孤児院
「くふふ、私にも。」ミロクが言う。
「ほれ。」俺はミロクの口元に串焼きを持っていく。
「パクリ!」ミロクが串焼きを口にする。
「くぅ~美味いねぇ。」ミロクが嬉しそうに言う。
「なぁ、兄ちゃん。」店の親父が俺に言う。
「なんだ?」
「兄ちゃんが左手で持っている串焼きの肉が消えたように見えたんだが。」
「あぁ、ミロク神が食っているぞ。」俺は答える。
「はぁ? 兄ちゃん俺を担いでいるのか?」店の親父が俺に突っかかってくる。
「あぁ、ほれ。」俺は組合のカードを見せる。
「なぁ、神の身代わり?」店の親父が狼狽える。
「本当ならお布施がいるんだがな。」俺はそう言いながら右手を親父に差し出す。
「何だよ?」おやじが言う。
「良いから俺の手を触ってみろ。」
「あぁ。」店の親父が俺の手を持つ。
「ふわぁぁ、ミロク神様!」店の親父が腰を抜かす。
「美味い串焼きだ、褒めてつかわす。」ミロクが言う。
「は、ははぁ!」店の親父が平伏する。
「ミロク神様?」周りの客がざわめく。
「はぁ、」俺は溜め息をつきながら組合のカードを見せる。
「なぁ、神の身代わり様?」カードを見た者が騒ぎ出す。
「なぁ、親父さん。」俺は屋台の親父に言う。
「何でしょうか?」
「串焼きは幾つ用意している?」
「はい、祭りなので500本ほど。」
「では、今から一串30Bにしろ。」
「え?」
「ラガーは50Bな。」
「はぁ?」親父さんが狼狽える。
「増やした分は、俺がミロク神聖教会に寄進する。」
「あぁ、そう言う事ならわかりました。」親父さんが看板を書き始める。
「あぁ、串焼きは自分で食っても、奉納しても良いと書いてくれ。」俺は親父さんに言う。
「一串で5秒だけミロク神の御尊顔を拝謁できると書いてくれ。」
「解りました。」親父さんが言う。
その看板を掲げた途端に、屋台に人が集まってきた。
「本当にミロク神様の御尊顔を拝謁できるのですか?」シスター装束の女性が言う。
「お気に召さないかもしれないが、本人だ。」俺は答える。
「串焼きを1本。」シスターが親父に注文する。
「あいよ!」親父はシスターの前に串焼きを置く。
シスターは、ミロクの前に置かれた皿に串焼きを置くと、俺の手を取る。
「お前に幸あれ。」ミロクが口の周りをたれだらけにして言う。
「あぁ、本当にミロク神様。」シスターはその場で平伏する。
「なんと、シスターが平伏した。」
「本当に神の身代わりなのか?」
「恐れ多い。」シスターがその場で土下座する。
「私の子供、そこまでする必要はない、面を上げよ。」ミロクが言う。
「はい、今後もあなたを信仰いたします!」シスターが叫んで列を離れた。
「私にも御尊顔を拝謁できますか?」いかにも悪の親玉風の男が俺の前に来る。
「ミロク神の前では全てが平等です。」俺はミロクに言われた事を復唱する。
「おぉ、串焼きを一本くれ。」
「あいよ。」
その男もミロク神の前に置かれた皿の上に串焼きを置いて、俺の手を触る。
「悔い改めなさい。」ミロクが言う。
「ふわぁ、神などいないと思っていたが、実際にいらっしゃるのか?」その男が尻餅をついた後、その場で平伏する。
「心を入れ替えて、善行に励みます。」そう言ってその男はその場から消えた。
「おい、本当に見えるらしいぞ。」
「そういえば、王都のミロク神聖教会で、同じような事が有ったと聞いたぞ。」
「俺も良いか?」話していた男が聞いて来る。
「ミロク神の前ではすべてが平等らしいぞ。」俺はさっきの言葉を繰り返す。
「おやじさん、串焼きを一本だ!」
「あいよ。」
そして、その男も串焼きを皿に置き、俺の手を取る。
「お前に幸あれ。」ミロクがにっこりとほほ笑む。
口の周りがタレ塗れでなかったらどんだけ良かったか。
しかし。
「ふわぁぁ、本当だった。」その男が目を見開き膝をつく。
「俺、ミロク神聖協会に入信して、ミロク神を信仰します。」
おや、人の人生を捻じ曲げた。
「私にも冥途の土産に。」
「俺にも拝謁させてください。」
その後も行列は続き、1時間半で串焼きが無くなった。
ミロクの前にある皿は8枚になっていた。
一皿には串焼きが50本乗せられている。
「くふふ、お腹いっぱいだよ。」ミロクが満足そうに言う。
「良かったな。」
「あの、もう終わりなの?」小さな女の子が聞いて来る。
「ごめんな、ミロク神が疲れたって言ってる。」
「そうなんだ、残念。」
「町外れにある『ミロク神聖教会』で何ヶ月かに一回、同じ事をやるからその時に来てくれ。」
「解った。」女の子はこくんと頷く。
「あぁ、ムサシに呼ばれたと言ってくれたら優先的に見せてやるからな。」
「は~い、じゃあね。」女の子が走って行った。
「旦那、これが今回の分です。」店の親父が袋を机に置く。
「あぁ。」俺は其れをミロクに渡す。
「今回はおかげさまで売り切れました。」店の親父が頭を下げる。
「ははは、良かったな。」俺は串焼きが大量に乗った皿をミロクに持ってもらい、ミロク神聖協会に向かうことにした。
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「ここがそうなのか?」俺は教会の建物を見て驚きながら言う。
そこにあるのは孤児院。
その横にちんまりとした建物があり、それが礼拝堂だった。
俺が建物の前でおろおろしていたら、
「教会に御用ですか?」礼拝堂からシスターが出てきて言う。
「あぁ、すみません、建物があまりにもボ、趣が有ったので見とれていました。」
「ほほほ、どうぞこちらへ。」シスターが、礼拝堂に案内してくれた。
「おや、外見はアレだったが、中は意外と広く見える。」
窓からは光が入り、なかなかに明るい。
中央にはミロク神の像があり、周りで信者らしき人たちが祈りを捧げている。
「くふふ、ここの像も大人びてるね。」ミロクが言う。
「それで、どのようなご用件でしょうか?」シスターがにっこりとほほ笑みながら言う。
「あぁ、これを寄進しに参りました。」俺はミロクからコインが入った袋を貰いシスターに差し出した。
「まぁ、こんなに、貴方にミロク神の加護が有らんことを。」袋の中身を見たシスターが俺に祈りを捧げてくれる。
「あの。」突然横から声を掛けられた。
「?」俺はそちらを見た。
「先ほどはありがとうございました。」そこにいたのは先程一番目に串焼きを買ったシスターだった。
「あぁ、先程の。」俺は思い出しながら言う。
「シスターマリー、お知り合いですか?」俺に対応してくれていたシスターが言う。
「いえ、この方は『神の身代わり』様で、先程ミロク神様に会わせていただきました、シスタークロエ。」シスターマリーが答える。
「神の身代わり?」シスタークロエが俺を見る。
「あぁ、そうだ。」俺は組合のカードを見せながら言う。
「まぁ、噂のお方でしたか。」シスタークロエが俺にすり寄ってくる。
「ちょ、近いです!」俺はシスタークロエの肩を持って遠ざける。
「是非ミロク神にお合せ下さい。」シスタークロエが言う。
「今日はもう終わりです。」
「そんな。」
「さっき、このくらいの小さな女の子も納得してくれましたよ。」俺は手で高さを表しながら言う。
「解りました。」シスタークロエがしょんぼりとしながら言う。
「それより、孤児院を見させてくれませんか?」
「孤児院を? 別に構いませんけど。」シスターマリーがそう言って俺を案内してくれる。
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「シスターマリー、その人誰?」庭にいた孤児がシスターマリーに聞いて来る。
「お客様ですよ。」
「お兄ちゃん何?」
「お兄ちゃんどうしたの?」わらわらと孤児たちが集まってくる。
「おし、みんなこんにちは、俺はムサシだ。」
「「「「こんにちは!」」」」孤児たちが元気に答えてくれる。
「ここには何人いるんだ?」俺はシスターマリーに聞く。
「今は31人です。」シスターマリーが答えてくれる。
「よし。」俺はそう言うと、その場に土魔法で机を作る。
「すげぇ、魔法だ!」
「凄い、凄い!」
「よ~し、2列に並べ。」俺は孤児たちを机の前に並ばせる。
「?」孤児たちは怪訝な顔で俺を見るが、しっかりと並んでくれた。
「一人3本迄な!」そう言いながら、ミロクから串焼きが乗った皿を2皿貰って机に置く。
「あら、さっきの?」シスターマリーが言う。
「わぁ、串焼きだ!」
「わぁい。」
「嬉しいな。」孤児たちは串焼きを持って食べ始める。
「シスターもどうぞ。」俺はシスターマリーに言う。
「あら、嬉しい、本当は食べたかったんですよ。」そう言いながらシスターマリーも串焼きを食べ始める。
俺は孤児院の建物を見る。
「ふむ、壁のあちらこちらがボロボロだな。」
俺は建物のほうに歩いていき、建物に手を触れた。
「あの、何をされているのですか?」串焼きを手に持ったシスターマリーが聞いて来る。
「ちょっと魔法を。」俺はそう言うと建物に魔力を注入した。
「何を?」シスターマリーが狼狽える。
「ふん!」俺は魔力で感知した建物の穴やひびを土魔法で修復していく。
「屋根も同時に!」そう言って同じように瓦も修復していった。
「良しこんなもんか。」俺は額の汗を手で拭いながら言う。
「凄い。」シスターマリーがぽかんとしながら呟く。
「うわ~、家が綺麗になってる。」
「魔法って凄いんだね~。」
「お兄ちゃん凄い!」孤児たちが串焼きを食べながら俺に言って来る。
「シスターマリー。」
「は、はいなんでしょう?」シスターマリーが挙動不審になって聞いて来る。
「孤児院の運営費は足りているのですか?」
「ミロク神聖教会の運営費で賄っておりますから、何とか。」
「ふむ、ではこの祭り中にもう一度やりましょう。」
「はい? 何をでしょう?」シスターマリーが頭に?を一杯生やして聞いて来る。
「ミロク神に会える催しをです。」




