第7話
11月21日ぶん
ゲームが楽しすぎる……。なんて遊んでいたらゲームの進行が詰んだ。
小説書きをサボった罰が当たったのだろうか?
触りたい者と触られたくない者の追いかけっこが行われ、負けたのは普段運動をせずに部屋に籠っているフェナーチアの方だった。案の定というべきだろう。普段から森の中を歩き、不本意にも獣の特性を手に入れたイルゥナに彼女が勝てるはずが無かった。
リビングの片隅に置いてあるソファーに仰向けで転がり、ものが喉を通らないといった様子のフェナーチアは呻きながら恨めし気にイルゥナへ視線を向ける。一方、イルゥナはまだ動く体力があるのか、四つ足をついた状態で警戒気味に毛を逆立てていた。
「そんなに、逃げなくても……、いいじゃないか……」
『どうして触らせると思ったんですか』
「いや、時々頭撫でたり、抱きしめても、怒らないから……、いいかな、と……」
『……。そうするとき今のような目をしていたってことですか?』
もし姉が居たらこんな感じだったのだろうか。これがイルゥナがフェナーチアに対して年相応の甘えを見せるときの感情だった。母一人子一人の二人家族。母が愛情たっぷり育てたおかげもあって、兄妹も父もいないボロ屋での暮らしを寂しいと思ったことは一度も無かった。
それでも、もう一人甘える相手を求めてしまうのはきっと間違っていないはずだ。幼少の頃から身を粉にして働き自分の世話をしてくれた母の背中をイルゥナは見てきている。そんな姿を見てしまったからこそ、大きくなった今になっても頼ることは罪だとも考えている。
普通はまだ甘えたい年ごろのはずだ。
きっとイルゥナが、裕福な家庭に生まれて甘やかされて育ってきたのであれば、今も尚親の背中についていこうとしただろう。イルゥナの根っこは寂しがり屋である。
そんな寂しがり屋の前に、甘えてもいい相手が出来たとすれば、甘えてしまうのは当然の摂理というものだった。
「あ、いや……。そういうわけでは無いんだ。別にそういう意図があったとは、言えなくもないかもしれないが……。それでも違うんだよイルゥナ」
『……。じゃあ、今は我慢してください』
だから、今後甘えることが出来なくなるのはイルゥナとしても困る。フェナーチアがどういう意図でその行為を必要としているのかは分からない。分からないが、同等以上の理由から彼女とのスキンシップをイルゥナ自身も欲しているのも事実であった。
故に、イルゥナは「今は」と強調するように言っただけで、全ての行動を我慢しろとは言わない。ここで分かったと大きく頷ければ信頼を更に得ることが出来ただろうに。耳聡くその言葉だけを脳内に反響させたフェナーチアはソファーから転がり落ちると、身を引きずってイルゥナのもとに擦り寄る。
その時の彼女の顔は、誰が見ても魔女の顔そのものであった。
「あ、あれ……? い、いいのかい? 人の体であったら抱きしめても」
『……まあ、はい』
「イルゥナぁぁああ!!」
『だから、今は我慢してくださいって!』
ぴょーん、と飛び掛かってきたフェナーチアを軽い身のこなしで躱す。瓦礫の山と言っても遜色ない散らかし放題の一角に頭から突っ込んだ彼女を見て、イルゥナは一瞬心配そうに手を伸ばすも自業自得だとそっぽを向く。姉のような存在であっても、一線を越えようとしてくる者に抱く同情はほんの少ししか残されていない。
まあ、イルゥナの言葉で活力を得たフェナーチアが山に埋もれてそれで終わり、なんてこともないのだが……。
「ああ、もう! 可愛いやつめ! そんなに抱き着いてきたかったらいつだっていいんだぞ!!」
「キュッ! キュー、キュッ!!」
「あれ? ああ、今ので耳から外れてしまったか。まあ、心が通じ合った今となっては要らない物だろう。さあ! イルゥナ! そんなに恥ずかしがらなくたっていいんだよ!」
「キュー!?」
衝撃によって耳から獣の言葉を解析する道具が零れ落ち、山の中に再び埋もれてしまう。会話を始めてすぐの頃だったら探したかもしれないが、今のフェナーチアを支配するのは欲である。山の中から這い出ると、小さな腕を目一杯伸ばして再び追いかけ始める。
現状、家の外に逃げるが勝ちの状態。そこまですればフェナーチアは追いかけてこないだろう。仕方のないやつめ、なんて心の中で次にイルゥナが来た時満足いくまで抱きしめ続けてやると考えるだけで留まるはずだ。
それなのに、イルゥナが外に逃げ出すことが出来ないのは訳があった。
薬を貰っていないからか?
否。薬は必要だが、今日持って帰るリストに直ぐ必要になるものは無い。雑貨屋の店頭に並ぶ在庫にほんの少し変化が訪れるだけだ。
家の片づけが済んでいないからか?
否。最早片付けが出来るような状況であるとは言えないし、それに無理してまで片づけを敢行したいというわけでもない。本当の綺麗好きならフェナーチアが拒む寝室や浴室にも普段から手をかけるはずであった。
では、どういうわけか。
答えはある一つの疑問から導きだすことが出来る。それはどうしてイルゥナが身軽に逃げ回ることが出来ているのか、というものだ。
中途半端な動物化によって体が若干縮んでしまったイルゥナ。その影響により服がガボガボになり手で押さえていなければ下はそのまま脱げてしまう程だった。では、現在服を押さえながら逃げているのかというと、それはやはり違うだろう。どれだけ押さえて逃げていようと、裾の丈が合わずいつかは転んでしまうことは明白である。
つまり……。
現在、イルゥナは下に何も履いていなかった。
そんな状況で外に出て街中で動物化が解けたらどうなるだろうか。
答えは火を見るより明らかだった。
今日の筋トレ日記
筋肉痛でお休み