同じ小説を読みたいんだ──好きって何?
9
自習の時間。
秦弥はやることもなくただボーッと過ごしていた。
だが、後ろでパラパラとページがめくられる音がする。
「……?」
彩苗の方に自然と目がいってしまった。
「何?居心地が悪いんだけど」
冷たそうに突き出すが、逆の恥ずかしそうにも見える。
「……それ、ラノベ?」
「そうだけど…?」
彩苗は、読んでいた小説の表紙を見せる。
『逆天使舞い降りる』
秦弥は軽く目を見張った。
「ラノベなんて読むんだ?」
「たまにだけだから」
「なら、オススメがあるよ」
「……?秦弥がラノベ読むなんてね…」
驚きながらも、彩苗は興味津々に聞いた。
「のび〜っと転生」
「は、はい?転生?興味ない」
題名を聞いた瞬間に彩苗は、切り捨てた。
「転生するなんてありえないから。あったとしても、前世の記憶がないのだから転生とか存在してると認識されないでしょ?」
「そ、そうだけどさ…」
彩苗の説得が始まったー‼っと秦弥は面倒くさそうな顔をする。
「そんなの気にすんな!ラノベだぞ?お前のやつも充分ありえないヤツだと思うけど」
「これは、一応異世界じゃなくて、現実世界だからね‼魔法とかはあるけど…」
「それだって非現実的だし」
「転生系だけは受け付けないの!」
彼女の拒絶的な口調に秦弥はため息を付いた。
(まあ、分かってたけど)
ただ同じ小説を読んで、感想共有したかっただけなのだが。
秦弥にはハードルが高すぎたようだ。
10
秦弥は勉強が苦手だ。
だが、運動はトップクラス。
平均ラインの種目もあるが、ほとんど得意。
けれど、彩苗のおかげで自分は勉強が得意になれた。
少し教えてもらっただけで分かった。
それは、自分に才能があるわけではない。彩苗の教え方がすごいからだ。
けれど、彼女は言う。
「教えてもね、理解しようとしてないやる気ない人とか、理解しようとしてるんだけど、人より考えることが全然違くてどうあがいても理解できない哀しい人もいる」
──けどさ、一回で理解できたのは意外とすごいことなんじゃない?
初めて褒められたのかもしれない。
運動ではちやほやされても、勉強ではなかったから。
気付くとそう思っていた──。
「おまえって、彩苗のこと好きなのか?」
不意に眞博に問われた。
「好きじゃないけど?」
いつものように返す。
けれど、それ以上は言えなくなった。
なぜだろう。なぜ、言えないのか。
「ん?いつもだったら興味ないよとか否定すんのに」
「否定するのが面倒くさくなっただけだから」
「まあ、まだ分からないんだな。それはそうだよ。恋愛したことないもんな?」
「……あっそ」
秦弥に変化を感じた眞博は顔を覗き込む。
「恋愛してるのか?眞博は」
「だから、言ったじゃん。秦弥が好きな人できたらって」
「……──」
「できてないんでしょ?まだ言えないよ」
「──待て」
話を進めようとする眞博にストップをかける。
「好きってどんな気持ち?それによっては言える」
本当に秦弥は分からないのだ。
けれど、眞博は呆れた顔をする。
「好きって思ったら」
「……」
「自然と目で追ってたら好きだから」
「……納得できない」
「気になったら」
「……」
「ここにあいつがいたらなって思ったら」
「それが、好きなのか?」
ストレートな質問。
簡単に答えられずはずなのに…説明を求められると言えなくて。
具体的と言われて戸惑って。
説明をきっちりするなんてできないから。
「人によって好きっていうのはいろいろあるから、おれが言ったこと全てがそういうわけではないよ?けど、好きっていうのは大体そういうことだから」
よくわからない、と秦弥は呟いた。
「……おれは決着つける…来週に」
途端に眞博が呟いた。
「決着って、バスケ?」
「馬鹿なの!?バスケじゃないよ!彩苗だよ‼……あ」
「カミングアウトしたな。お前の好きな人彩苗か」
「うっ…」
うっかり好きな人を滑らせてしまった眞博。
「ちっ……秦弥に好きな人ができるまで言わない予定だったのに」
「ま、どうせ来週付き合うのか」
「付き合う!?そんなん分かるわけないじゃん。だって、相手が好きなのか…」
「彩苗に告白するっていうこと?眞博の割にはやるじゃん」
「良い返事だったらいいけどね…。秦弥は抜け駆けしないでね」
「は……?」
突拍子もない忠告に秦弥は呆気にとられた声を出した。
「駆け抜け…するわけないじゃん」
「いや、どうだか。いつも仲良く話してるじゃん」
「そんなわけ…」
「今日もラノベ紹介しようとしてたし。のび転の感想共有を彩苗としようとしてただろ」
「ただ、それは共有したかったけど…!」
「それが狙ってるんだろ?好きという気持ちを分からないふりしながら好きなくせに」
「……?好きって何?って思ってるんだけど」
「でも、気付いてないだけだ。…気持ちに。でもさ、今回は見逃してくれ。おれが告白して断られるまではとらないでくれよ」
秦弥は首を傾げる。
眞博は忠告を何回も念押ししていた。
秦弥は思う。
自分に好きな人なんているのか。
それが、彩苗なのか。
前から思っているが、好きとは何なのか。
何もかもが分からなかった。
次回から、彩苗編です。
お楽しみに。