りに木剣の素材である木でも金属でもない、脈動する何かの感触に触れた時、“ソレ”が目を覚まして動き出したように感じ、同時に木剣が小刻みに振動を始めた。


 木剣の振動は、驚いたハンスが集中を途切れさせてしまってもやむことはなく、剣の重みが戻ることもなかった。確かな手ごたえを感じたハンスは木剣を右脇に構えると鋭く左に斬り上げて人形に叩きつける。しかし、人形はハナがやったように跳ね上がることはなく、鈍い音を響かせるだけに終わった。


 小さく舌打ちすると、ハンスはもう一度右脇に構え、足を広げてしっかり踏ん張ると気合を込めて左上に切り上げ、今度はそのまま左下から右上、右下から左上と8の字を描くように何度も人形に斬りつけながら、次第に勢いを増していく。


 やがて人形が地面から跳ね上がりそうになったとき、ハンスは体を回転させて円を描きながら木剣を力いっぱい人形に叩きつけると、ハナが切りかかった時よりも激しく大きな轟音をあたりに響かせ、人形の足が地面にめり込んだ。


 何度も木剣で切りかかって軽く興奮し、木剣の扱い方をモノにしたような達成感で呼吸を荒げながらハンスがレーナの方を見ると、彼女は驚愕して凍り付いたように固まったままハンスを見ていた。

 ハンスが自慢げに笑みを浮かべながらレーナを見つめ返していると、彼女の顔から血の気が失せ、次いで表情が消える。


 レーナの反応にいぶかしみながら、ふと未だに木剣が軽いことに気付いたハンスは、両手に掴むものを見てすぐにレーナの反応の理由を理解し、そして青ざめた。

 軽いままなのも当然で、木剣は中ほどが粉々に砕けて無残に地面に転がっており、ハンスの手に残るのは芯棒となった細い金属の棒だった。


 そして棒の先端から少し下がった辺りには脈動するように碧色みどりいろに光る半透明の結晶がめ込まれており、ハンスが見ている前でそれは次第に脈動する光が弱まっていき、やがて光が消えて軽い音を立てて粉々に砕け散った。


 結晶が砕けるのを呆然と見つめていたハンスは、再びレーナを見た。先ほどから血色は若干戻っているものの、表情が消えて冷ややかな目でハンスを見据えている。


 過去の経験から、こういう時のレーナは何より恐ろしい。恐ろしく、今すぐ逃げ出したかったが、そうなると余計に状況が悪化するのも、そもそも逃がしてもらえないことも過去から経験していた彼は、ただ一言こう言った。


「……ごめんなさい」


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