狩りへの一歩 ~武器選び~
#4『狩りへの一歩 ~武器選び~』
村の中ほどにある広場までやってくると片隅に小さな酒場があり、そのオープンテラスに設置されたテーブルの一つに真っ白な長い眉毛と髭のせいで表情が分かりにくい小柄な翁が、ひとり手酌で酒を飲んでおり、ハナは真っ直ぐその老人のテーブルに向かう。
「久しいの、ハンター殿。また村に滞在なさるかね?」
老人はハナに気付くと、ニンマリ笑いかけてきた。
「こんにちは、お久しぶりです村長。またしばらくご厄介になりますね」
ハナも老人に笑みを返す。
「あと、以前お譲りいただいた剣なのですが、もう使うことがなくなってしまいまして、倉庫で眠らせておくのも忍びないのでお返しに参りました」
と、背中の荷物から細長い布巻の包みを取り出し封を解く。現れたのは細身の刀身で、開いた翼の意匠の鍔がついた見事な片手剣だった。
村長は興味なさそうに剣を一瞥すると、盃の酒をあおる。
「わしももう使うこともないからの、いらんと言うのならまた岩のところに突き刺しておいてくれ。いずれ誰か欲しい奴が引き抜いて使うじゃろ」
「イヤですよー、せっかく修復してしっかり手入れもしてあるのに、またあんなところに放置なんて」
投げやりな村長に苦笑するハナ。
「とりあえず、酒場に飾っておくなりして保管しておいて下さいよ。手入れは武具屋さんにやって貰えばいいんだし」
そう言ってハナは酒場のカウンターにいる娘を呼ぶ
「アン、この剣どこかに飾っておけない?」
呼ばれたカウンターの娘は、トレイにジョッキと白身魚のムニエルを乗せてやってくる。
「ご無沙汰してます、ハナさん。確かにお預かりします……でも、酒場に飾って酔っぱらった人が持ち出して振り回すと危ないから、武具屋さんのところに預けておきますね」
そう言ってジョッキとムニエルの乗った皿をハナの前に置き、剣を受け取る。ハナは置かれた料理に相好を崩しながら席に着いた
「ちょうどお腹空いてたのよ。アンったら、私の好物、憶えていてくれたのねぇ……あなた達もお昼がまだだったら一緒にいただきましょ」
ハナはハンスとレーナを手招きし、二人は戸惑いながらハナの向かいに座った。
「──ところで、またあの小屋を使わせてもらおうと思うんだけれど、いい?」
ハナはジョッキに注がれた琥珀色のエールを旨そうに喉に流し込み、アンと呼ばれた酒場の娘に尋ねた。
「えぇ、もちろん。綺麗に掃除してありますので、直ぐに使えるようになってますよ」
にこりと笑ってアンは一度カウンターに戻り、ハンスとレーナの分の飲み物を持ってくると「料理はもう少し待ってね」と言ってまたカウンターの奥に戻って行く。
三人は村長を交え、歓談しながら少し遅めの昼食を摂った。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「──さて、ギガスボアを狩るための準備をしましょうか」
食事を終え一息つくと、ハナは銅貨を十数枚テーブルに置くと村長に別れを告げ、二人を促して席を立った。
「……ハナさんがいるから、別にわたしたちがやる必要はないんじゃないですか?」
レーナの言葉にハナは苦笑する。
「私は養生のためにここに来たの。武具は街に置いてきちゃってるし、狩りをするならここで武具を調達しなければならない。そうなったら装備の性能は、あなた達が使うものも私が使うものも同じ物。だったら私が村を去った後でもあなた達が狩猟に出られるように、私が補佐しながらあなた達にビーストハンターの基礎を教えた方が良くない?」
「さっきの剣を使われては?」
レーナの質問にハナは静かに首を振った。
「あれはもう使うつもりがないからこの村に返しに来たものよ。もしあれを使う人がいるとすれば、それは私以外の別の人……あぁ、村長も使わないって言っていたわね。となると、使う人を待つか、使う人を育てるか、ということになるのよ……。できれば、村の為に動いたあなたたち二人のどちらかが使うようになってくれると、私は嬉しいかな」
ハナは優しく諭すようにレーナに言う。レーナはハンスをチラリと見て小さくため息をつき「分かりました」と呟くように肯定するのだった。
「まずあなた達の武器を選びましょうか。使ってみたいものってある?」
鍛冶屋に向かいながらハナが問う。
「俺はでかい一撃が放てるのがいいかな。チマチマやるのは性に合わないし、ここぞって時に頼れる武器がいい」
ビーストハンターとしての一歩を踏み出せる高揚感に目を輝かせてハンスが答える。
「……私は前に出て戦うつもりはないし、コレに似たものがあれば直ぐに慣れるだろうから、そういうのが有ればそれでお願いします」
所持する弩を見せながらレーナが答える。
「そうね……ハンスの希望と二人の立ち位置を考えると大剣がいいとは思うけれど……」
どことなく躊躇するハナ
「レーナにはクロスボウでしょうね。とは言っても、今持っているそれよりひと回り大きくて強力なものになるけれど」
話しているうちに鍛冶屋に到着した。工房では二人の男が作業をしており、一人はゴツゴツした顔に褐色のボサボサの髪と顎髭を生やし、まるで獅子を思わせる顔立だった。筋肉量も体格も通常の成人男性を大きく凌駕し、まるで巨人かと疑いたくなる体格で、見た目からは想像できない精細さでトルソーに掛けた革の胴衣に金属片を縫い付けている。
もう一人は淡い赤毛を短く刈り込んだ精悍な顔立ちの青年で、身長こそ人並みだが、厚い胸板と太い腕が非常にたくましく、殆ど白に近い光を放つほど高熱に熱せられた金属に重そうな槌を振り下ろしている。
ハナは戸口から槌の音に負けない声量で、工房の二人に声をかけた。
「ウォルフさん、リオン、お久しぶり!」
名を呼ばれ、大柄な男は手を止めて戸口に振り向き、青年は槌を振り下ろす手を止めずに戸口を一瞥するとすぐに鍛えている金属に視線を落とした。大柄な男が獅子の咆哮のような大きく太い声でハナに応えた。
「おー、ハナじゃないか! ずいぶん久しいな。元気だったか」
「おかげさまで。ウォルフさん、いま出来上がっているアーバレストとツヴァイハンダー、それとバスタードソードはある?」
ウォルフと呼ばれた男は壁に設けられた棚からひと振りの剣とレーナが持っているものとは少し違った形状の弩を取り出した。
剣は刃渡り80cmの直剣で、片手でも扱いやすい長さながら少し長めの柄は両手でも扱えそうな造りになっている。弩はレーナのものより一回り大きく、より大きな矢を発射するのか、装填する溝がレーナのものよりはるかに大きい。
それらを抱えながら槌を打つ青年の作業を邪魔しないように迂回して戸口までやって来た。
「いま渡せるのはアーバレストとバスタードソードだけだな……急ぎか?」
「そうね……急いではいないけれど、お金を多めに払うから早めに仕上げてくれると嬉しいかな。それと──」
答えながらハナは背負ったダッフルバッグから鉱石をいくつか取り出して、それらを戸口脇にあるカウンターに置いた。
「──これを使ってバスタードソードを鍛え直してくれる? いまはアーバレストだけ頂いていくわ」
そう言ってハナは腰のポーチから金貨を数枚取り出しカウンターに置いた。ウォルフは金貨をしまうと鉱石を検分して吐息を漏らす。
「ずいぶん純度の高い銀とクロムだな。こいつを使えるとは、腕の振るい甲斐があるってもんだ……引き受けたぜ──ツヴァイハンダーの方はどうする?」
「そちらは基本素材だけで作ってくれる? 使い手がまだ初心者だから、いきなり強力なものを持っても扱いづらいだけだし」
ウォルフは顎髭をなでながら低くうなるとハナと一緒にいる二人に視線を移し、ハンスに目を留めるとにやりと笑って「なるほど」と独り言ちる。
「いいぜ。バスタードソードとツヴァイハンダー、日暮れまでに仕上げといてやる」
そう言うとウォルフは鉱石とバスタードソードを持って奥に戻って行き、ハナは「お願いね」と言ってハンスとレーナを促して工房から立ち去った。




