関東砂漠にて
わたしは霞ヶ浦オアシスと伊豆オアシスの間を往復する郵便配達人だ。その間に横たわる広大な関東砂漠を渡っていく。
関東は遠い昔コンクリートタワーが建ち並ぶ巨大な街だったという。
だが建物はすべて風化し、砂になった。
どこも同じだ。地上の大都市はすべて砂漠化した。
わたしは駱駝に乗り、バックパックに郵便物と水と食料を入れて、霞ヶ浦と伊豆を往復するのを生業としている。
関東砂漠は危険な場所だ。
蟻地獄から進化した人間地獄、毒海と化した東京湾から這い上がってきた大砂蛸、百年戦争物語に出てくる多脚砲台みたいな足長毒蜘蛛なんかが生息している。
人間地獄は怖ろしい虫だが、美味しい。専用の釣り針を使って獲ることを仕事にしている虫猟師たちもいる。わたしの友だちの泥船嵐子の祖父は右脚を食いちぎられながらも、主のような大物を仕留めたという武勇伝を持っている。
わたしは自分の年齢を知らない。孤児で、泥船一族に拾われて生き延びた。たぶん20年は生きている。嵐子は泥船一族の現族長で、わたしの幼馴染だ。雇い主でもある。郵便配達を終えると、飲める水と食料を支給してもらえる。
伊豆オアシスで車輪の族長から泥船の族長への親書を受け取り、わたしは霞ヶ浦オアシスへ向かった。途中で駱駝が毒蜘蛛に刺され、死んだ。関東砂漠で駱駝を失うのは死の宣告に等しい。幸運にもキャラバンに拾われ、一命をとりとめた。
「そりゃあ災難だったわねえ、風子」
霞ヶ浦オアシスに到着し、わたしはいつものように嵐子の家に泊めてもらった。そこで顛末を話したら、さして表情を変えずに彼女は言った。関東砂漠での遭難は日常茶飯事。わたしは助かったのだし、心が動くような話ではないのだろう。だが、駱駝を失ったのだ。痛恨の出来事だ。
「災難どころじゃないわよ。駱駝がなけりゃ、仕事ができない。売ってよ、嵐子」
「往復20回。水と食料の支給はいつもの半分で」
「往復20回? 割に合わない。こっちは命懸けなのよ」
「これでもいまできる破格の条件なのよ。泥船一族は破滅に瀕しているんだから」
「霞ヶ浦オアシスを有する泥船が? なんで?」
「キャラバンが次々にストライキをしているの。あんたを運んだキャラバンも次の労働を拒否してる」
「どうしてそんなことになっているの?」
「人間地獄猟をやりすぎた。捕れる虫が激減し、キャラバンへの報酬が滞っちまった。車輪一族も同じよ。あいつらの得意な大砂蛸猟も不猟。キャラバンの不満が爆発した」
人間地獄の燻製を噛みちぎりながら、嵐子は説明した。
「確かに、人間地獄や大砂蛸はあまり見かけなくなったわね。蜘蛛ばかり多くなった」
「あの蜘蛛は煮ても焼いても食えない」
危険なだけの虫だ。粘糸を吹き出し、人や駱駝を食う。
「オアシスには他にも財産があるでしょう? 飲める水、土蝗、塔覇王樹」
「井戸が枯れ始めたのよ。何もかもが悪い方向へと雪崩を打った」
嵐子は車輪の族長の親書を開いた。
顔をしかめながら読み、破り捨てようとして思いとどまった。
「何が書いてあったの?」
「同盟して、琵琶湖オアシスを攻めようってさ。関西砂漠にはまだ獲れる虫がたくさんいると書いてある。本当かな?」
「嘘よ。関西だって似たような状況に決まってる」
「そうだろうね。でも琵琶湖を取れば、まだ生き延びられそう」
嵐子は貴重な水を飲み、「戦争か……」とつぶやいた。