エピローグ
甘い話と匂いがただよう2月──。
あの日まであと4日。
14日まであと4日。そう、今日は10日。
彩苗の相手は誰だろうか。
結衣の相手は誰だろうか。
綾の相手は誰だろうか。
そして、秦弥・眞博・結城は誰から貰うのだろうか…。
彩苗は綾と一緒に10日の日にショップに行っていた。
面白そうな形のチョコ。
「これよさそうじゃない?」
綾が指さしたのはハート型のチョコで。
「それ。渡すにしても恥ずかしいわ」
苦笑しながら彩苗はチョコ売り場を巡る。
「どんな感じにするの?ラッピング?箱?」
「ラッピングもいいね。だけど…あ」
彩苗がチョコ売り場の中で缶に入っているチョコを見つけた。
「これってスマホ?なんか面白い」
「あースマホの缶の中にチョコが入ってるの?」
「こっちはカメラ…レコード?」
缶をデザインし、その中にチョコを入れた形。
これはいいかもしれない。
ウケるのでは…。
「まあいいや。わたしはこっちにする」
綾はやはりハート型を購入。
彩苗はあわててスマホ型チョコをつかみレジにかけていった。
そして──14日。
結衣がニコニコ笑顔で学校に来ていた。
「いいことあった?」
「まだないよ。あのね…実ったんだ!」
「結衣は結城か。成功100パーだと思ってたんだけどさ」
「まあね〜彩苗ちゃんも頑張れ〜!」
彼女もどこかでチョコを買ったのだろう。
それか自分で作ったのか。
どちらにせよ思いを込めたプレゼントであり。
「ねえ。彩苗ちゃんはどうするの?」
途端に結衣が聞いてきた。
「……まあ後で分かるから今は言わない」
「えー教えてー」
駄々をこねる結衣を無視して彩苗は教室を出ていった。
結衣の自慢話が長引くと面倒だから無視したのだ。
「聞いてくれない?」
でも、追いかけられていた。
結衣が満面の笑みで語りだす。
彩苗はため息をつき、聞くことにした。
結衣は朝早く来ていた。
カバンにチョコを忍ばせて。
(この学校では一応内緒で持ってきている人が多い。それを先生たちは気付いているが目をつむっているのだ)
結衣は手作りのトリュフだった。
元々料理は得意だから。
結城にも料理で思いを伝えようとして。
ガラッ……──
不意に扉が開いた。
結衣は振り返る。
それはいつも朝早く来ている結城だった。
「でね!告白したら付き合ってくれて」
嬉しそうに語る結衣。
「オレもだって言ってくれて!席を誘導しておいてよかった〜」
「結城は喜んでたからね…」
彩苗は笑顔で秦弥たちと話している結城を見やる。
いつもだったら談笑の”笑顔”だと思うだろう。
でも今日は結衣と結ばれたという嬉しさの”笑顔”なのかもしれない。
今日だけ違って見える笑顔で。
なんだか眩しく見えた。
「あ。友チョコ♪」
「はいはい。私からも」
結衣から手作りチョコを受け取る。
そして彩苗からも買ったチョコレートを渡した。
結衣用にはかわいいキャラクターがプリントアウトされたチョコレート。
「かわいい〜!えびふらい見ると癒やされる〜」
喜びながら席に着く。
今度は綾に渡しに行く。
「猫の形だ!彩苗センスいい。わたしからはほい」
彩苗に小袋が渡される。
チョコクッキーが何枚も入ってラッピングされた袋だった。
「さっき結衣にも渡したんだけどさ。すごい結城の自慢させられて…」
「私もされたよ?」
二人で笑い合う。
さて、ここからがメインステージだ。
帰りの会が終わった直後。
綾は眞博に声をかける。
「あの……」
「ごめん」
言う前に遮られ無視される。
綾は傷ついた顔になったがこらえて彼の後を追っていく。
その頃、彩苗は前の席の秦弥を呼び止めていた。
「秦弥……」
「!?」
彩苗は秦弥を見る。
秦弥も振り返る。
「……──」
二人の視線が絡み合った。
「……」
言いたいけど。
彩苗は言いたい。
口に出したい。このチョコのことを。
──だけど。
出なくて。
喉元にある言葉。
それが出てこない。
どうして。なぜ。
散々練習して心の準備をしていたはずなのに。
本番になると出ない。
ここで言わないと後悔する。
絶対!
「…ちょっと……時間、ある?」
秦弥は微笑んだ……が。
「無理。受け取らない」
そう一括すると足早に去っていた。
彼の言葉がなぜか胸に突き刺さって。
彩苗は綾みたいに追わずにしばらく立ち尽くしていた。
なんだろう、実感湧かないけど。
あのまま言わなければ普通に話せていたのかな。
普通の関係になっていたのだろう。
それでもよかったのに。
「大丈夫?帰るよ」
そう結衣に声をかけられるまで気づかなかった。
「放心状態になってたけど…」
結衣は察したのだろう。遠慮がちに聞いてくる。
「気にしなくていいから。行こう」
本当は気にしてる。
痛いほど気にしてるのに。
そうつぶやいて彩苗は歩き出す。
結衣は配慮して隣にいてくれた。
「あ……眞博くんじゃない?」
校門の辺りに眞博がいた。
その後ろに気づかないように様子を伺っている綾がいる。
「あの……彩苗」
眞博が声をかけてくる。
「何…?」
心の傷が癒えない今、彩苗でも対応は難しい。
「そのチョコ……誰用?」
「っ……!あんたには関係ないでしょ」
まさか秦弥、なんて言えなくて。
スタスタと歩みを進める。
「あ、それ!もしよかったらオレに──」
「……!?」
「あの‼好きだったんだけど…あの……」
「それ本気?」
「本気だよ」
いつしか彩苗は振り向いていた。
「いつも頭の回転が早くて…苦手な体育も頑張っていて…憧れてて…」
「……──」
自分を受け止めようとしてくれる人がいる。
一瞬秦弥との出来事を眞博で埋めようかと頭に横切った。
このまま承諾したら新たにできる。
悩まなくてもよくなるかもしれない。
──だけど。
気持ちは変わらなくて。
「ありがとう。でも断るね。振られたとしてもまだ残ってるし」
「オレがその傷を埋めるのに」
「たぶんできないと思う。眞博は、綾にしたら?話だけでも聞いてみなよ」
遠くで見ていた綾が肩を震わす。
「好意には気付いてるけど……」
だがそのときには彩苗は眞博の隣をすり抜けていった。
「あ!」
結衣も彩苗の隣りにいる。
代わりにいたのは。
「綾……」
「ごめんなさい……わたしの思い受け取れない、よね?」
綾が遠慮がちに切り出す。
「うん。おれが好きなのは彩苗だから」
「やっぱり変えないのね。これで彩苗の気持ちも分かったでしょ?」
そう言われ眞博はハッとしたような顔になった。
彩苗だってそうなのだ。
だから振られても自分に振り向かなかった。
「それこそわたしの好きな人だよ──」
綾の言葉を聞いて眞博はうっすらと涙を浮かべた。
──気づかれない程度に。
2月15日次の日。
「あ、断ったのか」
眞博から話を聞いた秦弥はうなずく。
「で?彩苗の好きな人って誰なんだ?」
「分からない。……まだ気付いてないのか」
苦笑する眞博。
「誰だよ?興味あるわ」
何から何まで恋愛に疎い秦弥である。
「あ、あいつ俺に何か言おうとしててさ、眞博のために断ったんだけど」
「……今更」
もうああなってしまった以上そんな事言われても。
「秦弥はどう思うんだ……?彩苗のこと」
「キツい。でも優秀だよな。運動はイマイチかなと思ったけど意外と上手かったし。教え方も分かりやすかった。たまにムッとする顔するのがよく分からないけど表情変わるから面白い」
「それ、確定」
眞博は悔し紛れ、でも笑みを見せた。
「言ってこいよ。聞いてこいって。彩苗に。チョコ受け取るよって。それ……」
「それが好きっていう感情に気付いた?」
秦弥はああそうかと思う。
好き──未だによく分からないけど。
別に一緒にいても問題ない──楽しい相手のことなのかもしれない。
そして……。
「彩苗」
彼女が振り向く。
「昨日のこと…チョコ…」
「ああ」
彩苗はカバンの中を探す。
「その前に気持ちを聞きたいのだけど」
「……好きってなんなんだ?けどさ。一緒にいてもいいかな」
彩苗は笑いながら、スマホチョコを取り出した。
「相変わらずの返答の仕方だね。秦弥」
風が吹き抜け、二人を撫でた。
「男性のくせに女性と対等な関係を築ける……それが恋愛?」
女性が一番だ。
だけど生徒達を見てると。
眩しい。
男女差別はせず、二人で笑い合う。
それは今まで見たことなかった。
今までは男性が「女のくせに」とつぶやく情景しか見れなかったのに。
先生は初めてその情景を見たのだった。
『今日も教えてくれる?』
『いいけど。そのかわり英語教えろよな』
『教える以前に覚えてもらわなきゃ困るんだけど』
『あ…まだ覚える単語あった…』
『とにかくやろ♪』
ボールが弾く音が公園に響き渡った。
──完──




