鍛冶師ガキーン
「頼もう!」俺は何回目かの叫びをあげた。
「五月蠅いぞ!」店の奥から、一人のドワーフが出て来た。
「あぁ、始めまして、俺はムサシと言う。」俺は、そのドワーフに挨拶をする。
「あぁ? お前が誰かは知らないが、どうでも良い、ここに何の用で来た?」そのドワーフは不機嫌そうに言う。
「いや、その、防具を頼めないかと思って。」俺が言う。
「あぁ?」そう言いながら、そのドワーフは俺の装備を見て言う。
「紙だな。」
「はう!」(ミロクにも同じことを言われたよ。)
「それを、少しでも強い装備にしたくって。」俺はそのドワーフに言う。
「それなりの装備はくれてやるが、その対価は何だ?」ドワーフが言う。
「これを。」俺は、ミロクが貯めていた魔石をそこに出す。
「なぁ、何だこれは? ワイバーンの魔石、オークキングの魔石にミノタウルスの魔石、それ以外に、オークの尋常ではない数の魔石!」
「オーガの魔石も提供しよう。」俺は、それをそこに置く。
「ふふふ、貴様、俺を試すのか?」
「ん?」
「これだけの魔石を提供して貰い、普通の防具を渡せる訳がないだろう!」ドワーフが叫ぶ。
「え? そんなもんか?」俺が答える。
「おまえ、解っているのか?」
「何が?」
「オークキングの魔石だけで、この店の最上級の装備を渡せる。」
「へ~。」
「しかも、ワイバーンの魔石だと?」
「あ? 忘れてた、これも提供するよ。」俺はワイバーンの皮をミロクから貰う。
「ふふふ、貴様、俺を試しているのか?」
「いや、そんなつもりはない、これで、俺に見合った装備を作ってくれ。」俺はドワーフに言う。
「この野郎、こんな素材を出しやがって。」ドワーフが俺に言う。
「いや、適当に見繕ってくれればいいよ。」俺が言う。
「貴様、いつまでこの町にいる?」
「あぁ、護衛の仕事が有るから、明日の朝6時だ。」
「この野郎、くそぉ、明日の6時だな、見事やり遂げてやるぜ!」ドワーフが宣言する。
「あぁ、朝6時に南門から出発するからな。」俺はドワーフに言う。
「何だと、畜生! 俺は鍛冶屋のガキーンだ、明日の6時に、南門までお前の装備を届けてやるよ!」
「あぁ、それは頼もしい、頼んだ。」
「解った!」
「あぁ、これも渡さないとな。」俺はミロクからそれを貰ってカウンターに置いた。
ウイスキー5本だ。
「この野郎、解ってるじゃねえか!」ガキーンがにやりと笑いながら言う。
「んじゃ、頼むな!」俺はそう言って店を出る。
「こん畜生、死ぬまでに見られたら幸運な素材を見せつけられたら、命を書けるしかないよな!」ガキーンがそう言いながら、素材を持って工房に入って行った。
**********
「さて、晩飯は何だろう。」宿屋に帰ってきた俺は、ハコベ達と食堂に向かっていた。
「ほほほ、ムサシ様のお口に合うかどうか?」ハコベがすまなそうに言う。
「ん?」
「ここは、普通の宿ですから。」
「解ってるけど。」
「ムサシ様、私の家もそうでしたが、ムサシ様が提供して下さる様な素材を出す宿はありません。」シズカがそっと耳打ちしてくる。
「いや、俺は知ってるけど。」ポーター時代の不遇な経験が甦ってくる。
「くふふ、私を敬え~。」ミロクがふんぞり返る。
「あぁ、美味い物を提供してくれるミロクには感謝してる。」
「くふふ、足を舐めても良いんだよ。」ミロクが足を延ばしてくる。
「だが、俺は、ミロクの神気を取り返すための、協力者だよな。」
「ぐっ!」ミロクがしまったって顔をする。
「ふ~ん、足を舐めろと。」俺は、ジト目でミロクを見ながら言う。
「悪かったよ、冗談だよ。」
「何なら、舐めてやっても良いぞ。」俺は変態顔でミロクに迫る。
「な、何言ってるんだい、君は変態なのかい?」ミロクが慌てる。
「ムサシ様、ハコベ様が固まっていますよ。」シズカが俺に言って来る。
「あ~、やっちまった! ミロクが見えない奴には、俺の一人芝居じゃね~か!」
「ほほほ、ムサシ様は、神様とお話しなさっているのですよね。」フリーズから戻ったハコベが顔を引きつらせて聞いてくる。
「あぁ、そうだぞ、そうは見えないだろうけど、そうだぞ。」俺は挙動不審気味に答える。
「ほほほ、いえいえ、大丈夫です!」ハコベが言う。
「何が大丈夫なのかな?」
「ほほほ、気にせず、食事にしましょう。」ハコベは何事もなかったように席に着く。
「はぁ。」俺は、ため息をつきながら席に着いた。
シズカも、俺の対面に座る。
「これは?」俺は、提供された料理に驚く。
(オークの並肉を使った丼料理!)俺は心で叫ぶ。
「オーク丼かぁ!」俺は言う。
「おや、ケイジ様はご存じで?」
「あぁ、ギルド時代に、姉御たちがこっそりくれた端肉で良く作った。」
「そうなのですか?」ハコベが驚きながら聞いてくる。
「あぁ、七味唐辛子を振りかけて、溶き卵をかけて良く混ぜて食うと旨いんだよな。」
「ごくり、これ、主人。」ハコベは、宿の主人に声を掛ける。
「はい、何でしょう?」宿の主人が、揉み手をしながら近づいてくる。
「聞きましたね、七味唐辛子と生卵を提供して下さい、料金は払います。」
「え~っと、どの位でしょう?」宿の主人が聞いてくる。
「欲しい人は、挙手なさい!」
ハコベの部下は、全員手を挙げている。
勿論、俺もシズカも上げている。
奢りなら、貰えるものは貰っておくさ。
「9人前、用意してください!」ハコベが宿の主人に言う。
「は、はい、お待ちください。」そう言って、宿の主人は厨房に入って行った。
「ミノタウルスや、ワイバーンで作ったら美味いかな?」俺がぼそりと呟く。
「なんと、そんな物で丼を作ったら、取り合いをして暴動が起きます。」ハコベが言う。
「そうか?」俺は、気楽に答える。
「たかがミノタウルスやワイバーンで、丼を作ったからどうだって言うんだろう?」俺は思う。
卵と七味唐辛子が提供されたので、俺は卵を溶いて、七味唐辛子をたっぷりとかけたオーク丼に入れて、よくかき混ぜた。
そして、豪快に口に入れる。
「ふほほ、これだよこれ。」俺は、飯を掻き込む。
「おぉ、本当ですな。」ハコベもオーク丼を掻き込んでいる。
「これは旨い!」
「おぉ、お替りが欲しいぜ。」ハコベの部下たちもがっついている。
「ムサシ様、本当に美味しいです。」シズカがにっこりとほほ笑んでくる。
「良かったな。」俺はそう言いながら、家に帰ったらミノタウルス丼を作ってやろうと考えた。
俺達が、オーク丼にむしゃぶりついているのを見て、宿の主人は厨房に入って行く。
「あぁ、本当だ!」宿の主人が、厨房で味見をして叫んでいる。
「くそぉ、早く気が付けばよかったぜ。」宿の主人が厨房で叫んでいた。
**********
食事を終えた俺たちは、風呂に入ることにした。
そして、いつものようにシズカを撃沈させて、俺は風呂を満喫した。
「さぁ、明日も早いから、もう寝るぞ。」俺はそう言って布団に潜り込む。
当然のように、シズカが俺の布団に潜り込んで来た。
「こいつ、本当に温かいんだよな。」俺は、シズカを抱きしめて意識を飛ばした。
**********
「ふわぁ、良い朝だ。」俺は伸びをしながら言う。
「ムサシ様、お早うございます。」シズカが俺に言って来る。
「あぁ、お早うシズカ。」
「はい、ムサシ様。」
「さて、支度をして、南門に向かうか、あ~、今回は、ハコベも一緒か、なら、急がなくても良いかな。」俺はそう言いながら身支度をする。
シズカも、旅装束を装備した。
俺達は、一階に降りて、朝御飯を堪能した。
「マジで、美味かった。」
そして、俺はシズカと一緒に南門に向かった。
**********
「がはは、やっと来たか!」その男は、俺を見てそう言った。
「おぉ、ガキーンじゃないか!」俺は手を上げて答える。
「やってやったぜ!」ガキーンは俺に皮鎧を差し出してきた。
「おぉ、凄いな!」
「おう、ワイバーンの皮を3重にして、強度を高めてある。」へへへと笑いながら、ガキーンが言う。
「ほぉ、それは凄い!」俺は素直に感心する。
「着て見ろ!」ガキーンが言う。
「あぁ。」俺は、今まで着ていた紙装甲を脱いで、皮鎧を着る。
「軽いな。」俺は感想を言う。
「あぁ、だが、普通の剣や槍は刃を通さないぜ!」
「ほぉ、それは凄い。」
「そして、これはおまけだ。」そう言いながら、ガキーンは籠手を出してくる。
「右手用は、鎧と同じで皮を3重にしてある、左手用は皮を6重にして強度を高めてある。」
「おぉ、これも軽い。」
「しかも、鎧も籠手も、お前が持ってきた魔石で、色々な効果を付けたぞ。」
「ほぅ。」
「最初に、自動修復だ。」
「自動修復?」
「あぁ、もし破損や、破れが出来ても、一晩で元に戻る。」
「それは凄いな。」
「次に、温度調節だ。」
「温度調節?」
「あぁ、その鎧の半径1m位を、いつでも快適な温度にする。」
「おぉ、良いな!」
「そうだろう。」
「あぁ。」
「そして、自動防御だ。」
「自動防御?」
「一定以上の速さで向かって来る物や、魔法を打ち落とす。」
「マジで凄いな!」俺は興奮する。
「がははは、その顔を見れただけで俺は満足だ!」ガキーンは、うんうんと頷いている。
「ありがとうな。」俺は、ガキーンに礼を言う。
「良いって事よ、あと、これは返すぜ。」そう言いながら、袋を渡してくる。
「何だ、これ?」俺はその袋を見て言う。
「余った、ワイバーンの皮と魔石だ。」
「いや、全部取っておいてくれ。」
「いやいや、そう言う訳にはいかねえよ。」ガキーンは、袋を俺に渡そうとする。
「いや、本当に要らないから。」俺はそれを突き返す。
「おいおい、換金すれば1000G以上になる物だぞ。」ガキーンが言う。
「こんな鎧を作ってくれた礼だ、受け取ってくれ。」俺が言う。
「そうか、んじゃ、有難く貰っておくぜ。」
「あぁ。」
「その代わり、俺に頼みたいことが有れば、優先的に便宜を図ってやるからな。」ガキーンは、そう言いながら、俺の肩を叩いてくる。
「あぁ、その時は頼む!」俺はガキーンの目を見て言う。
そして、気が付く。
「隈が出来ているな。」
「がははは、久々に徹夜をしたからな。」
「そうか、それじゃぁ、栄養ドリンクでも飲んで、英気を養ってくれ。」そう言いながら、ミロクからウイスキーを受け取り、差し出す。
「がははは、解ってるじゃねぇか!」そう言って、ウイスキーを受け取ると蓋を開けてラッパ飲みをする。
「くはぁ~、効くぜ!」ガキーンが言う。
「お待たせしました、ムサシ様。」後ろから声を掛けられる。
「ん?」俺が振り向くと、ハコベと姫様の馬車隊が近づいて来た。
「あぁ、お早うございます、ハコベさん。」
「ほほほ、お待たせしました、おや、装備が変わりましたか?」ハコベが俺に近づいてきて言う。
「あぁ、この人に作って貰った。」俺は、ガキーンを指して言う。
「何と、が、が、が、ガキーン様ではないですか。」ハコベが取り乱す。
「ん? 誰だ?」ガキーンが首をかしげる。
「行商人のハコベでございます。」ハコベはペコペコとお辞儀をする。
「ハコベ? あぁ、俺に鎧を作れと言ってきた奴か。」
「はい、その節は、お世話になりまして。」
「世話なんかしてねーよ。」ガキーンは不貞腐れて言う。
「いえいえ、ガキーン様の造られた装備は、引く手あまた、即完売いたしました。」
「そりゃ良かったな。」ガキーンは興味なさそうに言う。
「できましたら、今一度仕入れをお願いしたいのですが。」ハコベが揉み手をしながら言う。
「あぁ、気が向いたらな。」ガキーンは取り合わない。
「是非に、是非に。」ハコベは空気を読んで、引き下がる。
そして、ガキーンは俺を見ると、口を開く。
「んじゃ、ん? そう言えば、名前を聞いていなかったな?」ガキーンが言う。
「あれ? 最初に名乗ったんだが、俺はムサシだ。」
「あれ? そうだったか? 俺は物覚えが悪いからな、ムサシ、またな。」ガキーンが右手を差し出してくる。
「あぁ。」俺は、その手にウイスキーを握らせる。
ガキーンは、一瞬きょとんとしたが、豪快に笑いだす。
「がはははは、ムサシ、マジで気に入ったぜぃ!」ガキーンはそう言いながら、俺の肩をバシバシと叩く。
「痛い、痛い、何なの?」俺は、避けながら言う。
「がははは、またな。」そう言いながら、ガキーンは去って行った。
「何だったんだ?」
「くふふ、最後は、握手をしようとしたんじゃないの?」
「え? そうだったのか、てっきりもう一本よこせと・・。」
「くふふ、君らしいね。」
「俺、やらかした?」
「くふふ、くふふ。」
ミロクは、答えてくれなかった。




