第5話
11月19日
2000字いかなかった。
ゲームにかまけていたせいですね。一日にやる時間を決めて節度ある生活を心がけます。
フェナーチアの朝はいつも気まぐれだ。昨夜から置き続けていることもあるし、早くに寝て早起きすることもあるし、遅くに寝たせいで昼が朝になることだってある。どうしてそんなに気まぐれなのかというと、やはり時間を忘れて薬作りに没頭してしまうせいなのだろう。
あれも作りたい、これも作りたい、キリの良い所までと決めても作りたいものが次から次に出てくるせいで止めることも出来ない。そんなわけだから、彼女の寝る時間は決まっていないのである。
今日も変わらず朝だというのに、むにゃむにゃと寝言を呟きながらベッドの上で眠る28歳独身。外から見知った人間の声が聞こえてきても、熟睡中の彼女は起きる様子を見せなかった。
「フェナーチアさん? あ、まだ寝ていたんですね……」
くかぁ……、くかぁ……
「はぁ、きっと夕食も食べていないんだろうなぁ」
ため息を吐き出しながら服が乱雑に散らばる寝室を覗き見たのはイルゥナである。いつものことだからか、返事がないことを心配した様子はない。涎を枕に垂らしながら眠る彼女の顔を一瞥して、イルゥナは薬の調合室となっているリビングへ戻った。
まだ数日と経っていないのに、片付けたばかりのリビングには本や薬草の切れ端が散乱している。ただ一点、薬を調合する場所としてだろう、テーブルの上に置いてある調合道具の周りだけは綺麗に整頓されていた。
それを他の場所でもやってくれればいいのに、とは口に出さない。どちらかと沸き起こってくる感情は、仕方がないなというもの。ニョモニョモと口角を緩ませながら、片付いたリビングを見てフェナーチアは慌てて風呂場やトイレに駆け込むのだろうと想像を膨らませながら片づけを行う。
片付いていない方がいいというわけでは無い。お金の支援や家からここまでの身の安全を保障してもらっているのだ。それに報いるために少しでも力になりたいと考えるのは当然だった。片付けや料理だけで返せるとは思っていないが、小さな形であっても今できることから少しずつ恩返しをしたいと思っているイルゥナの心の表れである。
フェナーチアが薬作りに没頭するように、イルゥナはフェナーチアの役に立つを事を考えることに没頭する。夜中まで布団の中に潜りながら、次はどんなことをしようか、どんなことをしたら喜んでくれるだろうか、そんなことを考える。
彼女と対面した時に、少しばかり強く当たってしまうのは年ごろ故の照れ隠しというやつだろう。多少の呆れは本物かもしれないが……。
「あれ? これなんだろう?」
片付けていると、リボンで飾り付けられた小瓶を見つける。太陽の光にあてれば、中身が桃色に輝きながらゆらゆらと揺れているのが確認することが出来た。この前は見つけることが出来なかったから、きっとこの数日で完成させた物なんだろう。
イルゥナは、興味本位で蓋を薄く開けて中の匂いを嗅いでみることにした。
「……。あ、れ……?」
薬の中には危険なものもあるから絶対に私が許可したところ以外は触るなとフェナーチアは口酸っぱくイルゥナに聞かせていた。触ることを禁止されていたのは、戸が付いた棚。だから適当な場所に置かれた、この小さな小瓶は命を脅かすようなものでは無いはずだった。
それなのに、どういうことだろう。
匂いを一度嗅いだだけで意識が遠のいていくのをイルゥナは体感する。お腹が減って倒れてしまった時よりも、深い深い意識の混濁。不幸中の幸いというべきか、感覚のなくなった手でどうにかして小瓶の蓋をしっかり締め、床に置くことができた。これで完成した薬を無駄にするようなことは無い。
膝は既に折れ、床についている。もう足に力を入れて立つことも出来ない。
フラフラ、フラフラ……
グラグラ、グラグラ……
地揺れが起こっているわけでもないのに体が安定せず、上も下も分からない状態が続いた。声を出そうとパクパクと口を開くもイルゥナからすれば自分が声を出しているのかすら今では分からない。
できるだけ小瓶から距離をおこうとしているのか、仰向けになりながら這うように手足を動かす。しかし、仰向けになっているのだからそれはただ単にじたばたと藻掻いているだけであり、体の位置はいっこうに動くことはなかった。
そして、ついにぱたりと手足が床に落ち、イルゥナの目がゆっくりと閉じていく。
フェナーチアが起きる一時間ほど前の出来事であった。