黒い翼竜と青い髪の狩人
#2『黒い翼竜と青い髪の狩人』
ゆっくりと舞い降りて地に足をつけた翼竜は、二人をじっと見つめるだけで何もしてこない。ハンスとレーナは、逃げなければと頭では分かっているのに脚がいうことを聞かない。ギガスボアの体を貫くことすらできない武器がこの翼竜に通用するとは思えないし、そもそも勝てる気がしない。死の恐怖と絶望が二人を襲う。
そんな時、不意に翼竜の背中から女性の声が響いてきた。
「驚かせてごめんなさい、ギガスボアを追い払うのにあれが一番安全だと思って」
二人が声の方に視線を移すと、フードのついた厚手のマントに丈夫そうな皮の衣服を着た女性が、申し訳なさそうに苦笑しながら小さく手を振っている。
呆気にとられたまま見ている二人を他所に、女性は翼竜の背から荷物を下ろして自らも飛び降り、その拍子に被っていたフードがずり落ち、長く青い髪が流れ落ちて陽に照らされキラキラと輝いた。
女性は髪をたくし上げると翼竜に向き直り指笛を吹く。するとそれを合図に黒い翼竜は大きな翼を羽ばたかせて飛び上がり、どこかへ飛び去って行った。
「もしかしてユノ村の?ここには狩りに?」
翼竜の巻き起こす風に飛ばされまいと堪えていた二人に荷物を拾げながら女性は尋ねてくる。風が収まり、翼竜がいなくなったことで二人は大いに安堵し、レーナが説明する
「はい。数日前からギガスボアが村の畑を荒らすので退治に。今朝から、足跡を探して、先ほど偶然、でくわして戦ったのですが、所持する武器ではまともに痛手を負わすことができませんでした」
妙な含みがある"今朝から"と"偶然"に、ハンスは「見つけたんだから結果オーライだろ」と気まずそうに口ごもり座り直す。
二人を見て女性は苦笑する。
「うーん……まず足跡は畑から辿っていけば探し回るようなことはなかったかなぁ……まぁ不慣れだと途中で見失うかもだけれども、ね」
その言葉にハンスは何かを思い付いたかのような顔をし、レーナはそのハンスを冷ややかに睨み口を封じる。
「あと、わかったと思うけれど、その武器じゃ鹿や鳥くらいしか狩れないから、ビーストハンターの武器を使わないと。もしくはもっと人数を集めるか、罠を仕掛けて捕獲しないとね」
「ビーストハンター?」
口をそろえて聞き返す二人に女性は「知らない?」と軽く驚いた顔をしたが説明してくれた。
女性の説明によると、ビーストハンターとは世界を旅する冒険者と呼ばれる人たちの一つで、ギガスボアのような魔獣──ビーストと呼ばれる大型の異形生物──クリーチャーの狩猟を生業にした人たちのことのようだ。
ビーストハンターにもいろんなタイプがおり、専門の武器を使う者もいれば、魔法など特殊な技能や能力で狩猟する者がいるという。
世界には様々なクリーチャーが存在し、それらの毛皮や骨格は非常に質の良い素材となり、丈夫な衣類や建材、機械部品などに用いられるが、ビーストの中には特殊な能力を使うものもいて、そういったものの内部器官などはさらに高度な機械部品の素材などに利用され、魔法の代替品として重宝されているため、危険な職業ではあるが、結構実入りの良い職業のようだ。
だが一方で、町や村を脅かすビーストを退治するために高額な報酬を要求されることで嫌厭されたり、定職に就かず魔物を殺戮する蛮人と蔑まされることもあるという。
「かくいう私もビーストハンターで、魔法が使えない代わりに特製の武器で狩りをしているタイプの一人よ」
そう締めくくると女性は思案顔になる
「そういえば、村に置いて行った武具に使えそうなのがあるかも……まぁなくても素材がいくつかあったかな」
一人呟くと二人に向き直る
「その武器じゃ狩りどころじゃないし、私もユノ村に向かいたいから一旦村に戻りましょ」
そう言うと自らの荷物を担ぎ直す。ハンスとレーナは顔を見合わせ、ハンスが二人の疑問を訪ねてみた。
「もしかして、むかしユノ村にいた狩人というのは、あんたか?」
女性はにこりと笑って頷いた。
「えぇ、そう。丁度あなたたちくらいの時にビーストハンターになって、ユノ村でお世話になっていたの……あぁ、自己紹介するわね。私はハナ、要塞都市アダマスブルクに籍を置くビーストハンターよ」