生きない理由を考えるより、生きる方法を考える
「相手の女の子に会う目的はなにかあるの?」隣に座る正樹が訊ねてきた。
「目的?」
「なにか理由があるんだろ?」
「ああ、うん」と私は悩みながら「そうだな。」と答える。
「理由は言えないの? それとも聞いてないの?」正樹が顔を顰める。
「相手の子は救いを求めてるらしいんだ。」
「救い?」
「死も考えてるらしい。」
「おぉ」正樹が唸り声を上げて険しい表情をする。
「その未来を変えるのが今回の使命なんだよ。」私は正直に答える。
「大役だな。」
「ああ、荷が重すぎるよ。」自然と深いため息が出た。
「でも、なんで兄貴がそんなことしないといけないんだ?」
「いや、それは…」と私は正樹を睨む。「どこかの阿呆が勝手な賭けに乗ったからだろ。」
「いや、まぁ、そうだけど…嫌なら断ればいいだろ。」
確かにその通りだった。断ろうとすれば、断ることも出来ただろう。彼女の指示に従ったのは、私の意思でもあった。
「まぁ、お盆休みまでの約束だからな。最後に色々とからくりを教えてくれるらしいし。」
「お盆休みまで?」正樹が目を丸くさせる。
「そうだよ。17日まで彼女に指示に従う約束なんだよ。誰かさんのせいでな。」私はわざと語尾を強めて答えた。
「はぇぇ、兄貴も大変だなぁ。」正樹は意に介さずは他人事のように言う。
「出来の悪い弟がいると兄貴は大変なんだ。」私は嫌味を言う。
「騙されやすい兄を持つ弟も大変なんだよ。」正樹は減らず口をたたく。
「兄貴は、相手の女の子に会ってどうしようと思ってるの?」
「まぁ、とりあえず話しを聞いてみようかな、と思ってるけど。」
「相手の子はなにかに縋りたい一心で兄貴に会いに来るんだろ。」
「ああ、そうだと思うけど。」
「兄貴で大丈夫なのかなぁ?」
「俺が1番不安なんだよ。女性の気持ちなんて分からないし。」私は正直に答える。
「まぁ、女と男で脳は違うと言われてるからね。それに、兄貴は女性に疎い。兄貴が死にたいぐらいの悩みを抱えた女性の相談に乗るなんて、木の棒で魔王に挑むぐらいに無謀だと思うけど。」
「それは…言い過ぎじゃないか?」
「いや、それぐらいのことだよ。」正樹は短くきっぱりと答えた。
「そうか。まぁ、でも、俺に出来ることは相手が男だろうが、女だろうが、関係ないよ。俺が知ってるのは、『生きる理由はある』ということだよ。」
「生きる理由?」
「人にはそれぞれ役割があるらしいんだ。」
「役割? なにそれ? 宗教的なやつ?」正樹が露骨に嫌な顔をする。
「違うよ。」私は手を振って否定する。「天命や宿命は天から与えられた避けることの出来ないものだろ。生きる理由は天からじゃなくて、周りに与えられるものなんだよ。」
「なにそれ? 偉人の言葉?」
「神が嫌いな女性の言葉だよ。」
「神が嫌いな女性?」正樹は眉をしかめる。
「野球と同じだよ。ホームランバッターばかり揃えても野球は勝てないだろ。チームで自分より強打者ばかりだったら、監督はホームランより塁に出ることを求める。もしくは、打てない選手には打撃より守備を求めるかもしれない。でも、自分より強打者がいなかったらホームランが求められる。同じ能力でもチームメイトによって求められることが変わるんだ。」
「いや、なんか、良いこと言おうとしてるけど、なんか違くないか? それは生きる理由ではなく、生きていくための手段じゃないか?」正樹は苦笑する。「それも人生ではなく、野球チームでの。」
「そうか、違うか。」私は良いことを言ったつもりだったので落胆する。「生きる意味というのは分からないけど、おれは生きる理由はあると思うんだよな。『出来ない理由を探すより出来る方法を考えろ』て言うだろ。それと一緒で『生きない理由を考えるより生きる方法を考えろ』ということじゃないか?」
「それも違うような気がするな。」正樹は首を傾げる。
「そうか、違うか。」私も首を傾げる。