花火
私たちは21時を回った後で、焼き鳥屋を出て二人で並んで駅に向かった。結局、焼き鳥屋では彼女が男の扱いが上手いのか、私は自分の話しばかりさせられ、彼女の目的について分からずじまいだった。モヤモヤした気持ちはあったが、明日も彼女に会うことになるのだからよいか、という気持ちになっていた。
駅までの道は、 21時を回っても明日からお盆休みということもあり、人通りは多かった。
「夜遅くなっちゃったけど、大丈夫?」彼女からの誘いではあるが、何となく言うことが礼儀であるような気がして、言ってみた。
うん、と彼女は聞こえるか、聞こえないかの声で返事をする。
駅までは歓楽街ということもあり、賑わっている。大きな交差点の信号待ちで私達は立ち止った。信号待ちをしていた酔っ払ったサラリーマンが彼女のことを見てあからさまに幸せそうな顔をした。美人は生きているだけで人を幸せにするのだな、と感心する。
信号が青に変わり、私は信号を渡ろうとしたら彼女が「あのさ」と言葉を発した。
彼女のその口ぶりはどこか思い詰めた、というか、決心した力強さが込められていて、私は少々、怯んだ。
「魔法を見せてくれない?」彼女の口からはそんな言葉が洩れた。「あなたの魔法を見せてくれない?」
「魔法? おれの魔法?」
「あなたの魔法が見たいの。」
「な、なんで?」
「記念に。」と彼女は笑った。「わたしとあなたが出会った記念よ。」
駅まで向かう途中に大通り沿いにある公園で私の魔法を披露することになった。公園に向かう途中に彼女がトイレに寄りたいということで小さなスーパーに立ち寄った。私は酔い覚ましに水を購入して彼女を待つことにした。
プライベートブランドの水を持ってレジに向かう途中に花屋があることが目に入った。私はいくつか手に取りレジで会計を済ませて彼女を待った。
夜の公園に辿り着くと私は魔法陣を描けるスペースを探した。適当に地面に描ける石を拾う。
「どんな魔法を見せてくれるの?」彼女は階段に腰を下ろして言った。
「俺にしか作れない魔法を見せてあげるよ。」良い感じに酔いが回っていて、私は自分でも分かるぐらいに高揚していた。
地面に石を描いている姿を見て、行き交う人達が不審げな目で見られていたことに気づいてはいたが、私は気にせず魔法陣を作成した。
1つ魔法陣が完成して、2つ目の魔法陣を描き始める。そのとき、彼女がなにか発した気がしたので、顔を上げて彼女の顔を見た。
彼女が何か言いたげな顔で私を見ていた。私は彼女の考えていることが予想出来たので、「大丈夫だから見てて」と声を掛ける。
ほどなくして2つの魔法陣が完成した。私は2つ目の魔法陣に先ほど花屋で買った花を中央に置く。
1つ目の魔法陣に手を当てて、彼女を手招き「上を見てて」と空を指差した。
私は魔法陣に魔力を流して1つ目の魔法陣を解く。
すると、1つ目の魔法陣から光が放たれて、その後2つ目の魔法陣が光る。
2つ目の魔法陣が光と空に火の玉が放たれた。その火の玉は夜空にゆっくりと上がって行き、夜空を彩るように爆発して花を咲かせる。
花を咲かせた光の花ビラはキラキラと地上に落ちていきやがて消えていく。
「どうかな? 少しは感動したかな?」私は彼女に尋ねる。
正直にいえば私には自信があった。彼女が魔法研究所のエリートだろうが、この2つの魔法陣を使った魔法は彼女も驚くだとうという自信があったのだ。
だが、彼女の反応は私の予想の斜め上をいった。
彼女は魔法を見て泣いたのだ。
最初はお酒に酔って感情が脆くなっているのだろうか、と思った。
だが、そういった様子ではなかった。
彼女は何かをぶつぶつと呟き、泣き崩れていた。
私はどうすればよいか分からず、ただ狼狽るしか出来なかった。