初デートでサイゼに行って彼女に振られました。何やら元カノが復縁を迫ってくるけど、理解ある幼馴染と付き合うことになったのでもう遅い。
高校一年の秋、付き合い始めたばかりの彼女からLINEで別れを切り出された。
初めてできた彼女だった。それはもう必死に縋り付いた。話を聞く中で、どうやら初デートでサイゼリヤに行ったことが原因だと判明した。
彼女──元、彼女曰く、サイゼリヤ自体は嫌いではないが、初めてのデートで行くのは特別感がないから嫌だとかなんとか。
そういえば、女の子は特別扱いされたい生き物だと聞いたことがある。初デートでコイツは特別扱いしてくれないんだなと思われた、ということだろう。
ただ……。
「皆にとってサイゼは、普段から行くような場所なんだ」
僕の家は、そうではなかった。決して裕福な家庭ではなく、おめでたい日、特別な日に外食をするところ。それが僕の中のサイゼリヤだった。
他のファミレスはサイゼリヤより高くて、それこそ指折り数えられる程度にしか行ったことがない。
だから、決してその子のことを特別扱いしなかったわけではない──むしろ、特別扱いしたからこそ、サイゼリヤに連れて行ったのだ。
……まあ、それも終わってしまった話なのだけれど。ハーナキソ。
「わはは、少年よ。存分に泣くがよい」
テーブルを挟んだ向かい側に、付き合いの長い少女がいた。いた、というかまあ、この所謂幼馴染に連れられて僕は当のサイゼリヤに来ているわけだが。
繰り返すが、僕にとってサイゼリヤは特別な日に来るところだ。そんな僕が、どうして幼馴染の少女とサイゼリヤに来ているかというと。
「存分に泣き、存分に食べるがよい。今日は私の奢りなんだからさ」
奢り。その甘美な響きに釣られ──また、『初彼女に振られた記念日』という名目を掲げられ、退路が断たれた僕は今泣き腫らしながら間違い探しと睨めっこしていた。マジでムッズ……なにこれ半分しか分かんねえ……。
「全くもう、情緒が不安定だなあ」
目の前の少女はその言葉と裏腹に、楽しそうな口調でケラケラと笑う。
「いない人のことを悪く言うのはアレだけどさ、酷い話だよねえ。サイゼが特別じゃないだなんて決めつけちゃって」
「……まあ、世間一般ではそうなんだろうし。もう過ぎたことだから仕方ないよ」
「君がそう言うんならいいけども。そういや、私達二人でご飯食べるの何気に初めてじゃない?」
言われてみれば確かに、家族ぐるみの付き合いはあるけど二人でというのは今までなかったかもしれない。
「たかし」
「誰よその男! ……じゃなくて、つまりこれって、初デート、だったりする?」
デート。その言葉には、どうしても過敏に反応してしまう。とはいえ僕達は付き合ってるわけではなく、ただ昔から家が隣同士で仲が良かっただけで……。
「……私は、初デートがサイゼでも、いいと思うけど。君ん家の事情も……知ってるし」
それは。
それはもしかして、そういう意味、なのだろうか。
「な、何とか言ったらどう……?」
その声に、僕は彼女の方を向いた。僕の視界に映り込んだのは、これまで一度も見た事のない表情だった。
真っ赤に染まった頬。固く結んだ唇。涙で潤んだ瞳は──それでも決して目を逸らすまいと僕を見つめていた。
口を突いて出てきたのは、単純な言葉だった。
「僕と付き合ってください」
「話が早過ぎるんだけど!? あっ、いやっ、拒否ってるとかではなく! 私も、心の整理ができてないというか……!」
「安心して。僕も心の整理はできてない」
「整理できてないのに愛の言葉を囁くな。やっぱり情緒不安定じゃん」
ごもっともである。
「けどまあ……その……不束者ですが、よろしくお願いします」
それはもう結婚なのでは? 結婚しよ。
数年後。そんなわけで僕達は結婚した。初手サイゼの件で僕を振った元カノが復縁を迫ってきたり、他にも反応に困るような苦難が僕達に襲い掛かってきたこともある。結果として雨降って地固まったわけだが。
仕事に精を出し、家庭も蔑ろにせず、二人で支え合って生きてきた。そして、今では二人ではなく──四人で。
もちろん、外食をする機会も増えた。それはオシャレな喫茶店だったり、話題の料理店だったりしたけれど、年に一回の記念日には、決まってあのお店で食事をするのだ。
僕達にとって特別な──美味しいイタリアンの、あのお店で。