昔話
物心ついた時には、両親はいなかった。
冒険者をやっていたと聞いたのは、5歳の時だ。
何でも、身の丈に合わないクエストを受注して帰ってこなかったらしい。
その時には、俺は孤児院で暮らしていた。
その孤児院には姉御もいた。
「かかか、ムサシ、飯を採りに行くぞ」
「姉ちゃん、何を採りに行くの?」
「かかか、今日は虫だ」
「そんなもの食べられるの?」
「かかか、意外に美味いんだ」
「そうなの?」
姉御の言う通り、蝉の唐揚げや、ハチノコの佃煮は美味しかった。
勿論孤児院でも食事は出た。
だが、全員がおなか一杯になる量は出なかった。
各孤児たちは、姉御と同じように各自で食料を自給した。
虫や、草、魚を各自工夫して集めてきていた。
姉御が10歳、俺が8歳の時に、姉御にスキルが芽生えた。
スキル:切り裂く者
「かかか、これは剣士になれって事だな」姉御は嬉しそうに言った。
姉御は闇市で錆びた剣を50Bで手に入れ、それを見よう見まねで砥いで錆びを落とすと森に獲物を狩りに行った。
その日から、孤児院のご飯が豪勢になった。
鹿や猪、兎、狼などお肉が増えた。
俺や他の孤児は相変わらず虫や草を集めていたので、孤児たちは飢える事は無かった。
姉御が15歳になった。
孤児院は15歳になったら出なければならない。
「かかか、ムサシ達者でな」そう言って姉御は孤児院を出ていく。
「姉御」
「なんだ?」
「俺も一緒に行っちゃだめか?」
「あたい一人ならどうでもなるが、お前の面倒まで見ていられないぞ」
「俺の食い扶持は自分で何とかする、だから着いて行きたい」
「かかか、そう言う事なら勝手にしろ」
「解った」俺は姉御と一緒に孤児院を後にした。
孤児院を出て一月後、城塞都市に来ていた。
ここは門を出れば、川があり、浅い森もあって食べ物を調達するのに困らなかった。
姉御は『斬撃』の二つ名を持つ剣士になり、色々なパーティーと依頼をこなしていた。
そして、運命のギルドが立ち上がろうとしていた。
ギアラと言う戦士を筆頭に、ドウメキ、ワタヌキ、ハチノス、センマイと言った名だたる剣士が名を連ねた。
「エリス、君も俺達と一緒にギルドを作らないか?」ギアラが姉御に声を掛ける。
「かかか、ここにいるムサシも一緒なら良いぞ」
「ムサシ?」
「あぁ、こいつだ」
「彼は何ができるんだ?」
「さぁ?」
「俺は、何でもする」
「君は何ができるんだ?」
「荷物持ちでも何でもする」
「そうか、では君は俺達が狩った物や採取した物を運んでくれるか?」
「解った」
「かかか、決まったな」姉御が俺の背中を叩く。
「痛いから」俺は嫌そうに言うが、姉御と一緒に居られて嬉しかった。
俺はこのギルドでポーター(荷物持ち)として働いていた。
姉御はレベルが上がり、今ではダンジョンのかなり深い所まで行っている。
俺はそこに行けるレベルになっておらず、姉御とは別行動をすることが多くなった。
今回もダンジョンの5階層で、低レベルのパーティと一緒に行動していた。
「オークだ」
「マジか、やれるか?」
「魔法だ、魔法を」
「スリープ!」
「お、効いたぞ、今だ!」
「おぉ」仲間が突っ込んでいく。
剣を喉に突き立てるが、その剣が弾かれる。
「げ、硬い!」
その攻撃で、オークが目を覚ます。
「ぶもぉぉぉぉ!」
「げ!」
「まずい」仲間たちが浮足だす。
俺は縄を張り詰めて罠を作っていた。
「こっちにこい!」俺はオークを挑発する。
「ぶもぉぉぉ」オークが俺に気を取られ、近づいてきた。
「よっと」自分で仕掛けた罠にかかるのは阿呆のすることだ。
オークは俺の罠にかかり倒れてもがいている。
俺は、俺の頭と同じぐらいの岩を持ち、オークの頭にたたきつけた。
「ぶぎゃぁあぁぁ」オークは絶命した。
「ははは、やったなムサシ」
「あぁ」
「お前、オークを捌けるか?」仲間が聞いてくる。
「あぁ」俺はそう言ってオークを捌き始める。
「あぁ、これは俺たちが貰ってやる」そう言いながらオークの良いお肉をひったくるように持っていく仲間たち。
「あいつら、倒したのはムサシなのに」ポーター仲間が言う。
「良いよ、あいつらには俺たちはゴミにしか見えないんだろう」俺は諦めたように言う。
俺はオークの並肉を何時ものように俺特製のたれに漬けこんで荷物に乗せた。
「さぁ、今日中にこの階層を踏破するぞ」リーダーが声を掛ける。
「おぉ」メンバーがそれに答える。
その後、オーク以上の獲物は現れず、ダンジョンの散策は終わった。
姉御たちは、ダンジョンの31階層を攻略しているらしい。
「俺はそこに行くレベルじゃないからな」俺は思う。
「そう言えば、最近姉御と話していないな」
「おまえ、捨てられたんじゃないのか」
「俺と姉御はそんな関係じゃないぞ」
「そうなのか? そうは見えないが」
「言ってろ」
姉御のパーティーが35階層まで達したらしい。
「他のギルドじゃできない事だ」ギルマスが嬉しそうだが、何でギルマスが一緒に攻略していないんだろう?
「ギアラさんは精々Bランクだからな」
「何でそんな低レベルの人がギルマスをやっているんだよ」
「それなりに頭が切れて、人心掌握が出来るからだろう」
「其れで良いのか?」
「ギルドが回ってれば良いんじゃないか」
「むぅ」
ギルドはそれなりに上手く回っているように見えた。
あの日までは。
**********
「皆済まない、これ以上ギルドを存続できなくなった。」ギルマスが朝一番で宣言する。
「なんで?」
「どうしてだ?」所属していた高ランクの者達が、ギルマスに詰め寄る。
「組合への上納金が払えなくなった。」ギルマスが苦悩して言う。
「おい、俺達は結構な金額を納めていたぞ。」
「俺達もだ!」
「すまない、経理担当の『ドウメキ』が、それを持って逃げた」
「なっ。」
「マジか?」
「後を追ったが、既にこの国から出ていた。」
「くそぉ、マジか。」
「高ランクの者には、俺から別のギルドに紹介状を書く。」
「はぁ、仕方ないか。」
「くそう、ドウメキは見つけたら殺す。」
「殺すリストの上位に書いておこう。」高位ランクの者たちが、愚痴を言う。
高ランクの者たちは、文句を言いながらギルマスの紹介状を持って消えていく。
「姉御は?」俺は姉御を探す。
「エリスは他の町のダンジョンを攻略中だ」ギルマスが言う。
「マジか」
「此処は今日中に引き払うからな」ギルマスが言う。
俺と姉御はこの日を境に合う事は無かった、あの日までは。
**********
俺はいつものように晩御飯の用意をしていると、シズカと誰かの声が聞こえた。
「なぁ、なぁ、俺達と良いことしようぜ。」一人の男が、シズカの手を持って言う。
「放して下さい!」シズカは拒絶しているようだ。
「無礼者!」サノアさんの声も聞こえる。
「何だよ、俺はその人に声を掛けただけだろう。」その男は、姫様に声を掛けたようだ。
「はぁ、行って来るか。」俺はまずシズカの所に行く。
「おい、俺の連れに何か用か?」俺はシズカの手を持っている男に言う。
「ムサシ様!」シズカが俺を見て、ほっとしながら言う。
「あぁ、手前に用はない、引っ込んでいろ!」その男が俺に向かって言う。
「お前になくても、俺にはあるんだよ、お前の汚い手をシズカから放せ。」
「あぁん、貴様には関係ないだろう、俺とこの娘の問題だろうが。」その男が言い捨てる。
「はぁ、お前、馬鹿だろう、俺の連れだと言ってるだろう。」俺は、少しだけ威圧を込めて言う。
「な、何と言われようが、俺がこの娘を気に入ったんだ、だから俺の物にする。」その男が言い放つ。
「本当の馬鹿だったか。」俺はシズカの腕を持っている男の手を持ち、3割の力で握りしめる。
「ボキッ!」良い音がした。
「ぎゃぁぁぁぁ!」その男が、悲鳴を上げながら、その場でのたうつ。
シズカは、そのすきに俺の後ろに隠れた。
俺はシズカに、鍋の様子を見ていてくれと言って、姫様の方に行く。
「おい、お前。」俺は、姫様に声をかけていた男に言う。
「何だ、お前?」その男は、俺を見て言う。
「そのお方は、この国の第3王女殿下だ、お前ごときが気安く声を掛けて良いお方ではないぞ。」俺は優しく言う。
「はぁ? 第3王女? そんな奴が、こんなところで碌な護衛も付けずにいるわけないだろう、はったりもいい加減にしろ!」
「はぁ、多分お前の仲間も、あそこでのたうっているぞ。」俺は、先程腕を粉砕した男を指さして言う。
「何だと?」その男は、仲間の男を見て驚愕した。
「貴様、何をした?」その男が俺に詰め寄る。
「何って、俺の連れにちょっかい出していたのを止めろと言ったのに、止めないからお仕置きした。」
「はぁ? 貴様、良くもやってくれたな。」その男が凄みながら剣を抜いた。
「あ~ぁ、お前、やっちまったな。」俺はその男に言う。
「何がだ?」その男が、俺に聞いてくる。
「さっき、其処にいるお方は、この国の第3王女様だと言っただろう。」
「それがどうした?」
「王族の前で、許可なく抜刀したらどうなるか知っているか?」俺は、やれやれと肩を窄めながら言う。
「何だと?」その男が姫様を見る。
こめかみをぴくぴくとさせていた姫様が、俺に言う。
「ムサシ様、不敬罪です! その二人を処分してください!」
「だってさ。」俺は、その男に言う。
「この野郎!」その男は、俺に剣を振り下ろす。
その剣筋は、俺にはスローモーションのようにしか見えない。
俺は、その手を持って、その男の足に剣を突き刺した。
「ぎゃぁぁぁ!」その男が叫ぶ。
「おぉ、器用だな、自分の足を刺すなんて。」俺は笑いながら言う。
「き、貴様ぁ!」その男が、俺に向かって言う。
俺は、その男を野営地から離れた場所に蹴り飛ばした。
そして、腕を潰してのたうっていた男も、同じように蹴り飛ばした。
俺はその二人に近づいていく。
「ちょっと待って!」そんな俺に声を掛ける者がいた。
「あぁ?」俺は、その声の主を見る。
「姉御?」俺はぽかんとする。
「え? アンタ、ムサシかい?」その女性が俺に言う。
「姉御、久しぶりだな、まさかと思うが、こいつらの関係者か?」
姉御は変わっていなかった。




