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ネアンデルタール人

「ネアンデルタール人を知ってる?」彼女はタンを焼きながら言った。


「もちろん。知ってるよ。」


「もちろん、ね」彼女は吐き捨てるようにわざとらしく強調して言った。


「やっぱり、君もか?」私は聞かずにいられないことがあった。


「あなたは、どこでそれに気付いたの?」彼女が忌々しそうに言う。


「それは…」と私は言いながら、記憶を辿り、思い出す。「博物館かな。」


「博物館?」彼女は怪訝そうに顔を顰めた。


 私は彼女に話しをしながら当時の記憶が蘇ってきた。




 私は父に連れられて自然博物館に来ていた。平日の昼だからなのか、普段からなのかは分からないが、人が少なかった。


「でかい、マンモスだな。」父がマンモスの化石レプリカを見て言った。

 

 建物に入り、エントランスを過ぎると、そこにはマンモスの化石レプリカが展示されていた。POPスタンドに書いてある説明では体長は9.1メートルあるらしい。


「昔の人間はこんなでかい生物に立ち向かってたんだな。」父がしみじみと言った。


「でも、そんなに積極的にマンモス狩りをしてなかったらしいよ。むしろ、マンモスは沼地とかにはまったマンモスを狩猟していたみたいだよ。」当時の私は父に指摘する。


「まぁ、そうらしいな。馬や牛みたいな動物が主要な狩りの獲物だったとは聞いたことあるよ。」歴史好きの父が知らないはずはなかっただろう。父が笑顔で答えた。


「なんだ、知ってんのか。」


「ただ、こんなでかいマンモスをみたら言ってみたくなるじゃないか。」


 私はこのあとの父の言葉を想像する。ロマンと言うのだろうと。


「ロマンがあるな。」父が嬉しそうに予想通りの言葉を口にする。


「こんにちは。今日はお休みですか?」職員らしきがアパレル 店員のように話し掛けてきた。


「どうも。」父が挨拶をする。「私は休みですが、こっちはサボリです。」父がは私を指さす。


「おい」と私が言うが「事実じゃないか。」と父が悪気なく言うので「まぁ、そうだな。」と開き直るしかなかった。


「別に悪いことをしてるんじゃないから堂々とすればいい。」父が言う。


 私は私の中で学校をサボるという行為は悪いことだった為、父のこの言葉は当時の私にとって衝撃だった。


「それが、社会人と学生の差だ。社会人が仕事をサボれば周りに迷惑が掛かる。仲間

取引先、顧客などが迷惑を被ることになる。だが、学生がサボっても自分が困るだけだ。…あとは、せいぜい家族か。おれ達にはいくら迷惑を掛けてもいい。お前はお前なりの考えがあるんだろうから、堂々としてればいいんだよ。」


 私は学校の不登校に対して何も考えを持っていなかったことに恥じた。


「いいですね。親子ですか?」職員らしき男が訊ねる。


「そうです。」父が答える。


「初めてですか。」男が訊ねる。


「昔、家族で来たことがあります。」


「来たことあったけ?」私は記憶になかった。


「平太も正樹も小さかったからな。ここは母さんが好きだったんだよ。」父が答える。


「そうなんですね。」職員の男が何かを察した顔をする。


「ガイドツアーなどあるので良かったら参加してみて下さい。」職員の男はそう言うと去って行った。


 私は自分のペースで見学したかったのでガイドツアーではなく、自由に見て回ることにした。


 自然博物館は私の想像以上の施設だった。宇宙から生命や人類の歴史までを取り扱っており、宇宙の仕組みや白亜紀時代に生きていた恐竜の再現などは興味深く、私は純粋に楽しんでいた。


 そして、人類の歴史について紹介しているエリアがあった。猿人から人へと変わっていく過程が説明されている。


「平太。ネアンデルタール人を知っているか?」父がおもむろに言った。


「俺たちの祖先だろ。知ってるよ。」


「いや、ネアンデルタール人は滅んだんだ。」


「滅んだ?」


「ほら、これを見ろ。」父が指をさす。そこには、彼らが今の南ヨーロッパのあたりに数百万年の間存在していたが、短期間で姿を消してしまったことが書いてあった。


「ネアンデルタール人と現生人類は別の人類だったんだ。でも、共存していたんだよ。」父が嬉しそうに話す。


「そうなんだ…」私は何がそんなに凄いのか分からなかった。


「2つの別の人類が長期間に渡って共存していたなんて凄いよな。」


「でも、言葉も通じなかったじゃないか?」


「まぁ、どうだろうな。」


「そもそも、共存っていっても戦争をしていたかもしれないし。」


「まぁ、どうだろうな。」父はゆっくり答えた。「でも、俺たちの遺伝子にはネアンデルタール人の情報もあるらしい。」


「それって凄いの?」このときの私は父の言うことがよく分かっていなかった。


「まぁ、どうだろうな?」


「さっきから、どうだろうな、しか言ってないよ。」私が父のモノマネ口調で指摘する。


「ロマンだよ。」父がゆっくり答える。「ロマンがあるじゃないか?」


「そうかなぁ。」


「でも、どうだったんだろうな。」


「なにが?」


「滅びゆくネアンデルタール人は現生人類をどう見ていたんだろうな?」


「さぁ、憎たらしかったんじゃない。それか羨んでいたとか。現生人類より劣ってから絶滅したわけだし。」


「ネアンデルタール人は野蛮とか知能数が低いなど言われていることが多かったけど、最近の研究では槍を使って狩りをしていることが分かったり、高い狩猟技術を持っていたことも分かってきているんだ。」


「そうなんだ。」と私は頷く。そして「父さんはネアンデルタール人になんでそんなに肩入れするの?」と訊ねる。


「いや、別に肩入れはしてないさ。」父は苦笑する。「ただ、気になるんだよ。」


「何が?」


「なんでネアンデルタール人は滅んだのか。滅びなくちゃいけない理由でもあったのか?」


「理由なんてないでしょ。」私は一蹴する。


「クロマニョン人は絵を描いたんだよ。」父が静かに言った。


「クロマニョン人?」


「ネアンデルタール人と共存じていた現生人類だ。彼らの絵が芸術の始まりとも言われている。」


「なるほど。ネアンデルタール人とクロマニョン人の違いは絵を描いたか描いていないか。それがその後の繁栄に繋がったわけなの?」私は茶化したつもりだった。だが、父が「そうかもしれないな。」と言ったので焦った。


「絵を描いただけで我々の祖先はネアンデルタール人に勝ったわけ?」


「そんなはずないだろ。」父がすかさず否定する。「冗談だよ。」


「ネアンデルタール人も絵を描いてらしい。」


「なんだ。じゃあ、運が悪かっただけじゃない。」


「そうかもな。でも、運ではなくて何かある気がするんだよ。」父が言う。


「それは、ロマンかな。」私は訊ねる。


「そうだな。ロマンだな。」父が答えた。


 そして、私達はクロマニョン人とネアンデルタール人が描いたとされる絵を見に行った。それが、私の運命を変えるとも知らずに。

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