てんぷら
「さて、今日はてんぷらなる物をご享受して頂けるのですね?」料理長がニコニコしながら言う。
「はぁ。」俺は深いため息をつきながら、そこにいるメンツを見渡す。
カレーを作った日に、俺は思い立って国王たちにも食べさせてやろうと思い、カレーを持って王城を訪ねた。
で、カレーを食べた国王以下第一王子やカリナ様、宰相が料理長を呼び出して味の再現を求めたので、俺は王城の厨房で王城の料理長や王城の料理人の前で再びカレーを作った。
そして、俺はうっかりてんぷらを作ると口を滑らし、今の状況になった。
「え~っと。」俺はみんなを見渡して言う。
そこにいたのは、うちの料理長、王城の料理長と料理人、宰相家の料理長、そしてうわさを聞き付けた貴族の料理人数名。
「私のような平民の作る料理をお求めですか?」俺は苦笑いをしながら聞く。
「何をおっしゃる? 『神の身代わり様』の作る『神の身代わり料理』、お教えいただける機会を不意にするなどありえませんな。」王城の料理長が言う。
「ほほほ、その通りですな。」宰相家の料理長も言う。
「何だよ『神の身代わり料理』って、俺が作るのは、ギルドにいた姉御の料理だぞ。」
「ムサシ様、解っております、レシピは口外いたしません。」料理長が言う。
「いや、別に誰に伝えてもいいぞ、いっそ広めてほしいぐらいだ。」俺が言う。
「おぉぉ、なんと寛大な、普通レシピは秘匿するものでは?」王城の料理長が言う。
「その通りですな、我らは先輩の技を盗んでそのレシピを手にしたのに。」宰相家の料理長も言う。
「ははは、何その前時代的な発想。」俺は笑い飛ばす。
「なんと?」
「ここで俺がレシピを教えても、各家庭の味として変化していくんだろう?」俺は笑いながら言う。
「うむ、その通りだが。」王城の料理長が言う。
「だから、基本を教えるだけだよ。」俺はあっけらかんと言う。
「感服いたしました。」そこにいた全員が頭を下げた。
「まぁ良い、始めようか。」俺が言う。
「「「「「はい!」」」」」全員が良い返事をした。
「今日は、海老、ゲソ、レンコン、椎茸、サツマイモ、カボチャを使う。」
「「「「「はい。」」」」」
「レンコンは皮をむいて5~6mm位に輪切りする。」
「「「「「はい。」」」」」」
「いや、いちいち返事しなくていい。」
「「「「「はい。」」」」」」
「だからぁ。」
「「「「「・・・。」」」」」」
「それでいい、次に椎茸はヘタを取る。」
「洗わないのですか?」
「キノコ類は、汚れていたら布でとる、洗ったら味が落ちるらしい。」
「らしいというのは?」
「姉御に聞いたからだ。」
「ふむ。」
「サツマイモはタワシで洗って、斜めに輪切りにする。」
「カボチャは、良く洗った後皮を少しだけ剥いて1cmぐらいの厚さに切る。」
「ゲソは吸盤の歯を良くこそげ落として、水気をよく切る。」
「何故ですか?」
「水分が残っていると、油跳ねするからだ。」
「成程。」
「さて、海老だが、調理出来る者はいるか?」
「「「「「勿論です。」」」」」
「では料理長、この海老を処理してくれ、」
「どのように?」
「尾っぽだけ残してくれ。」
「はい、お任せください。」料理長がてきぱきと作業をしていく。
「終わりました。」料理長がどや顔をする。
「え? それで終わり?」
「はい。」
「ほかの皆さんは、何かありませんか?」俺が残りの料理人たちに聞く。
「十分かと。」王城の料理長が言うと、周りの皆もうんうんと頷く。
「背ワタは取らないんですか?」俺は聞く。
「背ワタ? それはどんな物でしょう?」料理長が聞いてくる。
「マジで知らないんですか?」俺は全員の顔を見回す。
「聞いたこともないですな。」王城の料理長が言う。
俺はめまいを感じながら、楊枝を手にして料理長が処理した海老を持ち、背中部分に楊枝を突き入れて、背ワタを取り出した。
「これが背ワタです。」俺はそれを皆に見せる。
「それが背ワタと言う奴なのですか?」料理長が聞いてくる。
「そうだ、これを取らないと海老に身が臭くなるし、食感も悪くなる。」
「なんと! 初めて聞きました。」料理長が言う。
「後で実際に試食してください。」俺はそう言いながら海老の処理をし始める。
包丁で背を切り、背ワタを完全に取り除く。
そして尻尾の所にあるけんを取る。
「それは?」料理長が聞いてくる。
「あぁ、棘だ、取らないと刺さる可能性があるから取る。」
「成程。」
「そして、尻尾の先っちょを切り取り、尻尾を包丁でしごき出す。」
「何故尻尾を切るのですか?」料理長が聞いてくる。
「尻尾に水があると、さっきと同じで油跳ねするのと。」俺が説明する。
「するのと?」
「揚げたときに、綺麗な赤色になる。」
「ほぉ。」料理長が感心する。
「そして、腹側の節に包丁を入れ、指で海老を伸ばす。」俺はそれを実行する。
「伸ばす時に、プチって音がするからな。」
「「「「「はい。」」」」」」
「とりあえず、各自で用意した食材を俺と同じように処理してくれ。」俺は料理人たちに言う。
「「「「「はい。」」」」」」料理長以下、王城の料理長たちが思い思いに処理を始めた。
俺はその間に油と天台を用意委した。
「「「「「終わりました。」」」」」料理長たちが宣言する。
「んじゃ、最初に天つゆを作りましょうか。」俺はそう言って用意を始める。
「400ccの水に、5cmに切った昆布を入れて10分置く。」
「その間に、味醂を100cc鍋に入れてアルコールを飛ばす。」俺はそれをやる。
「1分ほど煮たらさっきの昆布を漬けた水と鰹節を一掴み入れて、醤油も100cc入れて一煮たちさせて火を止め、こしたら出来上がりだ。」
「おぉぉ、なんと素晴らしい。」料理長が感嘆する。
「姉御に仕込まれたからな。」俺は照れる。
「次に、衣だ。」俺が言う。
「衣?」料理長が聞いてくる。
「あぁ、てんぷらの肝だ。」俺が言う。
「ふむ。」
「基本は、小麦粉1カップに、冷水200cc、卵1個だ。」俺が言う。
「おぉ。」料理人たちがメモをする。
「今回は、趣向を変えてラガーを使う。」俺が言う。
「え? なぜですか?」料理長が言う。
「自分達で作って、味、特に食感の違いを感じてくれ。」俺はにこやかに言う。
「食感ですか?」
「あぁそうだ。」
「さてやるぞ、小麦粉1カップに、ラガー200ccを入れ、卵一個を割り入れ、氷を3~4個入れて、雑にかき回す。」俺はそれをやる。
所々に粉が残っている。
「そんな状態で良いのですか?」料理長が聞いてくる。
「混ぜすぎると食感が駄目になるんだ。」俺が答える。
「そうなのですか?」
「自分が作ったときに確認してくれ。」俺は料理長にそっけなく答える。
「さて揚げていくが、野菜を最初に揚げて、ゲソや海老は最後な。」俺は言う。
「何故ですか?」
「ゲソや海老を最初に揚げると、油が汚れるからな。」俺は言う。
「そうなのですか?」料理長が聞いてくる。
「これも、自分たちで実際にやって経験してくれ。」俺は答える。
「解りました。」
「さて、揚げていく、各自俺の揚げた天ぷらを食ってみてくれ。」
「「「「「はい。」」」」」」
「塩だけで食うのもありだぞ。」俺は笑いながら言う。
「油の温度は170度位が良いぞ。」俺が言う。
「どう判別するんですか?」料理長が聞いてくる。
(本当に、この世界には揚げるという調理法がないのか?)俺はそう思いながら答える。
「衣を油に入れて、半分ぐらい沈んで浮き上がってくれば適温だ。」俺は言う。
「おぉ、そうなのですね。」料理人たちがメモをする。
「んじゃ、やるぞ。」俺は宣言して揚げ始める。
「最初は椎茸だ。」俺は椎茸を衣に漬けて、揚げ油の中に入れる。
「じゅわわ~。」良い音を出して椎茸が油の中で踊る。
1分ほど揚げたら、椎茸を天台に乗せていく。
「塩でも、天つゆでも好きな方で食ってくれ。」俺が言う。
「解りました。」料理長はじめ、ほかの料理人たちも思い思いに口に入れる。
「これは。」
「美味いですな。」
「あぁ、初めての味。」
「食感とは、このサクサクした物の事ですか?」料理人たちがそれぞれ感想を言う。
俺は、レンコン、サツマイモ、カボチャを順番に揚げていった。
料理長たちは、それを食べて感動したようだ。
「料理長、お願いしていた丼にご飯をよそって下さい。」俺は料理長に言う。
「はい、解りました。」料理長が用意をしに行った。
俺はその間に、ゲソと海老を揚げ始める。
ついでに、残っていたレンコンやサツマイモも揚げる。
「用意できました。」料理長が言ってきたので俺は最後の物の用意をする。
丼のご飯に天つゆを振りかける。
海老やゲソ、サツマイモやレンコンの天ぷらを天つゆに漬けて丼に盛り付けた。
「天丼の完成だ。」俺が言う。
「「「「「おぉ。」」」」」料理長たちが驚く。
「さぁ、存分に堪能してくれ。」俺はにこやかに言う。
「「「「「はい。」」」」」」料理長たちが天丼を食べ始める。
「さて、さっきの背ワタの検証だ。」俺が言う。
「「「「「はい。」」」」」」
「自分たちで、背ワタを取らないてんぷらを揚げて、味を比較してみてくれ。」俺が言う。
「解りました。」料理長が最初に動き、海老を処理して衣をつけ油に入れる。
「バチッ!」油跳ねを起こした。
「熱!」料理長が飛びのく。
「尻尾の処理が駄目だったな。」俺は冷たく言う。
「面目ありません。」
それでも揚がった海老の天ぷらを食べた料理長が驚愕する。
「背ワタを取らないと、これほど味に雑味が混ざるのですか?」
「何だと?」王城の料理長も自分で実践して味の違いに驚いていた。
「これ程とは。」
「今まで、国王様に何と酷い物を提供していたのか。」王城の料理長が言う。
「宰相様に申し訳が立ちません。」宰相家の料理長も項垂れた。
「まぁ、解って良かったじゃないか。」俺は笑顔で言う。
「ムサシ様、今後も色々と教えてください。」王城の料理長が言う。
「その通りです、是非ご指南を。」宰相家の料理長も言う。
「だから、俺は姉御に教えて貰った事を教えているだけだって。」
「いえいえ、これもムサシ様の御業です。」王城の料理長が言う。
「違うから。」俺は後ずさりしながら言う。
「くふふ、飯テロもここまでくると、いっそ清々しいね。」ミロクが俺に言って来る。
「知らんがな!」俺はそう言いながら自分の部屋に戻って鍵を掛けた。
「姉御、助けて。」俺は心から姉御に祈った。




