ドキドキしてるから
3
次の日の英語の時間。
「分からない」
彩苗の耳につぶやきが微かに届いた。
「分からない?」
「っつ……」
聞かれていたと秦弥は顔を引きつらせる。
「しょうがないじゃん?俺はお前みたいに頭がいいわけじゃないから」
皮肉も込められた言葉。
けれど、彩苗は。
「それ、褒め言葉として受け取る」
「まあ、褒めてる方かな…」
秦弥は苦笑する。
けれど、そう言われて嬉しかった。
苦笑されたが、頭が認められてということだ。
「で?どこが分からない?」
少し、気になり、彩苗が問う。
ここが、とか全部などのそういう言葉で返されると思っていた──が。
「……?教えてくれるとか?」
「っつ……!」
予想を裏切られて返される。
教える…異性に。
その行為自体が彩苗をドキドキさせる。
「教えると言うか……説明簡単にできるんだったらここで言う!教えるとかはたぶんしない!」
「……んとね、大体わからない」
「はあ……」
となると、ほぼ教えることになるのか。
それだけ接触が多いのか…。
「だって、勉強苦手だし」
秦弥の一言がトドメとなった。
4
「じゃあ、家で覚えてきてね」
チャイムが鳴ったと同時に彩苗はカバンに教科書を入れはじめる。
秦弥に課題を出しておいて後は帰りの会──そして帰るだけだ。
「放課後とかは教えないんだ?」
「無理。自習で。あ、しなくてもいいけど自分の学力が下がるだけだよ」
「分かってるよ」
秦弥は苦笑した。
普通は放課後を主流として教えなければならないのだろう。
結衣は結城にそうしていたけれど…。
(無理でしょ。もたない)
異性と会話するだけで心臓が激しく動くのに。
放課後なんて、もつかどうか。
だから、彩苗は休み時間しか教えないのだ。
帰りの会が終わり、彩苗は玄関へ向かう。
綾が隣で話しているが、今日のことが頭にいっぱいで反応があまりできない。
うんとかはいでごまかしている。
「……あ。少し、よろしいですか?」
気付くと、先生がいた。
「何でしょうか」
自然と睨みつける言い方になってしまう。
彩苗は、心の中でため息をつくと先生に向き直った。
「校内恋愛禁止ですよ」
「は……?」
間の抜けた声を出してしまった。
「ふれあい禁止。分かりましたか?」
「話が短すぎて分かりません」
「結衣さんと結城さんにも注意しておきました。校内恋愛禁止、だと」
「恋愛?そんなのしてませんが」
確かに、秦弥とは話した。
けれど、恋愛ではないはずだ。
…まだ、想いは抱いていないから。
「下衆の男に変な心を抱いて恋愛されては痛い目にあうから。貴方のためを思って言っているのです」
「なら、心配しなくていいですよ?それに、男子を下衆というなら男女混合にしなければいいのに」
「それは、さすがに校長先生に怒られます。けど、男性より女性が上。この法則は正しいことだと…」
「ああ、そうですか」
彩苗から、冷たい声が出る。
「男より女が上。先生の法則だとそうなのですね?でも、実際は男が注目が浴びている世界でそんなことを言うのはおかしい。それを言うなら、校長と先生の立場が逆になる崩壊と一緒なんじゃないですか?」
「男女差別はよくないですよ、彩苗さん」
「貴方だってしてるのでは…」
先生の視線が突き刺さる。
けれど、それに負けず彩苗は言い返した。
「今まで男がのさばった世界は絶対おかしいと思わない?」
「まあ、立場的には女性が可哀想だけど。だからといって女が上なんて…」
「貴方には分からないでしょうけれどね」
先生は自嘲的な笑みを浮かべて去っていった。
それが挑発的にも見えるのは気のせいか。
彩苗は先生があれだけ男女の隔てに執着するのか気になった。