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8月12日

茨城県代表の試合は昼過ぎだった。


 私は明日からのお盆休みをどうやって過ごそうか考えながらも、仕事に追われており、それどころではなかった。明日から休みに入る為、会社の全員が全力で仕事に向かっていた。この勢いで全員が毎日仕事をしていれば間違いなく業績は上がるだろう。


 私は午後の企画会議に参加し終えたときに、弟との約束を思い出した。時計を見ると試合開始した時間だったので試合経過を確認した。


 茨城代表は初回から8点を奪う猛攻を見せていた。私は勝利を確信して弟にどんなものを奢らせようかと考えていた。



 仕事が終わり携帯を確認すると弟から着信が入っていた。掛け直すと「試合結果見たか?」という連絡だった。忙しくてそれどころじゃなかったので、民間企業の素晴らしさを伝えるが、彼は聞く耳を持たなかった。


「残念だけど、賭けはオレの勝ちだよ。」


「嘘を付くな。試合経過を見たけど初回で8点奪ったはずだけど…」


「兄貴、高校野球ってのは何が起こるか分からないんだ。スコアは10−8で岐阜代表の勝利だ。」


「本当か?」


 私は電話をスピーカーに変えて、試合結果を確認した。確かに、見事な逆転劇があり茨城代表は敗れていた。


「兄貴、約束だ。これから、オレの言うところに言ってくれないかな?」


「これからか!?」私は驚いて思わず大声が出る。


「悪いけど、今日じゃないと駄目みたいなんだ。」


 駄目みたいってどうゆうことだよ、と私は聞き返したが、彼はこれからお祝いの飲み会だと言って場所と時間を一方的に述べ、電話を切った。


 私は時計を確認すると時刻は19時を過ぎており、このままだと指定の時間まで間に合わない為、とりあえず急いで会社を出た。


 指定された場所は、チェーン店の焼き鳥屋だった。明日からお盆休みが始まるからなのか歓楽街は人で賑わっていた。皆んな浮かれているな、と思いつつも私自身も明日から始まる5連休に少し浮かれていた。


 待ち合わせ時間を少し過ぎたが、誰も現れないので、弟に連絡をしようとしたときだった。


「こんにちは。ご機嫌ですね。なにかいいことあったんですか?」


 スーツ姿の女性に声を掛けられた。年は私と同じぐらいで、色白で整った目鼻立ちをしていた。美人だな、と思った。


「はい、なんでしょう。」突然のことで驚きながらもどうにか声を出した。


「正輝さんのお兄さんですよね?」美人はにやにやしながら言った。


「はい、正輝さんのお兄さんですけど…」


「賭けに負けたんですね。今日はご馳走さまです。」


「ご馳走さま? どうゆうことかな?」私は頭に「?」を浮かべる。


「まぁまぁ、ここで立ち話も何だから中に入りましょう。」彼女はそう言うと私の腕を自分の腕に絡めてきた。肘に気持ち良い感触が当たる。


 私は突然のことにされるがままに彼女に引っ張られて店内と入る。店内に入ると彼女は店員に私の名前を伝えた。どうやら、私の名前で予約を取っていたらしい。店員にボックス席を案内され、向かい合わせに座った。


「まずは自己紹介だね。私は誰でしょう?」彼女は戯けた表情をした。


「未来を知っている人」私はぼんやりとした気分のまま答えた。すると、彼女が私の目をじっと見つめた。


「どうしたんですか?」美人に見つめられるのは嬉しさはあるが、見知らぬが付くと少し気味が悪かった


「ううん、なんか、懐かしいなって、思っただけ。」


「懐かしい? 初対面だよね。」


「初対面だけど、懐かしいな、ってことあるでしょ。」


「デジャヴ?」私は父の言葉を思いだして口にする。


「そう、それかな。」


「それは、おれが元カレに似てるとかかな?」私は相手が美人という卑屈の精神が出てしまい、少し意地悪なことを言う。だが、「お兄さん。私は面食いですよ。」彼女は笑顔で返してきた。


「そうですか…とりあえず飲み物を頼みましょうか?」


 彼女は「ひとみ」と名乗った。彼女の目的は分からなかったが、弟と賭けをした「未来を知っている女」であることは間違いないだろう。


 私は生ビールを注文して、彼女はカクテルを注文した。


「なんか、今日知り合っていきなりお酒を飲むのって変な感じですね。」私はドリンクが来るまで間を埋めようと言葉を発した。目の前にいる見知らぬ美女に緊張していたのかもしれない。


「そうゆうお店もあるけどね。」彼女はメニュー表を見ながら言った。


「そうゆうお店?」


「女の子が男性を接待するお店があるでしょ。」


「あれはお金を払ってやっているわけで、これとは違うででしょ。」


「いいですよ。今日は私をキャバ嬢だと思っても。」彼女は妖艶な笑みを浮かべた。


「それは、どうゆう意味かな?」私は彼女の意図が分からずただ戸惑う。


「…別に深い意味はないですよ。ただ、お兄さんがそうゆうお店好きなのかと思って。」


「いや、好きじゃないですよ。行ったことはあるけど、上司に付き合って行ったことがあるぐらいです。」


「ふーん、そうなんだ。」と彼女はそう言うと呼び出しベルを押して店員を呼んでメニューを頼み始めた。一通り注文をすると「他にも何か頼む?」と彼女は私に尋ねる。私はメニュー表も見せてもらっていないが、彼女の注文は私の好みを見事に捉えていたので「大丈夫」と答えた。


「それで、今日はどうしておれは呼び出されたの聞いてもいいかな? 君は正樹と同じ魔研の人なんだよね?」魔研とは魔法研究所のことだ。


「どうしてだと思いますか?」彼女は今度は悪戯っ子のような笑顔を見せる。


「質問しているのはこっちなんだけどな。」


「そうですね。じゃあ、ヒントをあげます。」


「いや、ヒントじゃなくて答えを…」という私の言葉を無視して「じゃあ、お兄さんに質問です。」と続けた。


「お兄さんはどうしてここにいるんですか?」


「それは弟に言われてここに来たんだけど。」


「そうです。お兄さんは正樹さんに言われてここに来ました。」


「はぁ」私は彼女の真意が分からず首を傾げる。


「そして、正樹さんに指示を出したのは私です。」


「なるほど。」


「お兄さんは正樹さんに賭けをして負けたんですよね。」


「まぁ、そうだけど。神聖な高校野球で賭けをするのは心が引けたけど。」


「賭博をしたわけではないのでそこは許して下さい。」彼女が謝る。


 頼んでいた飲み物が運ばれ彼女は笑顔で女性店員にお礼を言った。


「いや、別にいいけど」私は生ビールを自分に寄せる。


「正樹さんにお兄さんを賭けに誘うのを指示したのも私です。」


 彼女がグラスを持ったのを確認して乾杯をする。


「まぁ、なんとなく気付いていたけど…」と私は生ビールを飲む。


「そして、賭けについてなんですけど…」彼女はそう言うとカクテルを一口飲んで妖艶な笑みは再び浮かべる。


「賭けについて?」


「何を賭けてたか覚えてますか?」


「負けた方の言うことをなんでも聞くってことだったけど…」


「はい。それではお兄さんにやってもらうことを発表します。」彼女は語尾にハートマークを付ける。


「いや、ちょっと待ってくれ。」私は慌てて彼女の言葉を遮った。「今日はここにいるのは賭けに負けたからじゃないのか?」


「違いますよ。」彼女は口を尖らせる。「今日は顔合わせですから。」


「顔合わせ?」


「これからお願いすることがお兄さんにするお願いです。」


「はあ」


「お兄さんには明日からのお盆休みは私のために使って貰います。」


「おれのお盆休みを君の為に使う?」


「そうです。異論はありませんよね。」と彼女はそう言うと鞄の中を持って中を漁り始めた。


「ちょっと待って。1回勝負の賭けにしては罰が重すぎないか?」


「なに言ってるんですか?1回勝負じゃないですよ。正樹さんとの勝負から続いているんです。」


「正樹との勝負?」


「まぁ、いいじゃないですか。」と彼女がご機嫌な笑顔を見せる。「それで、早速なんですが」と彼女は手帳を開いた。


「明日は17時につくば駅に集合です。」


「え!? …ちょっと待ってよ。おれにも予定があるんだけど。」


「駄目ですよ。正樹さんから聞いてます。お兄さんはお盆は明日のお墓参りぐらいしか予定がないんですよね。」


「いやぁ〜、そんなことないよ。他にも予定はあるよ。」と私は弱々しく嘘を吐く。


「じゃあ、なんですか? 私も鬼じゃないのでお兄さんの予定に合わせますよ。」


「いや、やっぱりいいよ。」頭の中で明日以降の予定を思い出す。やりたいことはいくつかはあったが他人と過ごすのは明日の墓参りぐらいだった。


 レンタルビデオをうろついたり、映画を観に行くことも立派な予定になるだろう。ただ、私の予定は基本的に1人で行われるので、変更が利くので優先順位は低く予定と認められにくい。


「本当にいいの?」彼女が上目遣いで私を見る。


「仕方ないからいいよ。」と私は彼女の表情にどきりとさせられながら答えた。


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