狐
墓参りが終わり、私は彼女との約束を果たす為に出掛ける準備をしていた。父と正樹には何も言わず出掛ける予定だったが、玄関で靴を履いていると「なんだ、もう帰るのか?」父が私の背中に向かって声を掛けてきた。
「ああ、ちょっと人と会う予定があって。」
「例の『未来を知っている女』か?」父が目尻に皺を作る。
「ああ、いや。」私は言葉を濁す。彼女と2人で出掛けると知られるのは嫌だった。
「兄貴、竹下さんとデートするの?」横から正樹まで現れたので、私は肩を落とす。
「デートじゃないよ。」私は苦々しい表情を隠さずに答える。
「でも、兄貴が人に会うなんで珍しいじゃないか。」正樹は無遠慮に言う。
「そうだな。平太が人に会いにいくなんて傘を持って行くべきだ。」父が可笑しそうに言う。
「これは、質問と見せかけたイジメなのかな?」参りました、と私は白状することにする。
「別にデートではないよ。彼女の意図は分からないけど、何か手伝いをさせられるんじゃないのかな。」
「やっぱり、竹下さんと出掛けるんじゃないか?」正樹がなじる。
「いや、父さんやおまえが思う関係じゃないよ。いま、名前を知ったし。」
「名前も知らなかったのか?」父が信じられないという顔をした。
「えぇ〜、昨日、一緒に酒飲んだんじゃないの?」
「ああ、下の名前しか教えてもらえなかったから。」
「それで、下の名前で呼んでたの?」
「まぁ、『ひとみさん』って呼んでたけど。」
「ひとみ?」正樹が眉を顰める。
「どうした?」私が正樹に尋ねる。
「竹下さんの下の名前は『愛』だよ。『竹下 愛』だよ。」
私は昨晩は誰と一緒にお酒を飲んだのだろうか、と狐につつまれた気分となった。