巨大猪と二人の若者
#1『巨大猪と二人の若者』
大陸西部に位置し、気候に恵まれ、温暖で肥沃な土地にあるユノ村近郊の森の中。村の畑を荒らす巨大猪──ギガスボアを追って、二人の若者が森林の中を徘徊していた。
一人はまだかすかに幼さを残した血気盛んな顔立ちに淡い金の髪を短く刈り上げた少年で、手にショートスピアを携え自信に満ち溢れた体で森の中をぐんぐん進み続ける。
もう一人は草木に絡まらぬよう長い黒髪を纏め上げ、仕草に非常に落ち着きを感じる少女で、クロスボウを手にして周囲を警戒しながら少年の後を歩いている。二人は歳が近いにも関わらず、その対照的な印象から歳が離れて見えた。
すでに日は高く昇り、朝から森を歩む二人の額にも汗がにじむ。
「……ねぇ」
少女が前を歩む少年に声をかける。
「ねぇハンス、まさかとは思うけど盲滅法に歩いてる訳じゃないよね?ちゃんと根拠があって歩いてるのよね?」
少女の声に前を歩く少年の足が微かに鈍る。
「あ、当たりまえだろ、ちゃんと足跡探して歩いてるよ。レーナも周囲を警戒しておいてくれよ。特に地面」
ハンスと呼ばれた少年の言葉にレーナと呼ばれた少女が一瞬足を止める
「そうね……そうだと思った」
言うなり、少女は足を早めて少年との距離を詰める。
「それで、足跡か手がかりは見つかりましたでしょうか? 朝早くから森に入ってこうして歩き続けているんですが」
後ろから近く足音から距離を離すようにハンスの足も早まる。
「や、うん、見つか、見つかります、見つけます、見つかってくれます!」
身の危険を感じるハンスの額ににじむ汗が冷や汗に変わり、後ろから迫る恐怖にハンスの本能が逃げねばと告げる。
無言で歩く二人が距離が縮まらないまま歩む速度を上げていき、やがて何故全力疾走しているのかも分からなくなる頃、木立が途切れて大きく開けた場所に出た。
そこは中央に大きな泉があり、木に遮られることなく注ぎ込む陽の光に水面がキラキラと輝いていた。その光景はまるでこの森に棲む生き物たちの癒しの場のようであったが、そこに居合わせた巨大な猪──ギガスボアを見た二人にはそれを感じる余裕はなかった。
二人は慌てて武器を構えてギガスボアに対峙する。水を飲んでいた巨大な猪も二人に気づいて飲むのをやめ、二人を睨みつけながら身構える。
「レーナ、援護を頼む」
ギガスボアから目を離さず槍を構えてハンスは後ろに声をかけ、レーナは近くの木に隠れて弩で狙いを定める。
睨み合っていた双方だが、やがてギガスボアが前足で地面を掻き、ハンスめがけて突進してくる。ハンスは右に跳んでやりすごし、横を走り抜けたギガスボアは立ち止まってもう一度突進しようとしたところをハンスが駆け寄り、ギガスボアの側面めがけてショートスピアを突き出したが踏み込み甘く、やや背中にあたった穂先はギガスボアの硬い毛皮と筋肉に阻まれ、僅かに刺さるだけで深手を負わすことができなかった。
舌打ちしながらハンスは後ろに跳び退き、そこにギガスボアの頭に狙いを定めたレーナが引き金を引く。クロスボウの矢は僅かにそれてギガスボアの右肩に当たり、やはり矢は深くは刺さらずギガスボアが体を揺すると地面に落ちてしまった。
レーナが木に身を隠して矢を装填する間にハンスがギガスボアの腹を狙って槍を突き出た。今度は先端が肉に食い込んて幾らかの手応えを感じたものの、やはり深傷を負わすことができない。
ギガスボアはハンスに体当たりを仕掛け、ハンスはとっさ槍で受け止めるものの、バランスを崩して足がよろめく。そこにギガスボアは間髪入れず牙を振り上げハンスの胴を強打し、腹にまともに受けてしまったハンスは弾き飛ばされ、受け身を取れず背中を地面に打ちつけた。
ハンスが腹と背中の痛みで息ができず動けないでいると、装填を終えたレーナがギガスボアに再び矢を放つ。角度が浅く背中に当たった矢は弾かれてしまい、ギガスボアは標的をハンスからレーナに変え、前足で地面を掻いて身構えた。
その時、上空から割れ鐘のような咆哮が轟き、影が落ちて辺りが急に暗くなった。地上の全員が上空を見上げると巨大な黒いワイヴァーンが地上を見据え、今まさに舞い降りようとしていた。
ギガスボアは本能で絶対的な死を感じ取って一目散に逃げていくが、ハンスとレーナは驚愕と恐怖で体がすくんで動けず、ただ地上に降りてこようとする死を見つめるしかなかった。
他サイトで投稿している作品です。
モンスターハンターをベースにした二次創作だったのですが、もともとモンスターハンターの世界設定に独自の考察を加えてアレンジしていたものを、モンスターハンターの世界設定を取り払ってオリジナルの世界設定にして書き直しました。