ラパシエガの赤い梯子
「あなたはそれで『ラパシエガの赤い橋』を見た?」彼女が静かに言った。
「ああ、気付いたときは衝撃的だったよ。」私は当時を思い出しながら答えた。
父と見た『ラパシエガの赤い梯子』を最初に見たときは、これは絵と呼べるものなのか疑問だった。クロマニョン人が描いた絵の方が上手く描けており、その辺が今後の繁栄に差が出たのではないか、とも思った。
だが、ネアンデルタール人の絵に少し引っ掛かりを覚えた。何処かで見たような違和感が残ったのだ。
その後、私はネアンデルタール人について調べ始めた。そして、1つの結論に辿りついた。
「ネアンデルタール人は魔法を使っていた。」私は彼女に仮説を伝える。「それも、俺たちが使っている魔法よりより進んでいた魔法を使っていたとおれは思っている。」
「どうしてそう思うの?」
「『ラパシエガの赤い梯子』はあれは魔法陣だ。」
「私が知ってる魔法陣とは随分違うけど。」
「ああ、あれは未完成であり、さっき言った通り俺たちの魔法陣よりもだいぶ高等な魔法を使っていたはずだからね。」
「なるほど。」
「それで、『ラパシエガの赤い梯子』は解けたの?」彼女が笑みを浮かべる。
「いや、それは俺の人生の目標だよ。」と私は答える。「魔研もやってるんじゃないの?」と私は訊ねる。
「どうゆうこと?」彼女は笑みを崩さず言った。
「正樹が選ばれた、つまり君が譲ったプロジェクトって俺の予想では『ラパシエガの赤い梯子』だよね。」
「正樹さんはそこまで言ったの?」
「いや、正樹の名誉のために言うけど、正樹が魔研に入所してから俺と正樹は魔法に関する情報交換していない。」
「そうなんだ。」と彼女は呟くように言った。「どうしてそう思うの?」
「小さい頃に魔研が創設する前に魔法サーカス団を見たことがある。そこで見た魔法をずっと忘れなかった。それが魔研の所長であるスロンク・ヒルマンの魔法だ。ヒルマンは魔法の起源について気付いているんだと思う。」
「魔法の起源?」彼女は眉を顰める。
「魔法の起源はネアンデルタール人だよ。」
「どうしてそう思うの?」
「魔法陣を解くときに人は魔力を使うだろ?」私が彼女に説明する。「おれは魔法の才能って3つあると思うんだ。」
「魔法の才能?」
「1つは魔法陣を解く力。2つ目は魔法陣を作る力。3つ目が魔力だよ。」
「それで、なんでネアンデルタール人?」
「おれら現生人類はネアンデルタール人の遺伝子1%〜4%混入していると言われているんだ。」
「それで?」
「この遺伝子が人が持つ魔力に大きく影響するんだよ。つまり、おれらの魔法の起源はネアンデルタール人由来なんだよ。」
「そんな情報は聞いたことないけど。」
「ああ、おれが独自で調べたものだからね。おれは、大学でネアンデルタール人について調べたんだ。それで、ネアンデルタール人と魔法は切ってもきれない関係にあると結論づけた。」
「あの2重魔法もネアンデルタール人から辿りついたものなの?」
「ネアンデルタール人の住む洞窟から花粉が見つかっていたんだよ。それで魔法との関連を調べたんだよ。」
「なるほど。驚いたわ。あなたは本当に凄いね。」彼女は言葉とは裏腹にさほど驚いている様子は感じられなかった。どちらかというと、どこか困った表情を浮かべていた。
「じゃあ、ネアンデルタール人の寿命についても調べてるのかな?」
「そう…だね。」私は自分だけが気付いていた事実を彼女が知っていたことに心の中で落胆する。「ネアンデルタール人は自分の生命エネルギーを利用して魔法を使っていた、とおれは仮説を立てている。」
「だから、ネアンデルタール人は寿命が短かった。故に滅んだ。」彼女が静かに言った。
「その可能性…もあるかもしれない。」私は肯定する。「正確に言えば自分達の命を削って魔法を使っていたんだと思う。」ネアンデルタール人の寿命は、DNAに組み込まれた寿命を読み取れば約38年と現生人類と変わらない。だが、魔法を使っていたであろうネアンデルタール人の化石からは寿命が縮んでいたことが分かっていた。
「それじゃあ、現在の私達が使っている魔法はなにかしら?」
「おれの予想では、現生人類に伝わるまでに不完全な形で伝わったか…」と私は
言葉を止める。
「不完全に伝わったか?」彼女が訊き返す。
「意図的こうゆう形で伝えたか…」
「誰が? なんの為に?」
「そんな、4万年前のことなんて分からないよ。」私は降参の仕草をした。だが、彼女はそれを許さなかった。
「じゃあ、あなたの考えはどうなの?」
「おれの考え?」
「あなたは、どうして現代の魔法が不完全な形で伝わってると思う?」
彼女は私の目をじっと、観察するように見た。私の意見を読み取ろうとしているように見える。急に試されているように気がして、妙な緊張感が私を包んだ。
「ま、まほうと人間の共存…かな?」
「魔法と人間の共存?」
「ネアンデルタール人が滅んだのが魔法が原因の可能性はあるかもしれないけど、上手く使えば人間にとって便利なものになる。」
「化学みたいに?」
「そう、魔法も科学の一部になると思うんだ。いずれ、『自然科学』の中の、1つの分野とされるかもしれない。」
「魔法は科学となる…か。」彼女は笑った。「私はそんな未来は知らないけどね。」
「その未来はおれが作るよ。」私は格好つけたつもりだった。だが、彼女は困ったように眉を下げた。
「あなたは、どうして『ラパシエガの赤い梯子』にこだわってるの?」
「おれは、魔法によって人の生活を豊かにしたいんだ。」
「生活を豊かにする?」
「魔法には未知の可能性が溢れている。魔法がもっと身近なものになれば人はもっと豊かになると思うんだ。」
「へぇ〜、例えばどんなことが出来ると思うの?」
「俺の研究では、水を生み出すことが出来ると思うんだ。」
「水?」彼女が首を傾げる。
「開発途上の国では水は重要な問題なんだ。そういった国では子供が勉強をせずに水を汲みに行くなんてこともある。そこで、魔法で安全な水を手に入れることが出来れば大きな生活改善になると思うんだ。」
「そんな事初めて聞いた…そんなことずっと考えてたの?」彼女が神妙な顔をする。
彼女が想像以上の反応を見せたので「自分の仕事を社会に認めてもらうことは社会人として当たり前のことだよ。」と何処かで聞いた言葉で煙に巻く。
「魔法を世界に正しく認知してもらうには、便利で生活を豊にさせるというイメージを持ってもらうことが重要だからね。魔法のイメージも上がり、人の役に立つなら最高じゃないか。」
「そうね。それが実現すればだけど。」と彼女は箸を置いた。その言い方はまるで、絵空事でしょ、と馬鹿にしているような言い方でもあった為、私は少しだけ頭にきた。
私が反論しようと息を吸ったときに「でも、ネアンデルタール人は魔法がきっかけで滅んだかもしれないんだよ。それはどう考えてるの?」と彼女が私を睨んだ。まるで犯罪者を糾弾するような迫力があり、私は少々怯んだ。
「現生人類はネアンデルタール人より脳が発達してるし、そこは大丈夫じゃない。」
「そうかな。私は嫌な予感がするけど。」彼女は表情を変えず言った。
「それは危惧し過ぎだよ。」私は大袈裟に笑って見せる。だが、彼女は私を睨むのを止めない。
「俺はネアンデルタール人が魔法で滅んだとしたならば、滅ぶまで魔法を使った理由が気になるんだ。」
「それが現生人類の絶滅になるとは考えない?」
「だから、それは考え過ぎだよ。イカロスの翼とは違うよ。」
「イカロスの翼?」ここで彼女は表情を崩した。
「テクノロジー批判神話の一種だよ。蝋の翼を手に入れたイカロスが父の戒めを無視して太陽に向かって飛んで行き、熱で蝋を溶かされて墜落してしまう話。人間の傲慢さが自らの破滅に導くという戒めの神話さ。」
「魔法は蝋の翼かな。ならネアンデルタール人にとっての太陽はなにかしら?」
「さぁ。そんなことは分からないよ。分かってるのは、ネアンデルタール人は滅んだ。ネアンデルタール人は魔法を使っていた。それも高等な魔法を。でも、それが滅びの一途を辿る結果になったことと、因果関係は分からない。」
私は話しながら少し頭に血が上るのが分かった。それは彼女が魔法がネアンデルタール人を滅ぼした前科があるかのような言いようだったからだ。彼女が検事で私が弁護士。彼女は前科のある魔法を鎖も付けずに野に放ってよいのか? とでも言い出しそうな気構えさを漂わせており、魔法を世に広めようとする自分の仕事を否定されているようで苛立ってしまった。
だが、彼女は私の返答に残念そうな顔をして「そうだね。」とだけ頷いた。