エピローグ
僕は桜さんの手紙を引出に大事にしまった。まず、真っ先にしたいことがある。それは、桜さんの手紙を見る前から思っていたことだ。
いつもの時間、いつもの改札へ行く。彼女をみかけて僕は緊張する。小心者と軽く嘲笑って、声の調子を小さく整えて、出来る限り笑顔を意識して、勇気を振り絞る。
「おはよう!」
僕の声を聞いて、彼女は紅くなった顔を隠すように目をそらしながら答えた。
「あ、おはよう……」
僕は彼女の肩を小さく叩いて、笑顔でこういった。
「元気ないね!」
そして、彼女は、いつものように笑った。
「おはよう!」
そして、いつものように応えてくれた。
大好きな人のために、僕ができることは。
最初から「届かない」と諦めて遠くから眺めることじゃない。
かといって、この「想い」をただ押し付けることでもない。
胸を張って、自分らしく、自分にできる方法で。
彼女に話しかけることだ。
「ねえ、桜さん」
彼女の前に立って笑いかける。
「どうしたの?」
もう声が震えたってかまうものか。
「一緒に登校しない?」
驚いた表情は一瞬だった。そして、桜さんはいつもと違う笑顔を見せる。
「いいね、それ!」
そして二人で歩き出す。電車に乗って目を合わせた。
「ねえ、私ことは咲夜って呼んでくれない?」
……まったく、この人は。
「うーん。それはちょっとハードル高いなあ」
「そうかなあ? 一文字違うだけだけど」
「ならさ、僕のことは一って呼んでよ」
一瞬だけ、桜さんの表情は強張った。
「うーん。それはちょっとハードル高いかも」
「そうかな? 一文字少ないよ」
そしてしばしの沈黙の後。
僕達は大笑いした。
――僕は世界に絶望などしていない。
そして、相変わらず何の期待もしていない。
だからこそ、願う未来はこの手で掴むのだ。