たとえ明日、世界が滅亡しようとも、りんごの木を植える理由とは?
どうせなら、と父が駅まで送ってくれるとのことになったので、私は父に車で最寄りの駅まで送ってもらった。
「彼女の正体は何者なんだろうな?」運転席に座る父が言った。どこか楽しんでいるようだった。
「さぁ、でも、変な事件に巻き込まれないように注意するよ。」
「まぁ、お前なんて魔法しか取り柄がない奴だからな。」父があっけらかんと言った。
「それ、父親が言うことか?」
「いや、父親だから言えるんだよ。」
「どうゆーこと?」
「いや、他人に息子のことをそんなこと言われたら、流石のおれだって言い返すさ。」
「おー、なんて言ってくれるの?」私は父の言葉を待つ。
「それはな」と父が少し間を開ける。
「それはな」と父がもう一度言う。
「そうだな」と雲行きが怪しくなる。
「魔法が取り柄だけの奴で何が悪いんですか。」父が相手にそう言い返してやるよ、とドヤ顔をする。
「それって何が違うのかな?」
「まぁ、1つのことを一生懸命やることは悪くないってことじゃないか」
「勝手にまとめるなよ。」私が咎める。
「でも、魔法を止めないで良かったな。」父が少し間を空けて言った。
「なんか、いい話にしようとしてない?」
「いい話じゃないか。」父が愉快気に言う。「魔法しか取り柄のないお前が、魔法目当てに美女とデート出来るんだから。」
「まだ、魔法目当てと決まってないからな。」
「まぁ、あのとき魔法を止めてたら謎の美人とデート出来なかったんだから良かったじゃないか。」
「いや、だからね。」と言ったときに駅に着いた。
「帰りはどうするんだ?」父が訊ねる。
「バスかタクシーで帰るからいいよ。」
「そうか。まぁ、自分に自信を持って頑張れよ。」と勝手な励ましを言う。
私が無言で助手席のドアを閉めると父は車を走らせて行った。父の車を見送り駅へと歩き出しながらある思い出が蘇った。
父が言うように魔法を止めようと思ったことがあった。だが、父がそれに気付いていたとは思っていなかった。
魔法研究所の試験を落ちたときだ。私は犯人を恨み、自分の運命を呪っていた。そして、少しグレた。
私は学校を登校拒否した。魔法研究所に入れない自分の人生など無駄に思えたのだ。そして、人生の目標を失った私は引きこもりになった。
「たとえ明日、世界が滅亡しても、私は今日、りんごの木植える」父はそう言って部屋に入ってきた。
私は演劇のような台詞を吐きながら現れた父に戸惑いながらも「なに、それ?」と訊ねた気がする。
「さぁな。昔の何処かの偉い人はそう言ったようだ。」
「なんで、明日世界が滅亡するのにりんごの木を植えるの?」
「何故、だと思う?」父が笑って訊ねてきた。
「質問しているのはこっちなんだけど?」
「親は子どもに質問を質問で返すことが出来るんだ。」父が滅茶苦茶なことを言った。
私は仕方ないので「何事も諦めるなってこと?」と答えた気がする。
その答えに父は「そうかもしれないな」と答えた。
「そうかもしれないなって適当だな」と私はなじった。だが、父は「そんな偉人の言葉をおれが理解出来るか」と開き直ったので困った。
だが、父は父なりの答えは持っていたようで、「おれはこれを聞いたときは『希望を持つこと』が大事だと思った。」とも言った。
「世界が滅亡するのに希望?」私は真逆の答えに眉を顰める。
「希望とは願いである。」
「それも偉人の言葉かな?」
「いや、これはおれの言葉だ。」父は胸を張る。「りんごの木を植えるという行為は未来に向けての作業だ。希望は未来に期待しているということ。明日、世界が滅亡しようとも明後日を願っている。希望を持っている人はいつだって未来に向けた行為をすることが出来るってことだと思うんだ。」
私は父に何と答えたのかは覚えていない。だが、父は「お前はいつだって明後日が来ることを信じろ」と言われたことを覚えている。
その後、父に連れられて出掛けた自然博物館で、私は新たな人生の目標が見つかった。それが、きっかけであるかは覚えていないが、学校にも通い始めた。
それ以来、私は『明日、世界が滅亡するが今日何をするか?』という議論になった場合は私は『明後日に使う魔法陣を開発する』と答えようと心に決めている。
だが、今のところそのような議論になったことはない。