神隠し
あれは、私が高校2年のときだった。
部活から家に帰った。妹の小学校の入学式に行った母と妹の姿はなかった。私は風邪を引いて寝ていた弟に確認をする。
だが弟はぐったりしており、帰ってきていないと答えるのみだった。母の携帯電話に掛けるがコールは鳴るが繋がることはなかった。メールも送るが返信は返ってくることはなかった。
弟も朝から何も食べていないとのことだったので、仕方なくコンビニにレトルトのお粥を買いに自転車で出掛けた。
コンビニで買い物をしていると緊急車両のサイレンの音が煩かった。私は買い物を止めて外を確認をした。それは、私だけではなく他の客も同様だった。店員も外に出て確認するほどだった。
「何があったのかね?」中年の眼鏡を掛けた男がその騒がしさに眉を顰めて周りに尋ねた。
「パトカーと救急車と消防車が勢揃いって火事ですかね?」小太りの中年のおばさんが心配そうに答える。
「でも、煙は見えないね。」中年男性店員が言った。
「小学校の方で何かあったみたいだね。」外から来た痩身の初老の男が得意げに説明した。
「小学校で何があったんですか?」私が慌てて初老の男に尋ねる。
「いや、そこまでは分からないけど、人集りが出来てたぞ。」
私は思わず持っていたお粥のレトルトを店員に預けて自転車に飛び乗り小学校に向かった。
小学校に辿り着くと校門の前には人集りが出来ていた。私は人集りはかき分けて前に進んだ。だが、校門の前には黄色い紐で入れないようになっていた。その前には警官の男が立っていて紐を潜ろうとしたら「中に入るな。」と注意を受けた。
「母と妹が帰って来ないんです。何かあったんですか?」私は警官に尋ねる。
「あぁ、いや、今は詳しいことは…」警察は私から目線を逸らしてばつが悪い顔をした。
「何があったんですか? 家族が中にいるんです。入れて下さい。」私はそう訴えて、中に入ろうとしたが、警察に取り押さえられた。
「いま、詳しいことを調べてるから。」警官の男は声を荒げて私を取り押さえる。
「家族が事件に巻き込まれているんですよ。携帯も繋がらないし、何が起きたのか教えてくれてもいいでしょ」私は警官に取り押さられながらも叫んだ。
「分からないんだよ。」警官の男が大声で答える。「我々も何が起きたのか分からない。」
「何が起きたのか分からない? どうゆうことだよ。」私も大声をあげる。すると異変に気付いたのか、奥の方から別の警官が現れた。白髪混じりの中肉中背の男だった。
「被害者の家族か?」白髪混じりの中肉中背の男が尋ねる。
「はい、そのようです。」警官が答える。
「学生か。」白髪混じりの中肉中背が私の制服姿を見て言った。
「とりあえず中に通せ。」白髪混じりの中肉中背の男が言った。警官はそう言われると「分かりました。」と答え「じゃあ、こっちに来て」と私に言った。
私は言われるままに、警官の後について小学校に入る。校内は警官で溢れており、その異様さが只事ではないことが起きていることを改めて気付いた。
昇降口で靴を脱ぎ校内に入る。私のように尋ねてきた被害者の家族が案内されている部屋があるとのことだった。被害者という言葉が心臓の鼓動を激しくさせた。
「何があったんですか?」部屋に行くまでの廊下で警官に再度尋ねる。
「本当に分からないんだ。守秘義務とかではなく、本当に分からないんだ。」警官が答える。
「分からないというのは、どうゆうことですか? 母と妹は無事なんですか?」
「いや、それは、答えようがないんだよ。」警官が弱々しく答える。
「答えようがない、というのはどうゆうことですか?」
「神隠し。」警官がポツリと答えた。
「神隠し?」
「神隠しとしか言いようがないんだ。全員居なくなったんだよ。」警官が悲痛な顔で言った。
その後のことはよく覚えていない。後から父が駆け付けてきて、父の青褪めた表情だけは鮮明に脳にこびり付いてる。