三章 球技大会 「日々」
佐藤と安永にクラス会不参加の件で文句を言った。しかし……。
「じゃあお前が来られなくなったどうする?」
と言われ、反論の言葉は出なかった。たしかに桜さんには連絡するだろう。そして佐藤や安永にも……連絡はしないな。これが「友達」と「親友」の違いか。でもよく考えたら、親友って逆に面倒くさい関係だと思った。関係を保つことに努力をしなければいけないのだとしたら。僕は「親友」よりも「友達」がいい。だいたい、他人の事を親友などと思うのは独りよがりな気がする。親友なのだからと価値観を押し付けるぐらいなら、友達の方がずっと解りやすい。僕はこのままで不満などないし。文句を言うことはあるが、文句も言えない間柄なんて面倒なだけだ。人間関係に悩むぐらいなら友達もいらないと思う。気を病まずにいられる日々が一番いい。
僕の日常は変わらない。これでいい、本気でそう思う。僕には僕なりの日々があって、他人には他人なりの日々がある。
僕は、ただ当たり障りのない時間を過ごす。この手には何もない。その代り失うものもない。僕は、これでいいし、これがいい。
クラス会では桜さんにペースを乱されもしたが、結局それから何事もなかった。日々は当たり前のように繰り返してくれる。桜さんとはあれから一度も話していない。何故だか彼女が遠くにいることにほっとする。
僕は桜さんのことを「委員長」とは呼ばない。それには一応、理由がある。大した事じゃない。僕は昔、「会長」と呼ばれてきた。それは何だか自分じゃないような気がして、好きじゃなかったんだ。実際、僕は自身の行動よりも、肩書きで人から評価されていた。だから、僕はせめて他人のことをそんな風に記号で呼びたくない。桜さんは「委員長」ではなくて一人の人間、「桜さん」なのだ。
僕がそんなことを考えていたら安永が不満そうに席にやってきた。その理由を知っていて聞いてやる。
「どうした?」
彼はただ愚痴が言いたいだけなのだ。
「この高校、球技大会が多すぎやしないか!?」
そう、今日は球技大会。体育祭も文化祭もあるのに、さらに球技大会が毎学期ごとにあるのはどうかと思う。僕の高校は公立だけれど、真面目なヤツが多いのか体育会系の部活はどこも厳しい。そのせいで運動部所属のヤツは放課後どころか、昼休みもほとんどクラスにいない。そこで普段クラスにいない運動部所属の人がクラスでなじめるようにと、生徒会の意向で年3回の球技大会が実施される。しかも2日がかりで。はっきり言って文科系にとっては迷惑この上ない。まあ、僕は文科系どころか無所属の帰宅部なのだが。
「部活は中止になるし、無理やり運動させられるし。」
安永は高校入学してから球技大会のたびに僕にこの愚痴を言う。別に体育会系の気持ちもわからないでもない。実際、このクラスのもう一人の委員長なんて、今日ほどの見せ場はないだろう。とはいえ、ここは安永を立ててやる。
「ほんと、無駄だよな……」
「だろう? 体育祭だけで十分だって。この日を授業に割りあてて、代わりに休日増やせばいいのに」
それには同感過ぎる。僕が心の底から頷いていると、佐藤がこっちへ向かってきた。
「やばい、うちのクラス、準決勝進出が二つ決まったぞ!」
「マジかー、やったな!」
僕は佐藤の手前、喜んだふりをしたが、安永は露骨にげっそりしていた。そう……準決勝以降は放課後の時間枠に行われるのだ。頭の浮かぶのは一言。
――帰れなくなった。
安永も多分同じ気持ちだろう。「朗報」によって教室で議論が始まった。体育会系の人たちがメインで、メンバー編成についてもめている。僕たちのクラスが勝ち残ったのはバスケットとサッカー。ちなみに僕と安永が参加したバレーボールは、初回敗退だった。クラスで協議した結果、「バレーは捨てる!」ということで文科系と帰宅部が集められたので、致し方ないだろう。問題となったのは試合の開始時間。なんとサッカーとバスケットが同時開催となってしまったのだ。はっきりいって、運動神経のいい人はなんでもできる。たまたま僕のクラスは良質な人がそろっていたようで、全学年合同の球技大会で二種目も上位にくいこんだのだが、両方に参加しているメンバーはかなり多い。
「委員長!」
体育会系代表の一人がいった。もちろん、その呼称の先にいるのは桜さんだ。
「この時間割じゃ、勝てない。なんとかできないか?」
いやいやいや……。僕は心の中で突っ込みを入れる。それ、桜さんの仕事じゃないから。中学の頃の経験から僕はそれを知っている。
「えっ!?」
さすがの桜さんも困ったようだ。
「10分、いや5分!サッカーの試合を遅らせることってできないかな?」
体育会系代表が桜さんに詰め寄る。いや、だから、それは……。
「うん、わかった!生徒会の人にかけあってみる」
桜さん、ダメだ。
「頼んだよ、委員長!」
ガシっ、と桜さんと体育会系代表が握手をした。良く考えたら、お前も委員長だろうが。そもそもタイムスケジュールは学校側の都合で決まる。放課後、そして閉門という時間的制約がある以上、そう簡単には変えようがない。どうにもクラスの連中はそのあたりのことを分かっていない。桜さんは元生徒会だから似たような経験があるはず。多分わかっていると思うのだけど……。まあ、この雰囲気で「無理だよ」なんて言えないか。ダメもとで生徒会に掛け合うぐらいのことをしないと、誰も納得しないだろう。
――仕方ない。
「僕もついていこうか?」
なんて……言えたら。そんなことを一瞬考えた。もちろん考えただけだ。僕はこの熱気あふれるクラスの中で、そんな発言する勇気はない。なのに……。彼女が教室をでたら、声をかけよう。なんて思っている。僕はどうしたのだろうか。妙にそわそわしている。
「咲夜!」
教室を出ようとした桜さんに、僕の知らない男子が声をかけた。それも名前を呼び捨てで。
「透君?」
どうやら二人の仲はかなり深いようだ。声をかけた男はどう見てもイケメンだ。容姿もそうだが、学ランの詰襟を外してワイシャツを着崩している。きっと普段から洋楽を聞いているに違いない。身長も高いし、体つきもしっかりしている。他のクラスの男子だと思うが、自分のクラスメイトの名前すら把握できていない僕にとっては、完全に他人といって差し支えない人物だ。僕はそれを見てあっさりと引き下がった。そこに割って入ってまで彼女の手助けをする気はない。そもそも僕がついて行ったところで何の役にも立たないしね。
別に桜さんに彼氏がいようが僕には関係ない。ただ少し、本当にほんの少しだけ。この機会に彼女と仲が良くなれるかもしれないと思った自分がいた。そう思った理由はわからない。けれど、やはり現実は思ったようにはいかない。僕にとってはそんなことも想定の範囲だったので、特に落胆することもない。その時、桜さんに対して思った気持ちを胸の奥に沈めて、静かに廊下から教室に戻った。
――誰かを助けようとする時に、見返りを求めない人はいない。
時に無償だとしても、そこには自己を満足させるという見返りがある。